次期大統領の方針にことごとく反対、退任前の文在寅「妨害工作」やりたい放題
次期大統領の方針にことごとく反対、退任前の文在寅「妨害工作」やりたい放題
スムーズな政権交代を志向せず対決姿勢、自ら「政治報復」を招くつもりか

2019年7月、検事総長に任命され文在寅大統領と握手をする尹錫悦氏。大統領交代のときにも2人はこのように笑顔で握手を交わすのだろうか(写真:YONHAP NEWS/アフロ)
文在寅(ムン・ジェイン)大統領の政府与党は、大統領選挙後、尹錫悦(ユン・ソクヨル)氏の選挙公約や次期政権の意向をことごとく無視し、対立を煽っている。円滑な政権交代の道を閉ざし、次期政権の政策を妨害するつもりのようだ。
こうなってくると、尹錫悦氏にとっては、次期政権発足後、文在寅氏の影響力をいかに排除していくかが大きな課題として浮かび上がってくる。それは好むと好まざるとにかかわらず、文政権や与党の幹部の刑事訴追という政治報復に結び付く可能性がある。
政治報復の連鎖は今回も断てないのか
尹錫悦氏は大統領当選後の最初の記者会見で、与党の大統領候補・李在明(イ・ジェミョン)氏が絡む大庄洞都市開発疑惑の捜査に関する記者の質問に答えなかった。今後必要になる「国民統合」を損なう原因になるような発言を控えたのであろう。実際、有識者の間からも「前大統領を監獄に送るような習慣はやめるべきだ」との声が上がっている。
その反面、保守系の人々の間には「前政権の不正を糾明するための捜査は必要だ」との声も根強い。文在寅政権は朴槿恵(パク・クネ)前大統領と李明博(イ・ミョンバク)元大統領を相次いで収監しているが、朴氏については収監期間が4年8カ月と歴代大統領の中で最長となったものの、昨年末に赦免が決定。今年3月24日、朴前大統領は入院先の病院から自宅に戻ることが出来た。一方、李明博元大統領についても尹錫悦氏側は赦免を求めているが、文在寅政権は今のところこれに応じる態度は見せていない。
朴槿恵氏の赦免については、その捜査にあたった当時の検察のトップが尹錫悦氏だったことから、政府与党側は、大統領選挙期間に朴氏の赦免をあえて決定し、尹氏の支持基盤である保守陣営に亀裂を生じさせようという計算もあったと指摘されている。
与党側の狙いは望んだ結果に結びつかなかったが、尹氏としては大統領就任後、文政権の政府与党にどう対応するかは相変わらず悩ましい問題である。国会では共に民主党が圧倒的多数を握っている。対立すれば、政権運営に支障が生じかねない。
だが大統領選後の政権引き継ぎに文大統領と共に民主党が協力せず、次期政権になっても妨害を繰り返すのであれば、新大統領と民主党との対立が一層激しくなるのは避けられず、その結果、「政治報復」を招く可能性が高くなる。
韓国は政権交代後に、退任した前大統領が逮捕・収監されるという事態が何度も繰り返されてきた。韓国は再び不幸な歴史をたどる可能性が高くなってきている。
文政権、次期大統領の大統領府移転構想を妨害
対立の大きな火種になっているのが、大統領執務室の移転問題だ。
尹錫悦氏は、大統領選挙期間中の2月13日、野党「国民の力」の“10大選挙公約”のひとつとして、大統領室改革構想を表明した。同氏は「現在の青瓦台の構造は王朝時代の宮廷の縮小版で、権威主義と業務非効率を招く。新しい空間で、新しい方式の国政運営が必要だ」と強調し、大統領室を移転させると宣言した。
そして大統領執務室と大統領傘下の主要部処は、任期開始前の政権引き継ぎ委員会の段階で移転を完了するとし、次期政権が発足する5月10日には新たな執務室で勤務を開始するとしていたのだ。
これに反発したのが、現大統領・文在寅氏の大統領府(青瓦台)である。
青瓦台は今月21日、「新政権発足までの残り少ない時間の中で国防部、軍合同参謀本部、大統領執務室、秘書室、警護処などを移転する計画には無理があるように思える」との立場を表明した。
これに先立ち青瓦台は、文大統領も出席して国家安全保障会議(NSC)を開催。その後、朴洙賢(パク・スヒョン)国民疎通首席秘書官は「韓半島(朝鮮半島)安保危機が高まっている。いつになく安保能力の結集が必要な政権交代期に準備できていない国防部と合同参謀本部の突然の移転と青瓦台危機管理センターの移転が安保の空白と混乱を招くことになるという懸念を十分に考える必要がある」との立場を表明した。
しかしこれまで、文在寅政権は北朝鮮に遠慮するあまり、韓国の安保を軽視する行動が多かった。それなのに、大統領府移転問題でいきなり「安保」を理由に反対し始めたことに違和感を持つ国民も多いようである。
もちろん、そうした取ってつけたような反対論で公約を断念するつもりは尹錫悦氏側にはない。
青瓦台側のこのような反応に対し、次期政権側の金恩慧(キム・ウンヘ)報道官は青瓦台で執務することを拒否、「尹次期大統領は通義洞(大統領引継ぎ委員会事務室の所在地)で政権発足直後から措置する緊急な民生問題と国政課題を処理していくだろう」として文政権側の「露骨な反発」を批判した。
国民の力関係者からは「文大統領が心情的に大統領選挙の結果を全く受け入れることができないようだ。新政権発足に泥水をまくやり方」との反発の声も上がっている。
こうして両サイドの意見対立は日に日にエスカレートしていくのだった。
共に民主党の前現職議員はテレビやラジオ、SNSなどを通じ、尹錫悦氏への攻勢を強めている。「レームダックではなく就任ダックになる」「尹氏が過去、手のひらに書いた『王』の字のように行動するのは残念だ」といった具合である。
しかし、“王”のような態度を取っているのは誰かといえば、明らかに文在寅氏側である。
選挙で勝敗が決まり、新しい政府が発足する時期を挟んだ2~3カ月の間は、お互いに激しい批判は控え、最低限の礼儀を守るのが韓国政界の慣例であったが、共に民主党はこうした礼儀を一方的に無視している。
大統領府改革構想には首席秘書官の大幅減も
さらに尹錫悦氏は、大統領府のコンパクト化にも手を付けようとしている。
尹氏は大統領府の首席秘書官の数を8人から半減させる意向という。首席秘書官は韓国大統領の行き過ぎた権限の弊害を象徴するものである。首席秘書官は次官級であるが、実際には長官よりも大きい権限を行使することが多かった。
尹錫悦氏は「各政府部署が引き受けた業務の最終責任を担い、大統領室は政府全般が円滑に作動するシステム管理に集中」し、「大統領室は大統領だけが担うことができる全体の国家的、部処的事案に集中させる」と説明した。
特に真っ先に廃止することが指摘されているのが民情首席である。このことは、大統領府の監査機能そのものを廃止することを意味している。
尹氏は「過去に監査機関を掌握した民情首席室は合法を装って政敵、政治的反対勢力を統制することが少なくなかった。世評の検証を偽装して裏調査をしてきた。こうような残滓を清算する」「私が目指す大統領室は監査機能をなくし、ひたすら国民のために仕事をする」「政策アジェンダを発掘して調整管理をすることだけに努力する」と述べた。
これは一面では、「大統領府の監査機能を使っての政治的な報復をしない」との意思表示と取ることができる。しかし、反面では「これまで文在寅政権が青瓦台の監査機能を乱用してきた実態を把握し、その責任を追及する」という意志表示にも見える。
いずれにせよ、これまでの自分たちのやり方を否定されたに等しい文在寅政権としては、こうした「青瓦台改革」で尹氏が世論の支持を集めるのが面白くないのだ。
公共機関の人事で影響力の維持を狙う文在寅
文在寅大統領は、退任後も政権の要所要所に自分の影響力を残そうとして、任期が迫ってきている公共機関幹部の人事などを急いで決定している。
それを懸念した尹氏は、大統領選挙の2日後に青瓦台関係者に対し「文政権末期の公企業・公共機関の人事を強引に進めず、われわれと協議してほしい」と申し入れた。
特に重要な人事が、今月末に任期が終わる韓国銀行総裁人事である。だが、文在寅政権は23日に突然、新総裁候補として李昌ヨン(イ・チャンヨン)国際通貨基金(IMF)アジア太平洋担当局長を電撃指名した。
その経緯について青瓦台は「次期大統領側の意見を聞いて内定者を発表した」と説明した。
しかし、尹次期政権側は「青瓦台と協議したり推薦したことはない」「発表10分前に電話が来て発表すると言われた。『一方的に発表するなら好きにしなさい。我々はそんな方を推薦し同意したことはない』と応答した」と明らかにした。
尹氏側の申し入れを、大統領府は無視するに等しい行動だった。
韓銀総裁以上に揉めそうなのが監査委員人事である。監査院長を含む全7人のうち2人が空白で、その2人を指名することになる。だが現在いる監査委員5人のうち3人は「親与指向」(与党寄り)である。新たな2人の起用について青瓦台は、「現政権と次期政権側が1人ずつ推薦して協議しよう」と提案しているそうだが、青瓦台の言う通りになれば、親与指向が4人、それ以外が3人となる。そうなれば、今後の監査が共に民主党に甘いものになるのは避けられないだろう。
このような人事攻勢によって文在寅政権が目指しているのは、公共機関の人事を革新系で占めることだ。そして、尹錫悦氏による韓国政治の刷新を阻止しよう、遅らせようとすることである。次期政権の政治にタガをはめようとするそうした行為は、文・尹の対立を一層広げるものになるだろう。
尹錫悦氏は、選挙戦中のインタビューで「政治報復はしないが、捜査を適正に行うのであれば、それは報復には当たらない」との立場を述べている。政治報復のために捜査の旗を振るようなことはしないが、不正と認められる事案があれば、遠慮することなくどんどん切り込んでいく、というスタンスだ。
円滑な政権引き継ぎを妨害している場合なのか
韓国は現在、経済の非常事態とコロナ感染の爆発的拡大で、足元に火が付いた状態である。韓国銀行が23日に発表した2月の生産者物価指数は1965年に統計を取り始めて以来最高を記録した。消費者物価指数は4%台目前である。
世界の主要金融機関が加盟する国際金融協会(IIF)の報告書によると、韓国は21年4~6月期の家計債務残高が対GDP比104.2%と、調査対象37カ国・地域の中で唯一GDPを上回った。また、政府債務残高も急増中である。
こうした中で、韓国銀行は1月14日に政策金利を0.25%引き上げ、1.25%とした。金利引き上げは昨年8月、11月に次いで3回目である。金利上昇は個人破産を増加させることになろう。OECD諸国の中で自殺率の高い韓国社会が一層貧困を生みかねない。
また、オミクロン株による爆発的な感染拡大も大きな社会不安となっている。3月16日は一日当たりの新規感染者が60万人を超えたし、3月22日も過去2番目に多い49万人を記録した。ここ7日間の感染者数で韓国は世界1位だ。もちろん医療崩壊も起こっている。
そうした中で文在寅政権は無社会的距離に関する規制についていっそうの緩和を進めている。これまでは社会的距離確保の政策によって1日に1000件の倒産が発生したという。それを少しでも改善するために社会的距離に関する規制を緩和するというのだ。
しかし、倒産の原因はコロナばかりでなく、文在寅政権が推し進めた最低賃金の急激な引き上げも大きな要因になっている。そこに対する反省は全くない。
文在寅政権の政策の失敗によって韓国社会は夢も希望もない人々を多く生んだ。そういう状況を客観的に把握できるのであれば、文政権は少しでも政策の失敗を取り返し、できる限りいい政治・経済・社会を作って次期政権に引き継ぐべきだろう。
だが現実の行動は正反対と言える。今のうちにできる限り困難な状況を作り上げ、尹政権が政権を握った後に致命的な失敗をするのを待っているようである。
捜査中断した重要案件は山積み
なぜ文在寅大統領は、あえて政権交代に波風を立てるような行動ばかりするのであろうか。それによって、政権交代後に政治報復を受ける可能性は低いと見ているのであろうか。
尹錫悦氏は選挙運動期間中、中央日報のインタビューで前政権の不正捜査について問われたときには、「すべきだ」「次の政権が(現政権の)不正、違法について捜査したら報復なのか」と述べ、これに文政権が激怒する場面があった。
尹氏は「政治報復」が目的の捜査を命じるようなことはないが、ただすべき不正があればタブーなく切り込んでいく構えだ。
そして文在寅大統領周辺には、疑惑案件が複数ある。
それらは尹錫悦氏が検事総長時代に、捜査中断を余儀なくされた事件で、そこには文在寅氏が介在したと疑われるものもある。文政権の幹部が2018年の蔚山市長選に介入したとの疑惑や、南東部の慶州市にある月城原発1号機の廃炉を巡る経済性調査結果の捏造疑惑などである。
文在寅氏は、政権に反対する勢力を排斥し刑事被告人に仕立て上げてきた。そうした過程で行き過ぎはなかったのか。文在寅氏が引退後の住まいとした土地には、農業従事者向けの農地が混入していたのに直ちに宅地に用途変更されたという問題に不正はなかったのか。事件化しそうな事案は枚挙にいとまがないのだ。
文在寅氏側から対決姿勢で臨むなら尹錫悦氏も文在寅氏とその側近の疑惑を見逃し続けることはないだろう。
文在寅氏が安泰な老後を送るためには円満な政権移行が必須要件であったと思う。しかし、ここまでの行動を見る限り、文氏にその考えはないようだ。自分には叩かれて舞い上がるホコリはないと自信を持っているのか、あるいは尹錫悦氏には大統領経験者の疑惑を追及する力量はないと見ているのか。尹氏側からの答えは意外に早く出されるかもしれない。