米ニューヨークタイムズ紙は、陸軍を大幅に削減するという政策は賢明であり、驚くに値しないとする社説を7月24日付で掲載しています。
すなわち、米陸軍は、9.11当時49万人から57万人にまで増員してイラク及びアフガニスタンでの戦争に対応してきたが、現在では49万人の規模に戻っている。ここから更に4万人の兵員と1万7000人の文官職員を削減し、2017年まで45万人にまで縮小するのが現在の計画である。現在国防総省に課されている予算上の制約が解除されなければ、2019年までには42万人にまで縮小される。
議会多数党である共和党と民主党右派の中にはこの削減に反対する声が強いが、そもそも議会が求める予算削減の延長上のことであり、2014年には当時のヘーゲル国防長官が2015年度予算案の中で提案していることでもあるので、今更驚くべきでないし、規模の削減そのものは賢明な選択である。
そもそも陸軍は主要な作戦が終了する度に動員解除するのが習いである。この背景には、陸軍州兵(平素は各州知事の監督下にあり、旅団や師団といった主要作戦部隊を編成)と陸軍予備(衛星、工兵、憲兵など主として特別の技能を持った部隊や個人の予備)を合わせれば50万人の兵力が随時動員可能であり、また海兵隊の約20万人も陸上兵力として使えるという事情がある。この他、サイバー戦や特殊作戦について高い技能を持った機能に投資していることを考えれば、陸軍が縮小されても米国は世界で最も強力な軍を持ち続けることになる。また、基地閉鎖によって地域経済がダメージを受けるという昔ながらの指摘もあるが、このようなケースで地域経済が適合し回復したケースが多いという研究すらある。
オバマ大統領と議会は、陸軍の能力を維持すべきであるが、このことは、現存する基地の閉鎖を拒み、兵力水準を現状通りに維持することを意味しない。また、米国としてそのようなことをする余裕もない、と主張しています。
出典:‘Military Cutbacks Make Sense’(New York Times, July 24,
2015)
http://www.nytimes.com/2015/07/25/opinion/military-cutbacks-make-sense.html?_r=0
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連邦予算削減による財政健全化が逼迫した米国での議論です。リベラルを代表するNYT紙が社論として軍削減を擁護するのは不思議ではなく、日本でも世間受けしそうな論調です。しかし、米国の事例を単純に参考にして日本に当てはめることは出来ません。少なくとも二点において日本と米国の事情の違いを認識しておくことが必要です。
第一に、米軍には約149万人の現役兵力の他に大規模で即時に動員可能な予備兵力があるということです。米軍の予備役は合計84.4万(陸軍州兵35.8万、陸軍予備20.5万、海兵隊予備4.0万、空軍州兵10.6万、空軍予備7.1万人)おり、これをいつでも動員できる態勢にあります。自衛隊にも予備制度はありますが、約24.7万人の現役自衛官の他に5.6万人の予備自衛官がいるものの、米軍のように直ちに現役に伍することができるのは即応予備自衛官と呼ばれる約1万人に過ぎません。
第二に、このような予備役制度を支持する社会基盤があるということに着目すべきでしょう。84.4万人の予備役軍人の内1割近くにあたる7.8万人が一時的に現役軍人として勤務しています。このような予備役軍人は、当然平素は一般の社会人として経済活動に従事している訳ですが、軍に動員されている間は、その空きを埋める仕組みがあり、1年ないし数年にわたって軍に勤務した後に、彼らをもう一度受け入れる社会があるということです。こうした点は、アメリカ社会全体が国防という崇高な義務を積極的に負うという姿勢をもっていることに他ならず、この点は特に日本社会にとり何らかの教訓になると思います。米陸軍の削減と日本での自衛隊削減論と同一視してはならない所以です。