朝鮮半島、長期的視点で考える「3つのシナリオ」
朝日新聞
2018. 6/30(土) 12:12配信
2018年6月12日、シンガポールにおいて、歴史的な米朝首脳会談が開催された。数か月前には、米朝戦争の危機まで語られ、国交のない米国と北朝鮮の首脳が、世界のメディアを前に握手する姿は、45年以上前に米国と共産党中国が国交正常化を果たした時を思い出すかのように、まさに歴史的瞬間だった。確かに、政治的ショーにすぎないと言う見方もあるが、国際政治を大きく動かすには政治的ショーも必要であり、その「ショー」を繰り広げるにも、それなりの準備がいる。
この史上初の米朝首脳会談を受けて、世界では、様々な評価、分析がなされた。例えば、米国の主要紙であるワシントン・ポスト紙、ニューヨーク・タイムズ紙、ウォールストリート・ジャーナル紙は、それぞれ6月12日付で社説を掲げ、今回の米朝首脳会談について、金正恩委員長の勝ちであり、トランプ大統領は譲歩しすぎではないか、との論評をした。6月12日付のニューヨーク・タイムズ紙に掲載された論説では、ヴィクター・チャ元NSCアジア部長が、合意文書は不十分であるとしながらも、戦争を回避した重要な首脳会談であった点では評価できる、としている。また、6月15日付ニューヨーク・タイムズ紙に掲載された6月12日に書かれたナラングMIT(マサチューセッツ工科大学)教授らの論評では、北朝鮮を核保有国として認めることが述べられている。
このように、短期的に見ると、確かに北朝鮮の外交的勝利のように見えるが、本稿では、今回の米朝首脳会談を受けての状況を、(1)短期的、(2)中期的、(3)長期的と、より長いスパンで分析、思考してみたい。そうしてみると、長期的には主に3つのシナリオ(a‐c)が浮かび上がってくる。
トランプ大統領は譲歩しすぎで金正恩の外交的勝利である。合意文書では、「朝鮮半島の完全な非核化」とされ、「北朝鮮の非核化」でもなければ、「完全かつ、検証可能で、不可逆的な非核化」(CVID)でもない。北朝鮮が求めていた文言通りである。「安全の保証」という言い方も、北朝鮮への攻撃をしないという米国の約束と、北朝鮮の金正恩体制を保証してあげるということになっているようだ。そして、朝鮮半島の休戦協定を平和条約にして米朝国交正常化を果たす。いずれも北朝鮮が求めていたことである。「完全な朝鮮半島の非核化」ということでは、北朝鮮の非核化を行う際に、韓国への米国の核の傘の保証も交渉の対象に入ってしまう。それもあってか、トランプ大統領は、中止する必要のない米韓合同軍事演習を中止し、在韓米軍の縮小・撤退まで言及した。
たとえ、米朝間の合意文書はあっても、その内容は抽象的で曖昧であり、同床異夢の可能性は大である。その意味では、全ては、今後の交渉にかかっている。「最大」ではなくても、今後も北朝鮮への制裁を維持し、圧力をかけながら、北朝鮮のCVIDを達成できるか。その過程で、米朝国交正常化交渉が進めば、日朝国交正常化交渉にも影響があるだろう。そうして、国交正常化が果たされれば、日本からも他諸国からも、北朝鮮に多額の資金が流れることになる。貧しい北朝鮮が裕福になる。日本その他の諸国は、お金で北朝鮮の非核化という平和を買うことになるのである。
トランプ大統領は、記者会見やメディアとのインタビューで、しきりに「金正恩委員長は真剣である、私は彼を信用している。」と言った。これは、金正恩委員長も聞いているはずである。そして、トランプが金正恩を信じれば信じるほど、もしそれを裏切った場合の代償は大きいだろう。その時こそ、戦争になりかねない。そう思えば、トランプの言動は、交渉上の戦略としては、必ずしも悪くないのかもしれない。
a. 中国型:北朝鮮の将来は、独裁体制を維持しながら(体制保証されながら)、経済的に改革・開放を行い、経済成長を高めて行く。独裁体制を維持するには、非核化をしようがしまいが、ある程度の軍事態勢を維持するだろう。
b. ドイツ型:韓国の文大統領は、将来的に、南北朝鮮を統一することを模索している。38度線が緊張緩和され、南北の行き来が自由になれば、朝鮮半島が1つの国家となることはあり得る。ただし、民主化の程度は、ドイツと異なるだろう。
c. ソ連型+α:1975年のヘルシンキ合意は、東西冷戦下の緊張緩和の一環として国境の画定を決めた。皮肉にも、その欧州で国境が崩れソ連は崩壊し、ロシアとなり国土を狭めた。北朝鮮は、安全を合意文書で保証されても、国境を開き、日米両国と国交正常化し、韓国と交流促進をする過程で、もしかしたら体制が崩れることもあり得るかもしれない。その場合、一時的に朝鮮半島は、無秩序的に混乱するかもしれない。
このように、歴史的な米朝首脳会談は無事に開催されても、今後の歴史の道筋は不透明で、不確かである。トランプ大統領自身も述べているように、今回の米朝首脳会談は、プロセスの始まりにすぎない。このプロセスがいかに進むかによって、核、ミサイル、拉致問題のみならず、日本が位置する北東アジア情勢が大きく動く可能性があるのである。
岡崎研究所