韓国の「暗部」照らす映画 異例ヒットの理由
韓国映画と言えば、甘いラブストーリーや派手なアクション映画を思い浮かべる人が多いかもしれない。だが、昨年来、韓国現代史の暗部を描く硬派な映画が目立ってきている。なぜ今、こうした映画が韓国で製作され、多くの人に受け入れられようとしているのか。最新の作品紹介を通じて、韓国映画の新たな息吹と韓国社会の変化についてリポートする。
弾圧の不安…製作はタブーへの挑戦
韓国現代史の闇にメスを入れた作品として、今最も注目されているのが、1987年に大学生が拷問によって殺された事件とその後の民主化運動を描いた「1987、ある闘いの真実」だ。軍事政権下で起きた国家権力の犯罪の真実を明らかにしようとした作品で、9月8日から東京・シネマート新宿などで公開される。韓国では昨年末に公開され、今年上半期では観客動員数500万人を超えて2位の成績を挙げている。
東京都内で7月30日に開かれた「1987」のトークイベントの模様を紹介しよう。この種のイベントでは、映画製作の苦労話が披露されるのが常だが、登壇したチャン・ジュナン監督の口から語られたのは、政府当局による映画製作やスポンサー企業、キャストに対する「弾圧」の不安が中心だった。本作の製作は、タブーへの挑戦であったことがうかがえるものだ。
「この映画を準備し始めたのは、
韓国では、1980年代の軍事政権下で民主勢力が弾圧された過去がある。だが、それ以降の時代も韓国では、映画をはじめとするメディアに対する圧力が長く続いたことはあまり知られていない。
2015年に映画化に向けて動き始めたチャン監督は、一部の信頼できる人物たちの間だけで企画を進めざるをえなかった。イベントにゲスト参加した阪本順治監督も、韓国の野党指導者だった
チャン監督の不安は、映画製作のスポンサー探しにも及んだ。
「初めは出資者も及び腰で、果たして製作資金が集まるのかという不安もあったが、朴大統領のスキャンダルが出てからは反応も良くなった」とチャン監督。朴大統領の友人だった
映画に出てくれる勇気ある俳優がいるのか、キャスティングも心配だったという。「だけど、この映画を今作らなければいけない――という思いを持つ俳優が次々と名乗り出てくれた。ハリウッド映画『アベンジャーズ』に登場するスーパーヒーロー級の皆さんが集まってくれて、この映画を作る力になった」と振り返る。結局、キム・ユンソク、ハ・ジョンウ、ソル・ギョングといった韓国を代表するベテラン俳優や、若手人気俳優のカン・ドンウォン、映画「お嬢さん」で注目された新進女優キム・テリらが出演を決め、作品の成功に大きな力となった。
隠蔽されようとした拷問死描く「1987」
さまざまな障害をクリアしてまで、映画「1987」が描こうとしたのが1980年代だ。この年代の韓国がどういう状況だったのか簡単に振り返ろう。
79年に
映画「1987」は、全大統領の7年の任期が切れようとする87年に、「民主化運動リーダーと関係している」との疑いがかけられたソウル大学の学生が拷問によって死亡した事件を描いている。
学生の死因を心臓マヒだとして、遺体を家族にも見せずに火葬して隠匿しようとする治安当局に対し、正当な手続きを求める検事が遺体の解剖を命じる。当初、メディアの報道は統制されていたものの、ある新聞が学生の急死を「事件」として報じたことから大騒ぎになる。これを受けて、警察は一部の関係者だけに責任を負わせて事件の収束を図ろうとし、担当検事も更迭されてしまうが、学生が拷問で死亡したことを証明する解剖結果が明らかになり、市民たちが真実を求めて立ち上がる。それは「6月民主抗争」と呼ばれ、大統領直接選挙制の実現につながっていく――。
映画では、事件のあらましが、ほぼ実際に起きた通りに展開する。史実と異なるのは、キム・テリが演じた女子学生の存在だろう。民主化運動に興味のない彼女は、自らの意に反して事件に巻き込まれる。観客は彼女に寄り添って、87年に何が起きていたのかを目撃する。チャン監督は、警察、検察、新聞記者、民主化運動家、一般市民らがどのように動き、何を感じたのか、多面的な視点で事件の真相に迫っていく。
撮影はハンディカメラを使い、まるでドキュメンタリーのようなタッチで俳優たちの表情に迫る。80年代後半の韓国の都市の姿はほとんど残っていないため、ソウル市にある延世大学正門から同市庁広場、繁華街・
2日で100万人を動員した「タクシー運転手」
描かれなかった韓国現代史の暗部を掘り下げた映画は「1987」だけではない。同作の公開に先行し、80年の光州事件をタクシー運転手の目を通して見つめたチャン・フン監督の「タクシー運転手~約束は海を越えて~」の大きな存在がある。
人気俳優のソン・ガンホが主演した「タクシー運転手」は、昨年の韓国映画界で最大の“事件”となった。昨年8月2日に公開されると、公開わずか2日で100万人の観客動員を達成。結局、1218万人もの観客動員を記録し、昨年最大のヒット作となったのだ。日本では今年4月から公開され、現在も各地で上映中。14館でスタートした映画館数は累計100館以上となり、興行収入1億円を超え、社会派韓国映画としては異例のヒットとなっている。
「タクシー運転手」では、韓国のメディアが光州事件について何も報道できない中、検問をくぐり抜けてタクシーで光州に潜入したドイツ人ジャーナリストが決定的な映像を撮影する姿が描かれた。
「1987」でも、学生たちがひそかに光州事件の模様を撮影した映像のビデオ上映会を開く場面がある。ここで上映されているのはおそらく、「タクシー運転手」のドイツ人ジャーナリストが撮ったものだろう。この時代、光州事件をはじめとする<政府に都合の悪い問題>は、韓国国内でニュースとして報じられなかった。だが、ビデオ映像が水面下で広がり、惨劇の事実がじわじわと韓国国民の間に知られるようになっていった。そうしたことが「タクシー運転手」と「1987」の両作品を通じて分かるのも、非常に興味深い。
「1987」のチャン監督自身、当時は「時代状況に特別な意見のない、平凡な高校生だった」と語る。映画で描いたのと同じように、光州事件の映像をビデオで見て、「大きな衝撃を受けた。このようなことを、どうして誰も語ろうとしないのか? それがホラー映画よりも怖いと思った」と言う。「1987」を撮ったのも、その時の思いを忘れられなかったからだ。「あの時代、個人個人がそれぞれの思いから真実を追求し、それが雪だるま式に大きくなって広がり、社会を動かした。その情熱を今の人たちに投げかけたかった」と語っている。
注目の作品はまだある。李、朴槿恵両政権のメディアへの不当介入を描いたドキュメンタリー映画「共犯者たち」だ。
李政権下の2012年、公正な放送を求めるストに参加して解雇された韓国MBCテレビの元プロデューサー、チェ・スンホ氏が監督した作品で、やはり昨年夏に韓国で公開された。
いずれも韓国の代表的テレビ局である公営放送のKBSとMBCの経営陣は事実上、大統領が任命しており、政府の意に沿わない番組を作ると更迭されていた。映画「共犯者たち」では、番組・報道への政治介入に抗議するプロデューサーや記者らが次々と解雇される模様と政府側の弾圧に抵抗するジャーナリストたちの姿に迫っている。映画公開後は、韓国国内の風向きも大きく変わったようで、チェ氏は昨年12月、MBCの社長に就任している。
国家権力の犯罪描く映画、製作の背景は?
韓国で今、こうした映画が作られ始めている背景には、何があるのか? そこには、表現の自由を守り、史実を直視しようという国民意識の高まりがあると言える。
すでに光州事件から38年、大学生拷問死からは31年の年月がたっている。韓国や北朝鮮の映画事情を研究している立教大学異文化コミュニケーション学部のイ・ヒャンジン教授は「韓国にはまだ、軍事政権下でのさまざまな事件についてのトラウマがある」とし、「都合が悪いので真実を隠しておきたい、という人に加え、悲しみや苦しみは忘れてしまいたいという心理も働いてきた」と語る。
一方で、韓国社会の世代構成も変化してきた。青年期に民主化運動を経験した「386世代」――1990年代に「30歳代」で「80年代」に民主化運動に参加した「60年代」生まれの世代は今、韓国社会の中枢を担う50歳代となっている。
「(80年代の)事件を記憶している世代の人々がまだいる今だからこそ、何があったのかを若い人に伝えなくてはいけない。光州事件にしても大学生拷問死事件にしても、事件から30年以上たち、少し距離を置いて現代の観点から見つめ直すことができるようになってきた。そういうタイミングで映画が作られた」とイ教授は解説する。教授はまた、「実際に起きたことをそのまま見せるよりも、フィクションである映画にした方が、より切実に真実を感じ取れることもある」と指摘する。今後も韓国で、こうした社会派作品が増えていくことが期待できそうだ。
韓国映画の製作者側にも新たな息吹がある。
「タクシー運転手」にしても「1987」にしても、これまでなら圧力を恐れて製作をためらうような挑戦的な作品が、興行的にも成功したことの意義は大きい。国家権力による圧力の存在が公然のものとされていた韓国では、映画関係者だけでなく、さまざまな表現者も自己規制していた面もあったのではないだろうか。
「タクシー運転手」「1987」の成功は、映画人が自由に表現し、それが社会から正当に評価されたことを示している。「共犯者たち」のチェ監督が、解雇されたMBCに社長として復帰したように、言論の自由を守ろうという機運は韓国の国内で着実に高まっている。今後、国家権力が表現者たちに表だって圧力を加えるのは一段と難しくなるのは間違いない。不安要素が消えて自己規制もなくなり、映画に限らず、さまざまなメディアで、より積極的な挑戦がしやすくなったのではないだろうか。その意味で、「1987」などの成功は韓国社会に大きな影響を与えたと言える。近い将来、韓国で、これらの映画が製作された2017年は、「表現の自由にとって節目になった年」と語られるようになるかもしれない。
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