その意味ではシンガポールは小国であり、経済的にも成功し、リー・クアンユー元首相の理想を実現化した国家だから幸せな国であるはずだ。シンガポールは独立後わずか50年でアジアで最も豊かな国となったが、果たして本当に国民は幸せになったのだろうか?
わが社(AMJ)は4年前にシンガポールに現地法人を設立し、経営面では一応の成功はしたが、最近の印象では何となく物足りなさを感じている。ここで簡単にシンガポールについておさらいをすると、シンガポールは東京23区とほぼ同じ広さの島に、米国や日本などから資本と技術を導入し工業化に成功した国家だ。
90年代に人件費が高騰すると、ハイテクや金融サービスが主体の産業構造へと転換し、経済的には成功した。同時に高層ビルや緑が調和した景観があり汚職は無く治安の良さも最高だ。シンガポールの国民1人当たりの国内総生産(GDP)は2007年に日本、2011年に米国をそれぞれ追い抜き、現在は独立時に比べ100倍以上の約5万5000ドルに膨らんだ。
ところが、シンガポールに実際に住んでみると、国民の生活は格差の拡大などで「能力至上主義」の成長モデルは行き詰まっているように見える。実際のところ、米国の調査会社ギャラップが2015年に発表した日常生活の「幸福度」調査で、シンガポールは、148カ国中、なんと最下位だった。
街にはゴミひとつ落ちていないし、なぜかハエや蚊などもどこにも飛んでいないという気持ち悪いほどの衛生管理がなされている。いまや安全で清潔な世界的な観光都市となったが、実際に住んでみると何か息苦しさを感じる管理社会で、富裕層にとってはよいのかもしれないが、一般庶民にとっては住みにくく疑問が残る部分が多いようだ。
無論、何から何まで100点満点の国家などはありえないし、何事にも光があれば影もある。でも、はたして「富の集中」と「繁栄の追求」だけが国民にとって幸せなのかということが問題になる。
見方を変えればどうなのか?
「世界のベスト空港」は3年連続1位、「最も住みやすい都市」でも1位、「ビジネスに適した国」でも世界1位、「IT技術活用度」まで世界1位で、株の売買が非課税で、相続税もないという素晴らしい部分もあるが、考えてみればこれも富裕層にとってメリットがあるだけで一般人にとっては手放しで幸せだということにはならない。
このようにすべてが素晴らしく見える裏には、実は厳しい「規律」が存在するので、今やシンガポールは「明るい北朝鮮」などと揶揄されている。
覇権を求める大国の価値観
僕は既に世界中の105カ国を回り、長期間過ごした国はアメリカ、中国、ロシアなどだが、これらの大国に住んでみると幸福感はあまり感じられなかった。これらの大国はビジネスには好都合だが、実際に住んでみると競争社会なので一般市民にとって幸福感はないと思っている。
大国の三大条件とは人口、軍事力、資源を挙げることができるが、最近では世界の覇権を求めるという大国的発想そのものが時代遅れではないのかという気がしている。
国連による幸福度ランキングではスイス、アイスランド、デンマーク、ノルウェイ、カナダ、フィンランド、オランダ、スウェーデン、ニュージーランド、オーストラリアがトップ10だ。
ちなみに日本は46位だが、まだましなほうだ。この中には大国は一切入っていない。
米国や日本の真似をして経済大国に成りあがったシンガポールの幸せランキングは繰り返しになるが、今や世界最下位の148位なのだ。
無論のこと、モノの見方によって幸福感の尺度は変わってくるので、これらの幸せランキングを鵜呑みにするつもりはないが、少なくとも経済力や軍事力や資源力だけが国家の価値だという考え方は明らかに変化してきていると思う。
幸せの6項目とは?
現代人の幸福感を具体的に分類すると、いくつかの要素が浮かび上がってくる。つまり、その要素は以下の6項目にまとめられると考えている。
1 教育文化レベルが高い
2 IT分野に強みがある
3 自然環境と治安が整備されている
4 医療費と教育費がかからない
5 労働時間が比較的に少なくおおらかで親切な国民性
6 物質主義ではなく精神性が高く、趣味や家庭を大切にしている
といった要素が見られる。
9月のウェッジのコラムの『中国人は幸せか? 不幸せか』にも書いたが、中国の貧富の格差社会は幸せには見えない。鄧小平の「先に豊かになれる者から豊かになれ、そして落伍した者を助けよ」という「先富論」は、経済面からすると正しい判断だ。しかし、「社会主義自由経済」による「金権主義」だけでは決して幸せになれないという現実を見ていると、中国の経済力は改善したが、その生活をみると単に格差社会を進めただけだと言っても過言ではない。
日本は何を求めるべきか?
我が国、日本もこれからは真剣に「幸福感」について発想の転換をする必要がある。大国の条件である「人口」については「世界の幸せな小国」をお手本にして、少子化を強みに変える方策を考えるべきだ。「軍事大国」を目指すのではなく軍事の基礎になる「技術立国」を目指すべきだし、資源の確保についてもグローバル経済の中で日本の経済力を活用した世界の資源企業を傘下に収める手法を模索することが賢明だろう。
私の本業は「レアメタル専門商社」だが、産業の空洞化が進むならば、資源が必要な産業は海外に移転させて日本国内には「技術大国」としてのR&Dセンターを強化し、世界の産業界をリードできるような「平和大国」を目指すべきだと考える。日本も古い価値観の覇権大国を目指さず、小国の良さを追求したほうが国民は幸せになると思う。もう無理かもしれないが(笑)。
日本にとって「教育」「IT分野」「自然環境と治安」については、まずまずのレベルだと思うが「医療費」と「教育費」や「労働時間」と「おおらかさ」そして「精神性や趣味や家庭を大切にする」要素については今後の日本のテーマだと考えています。
世界を回れば回るほど大国による覇権競争が人類を不幸にしている気がしてならない。要するに国家をまとめやすいのは小国(小さな政府)だし、米国の価値観の真似をするのではなくて日本らしい幸せな国家を追求するべきだと思う次第だ。初めての海外旅行にシンガポールを選んだ母は10年前に亡くなったが、もし今回一緒に来ていたらどう感じていたかな? とフト思いながら帰途についた。