米司法省でファーウェイと孟晩舟CFOの起訴について記者会見するマシュー・ウィテカー司法長官代行(中央)ら(2019年1月28日撮影)。(c)SAUL LOEB / AFP〔AFPBB News〕
(福島 香織:ジャーナリスト
米司法当局は、カナダで保釈中の中国・華為技術(ファーウェイ)のナンバー2であるCFO・孟晩舟に対して正式に起訴し、彼女の身柄引き渡しをカナダ当局に要求した。中国が、親中派の元カナダ外交官を含む多数のカナダ人の身柄を“人質”にとり、孟晩舟の米引き渡しを阻止しようとカナダ政府に圧力をかけていたが、トルドー政権は、孟晩舟の米身柄引き渡しに反対意見を述べた駐中国カナダ大使を召還するなどしており、孟晩舟は米国に引き渡される公算が強い。そうなると、3カ月停戦中の米中貿易戦争を含め米中冷戦はどこへ向かうのだろうか。
腹を決めざるをえなくなったカナダ政府
これまでのいきさつを簡単に振り返ると、孟晩舟は昨年(2018年)12月1日に、米国の要請で対イラン制裁に違反したとしてカナダ当局に逮捕された。中国政府はこれに対する事実上の報復措置として、元外交官のコヴリグ氏や実業家のスペイヴァー氏の身柄を、“国家安全を損なう活動に関与”した容疑で拘束。2人とも有名な親中派であったので、これは中国が孟晩舟を取り戻すためのカナダに対する圧力だと解釈された。
この時期、中国で身柄拘束されたカナダ人は13人以上(後に釈放されたものも含む)。ファーウェイ側の保釈要請を当初拒んでいたカナダ当局も、結局、孟晩舟の保釈を認めざるをえなかった。孟晩舟は1000万カナダドルの保釈金を支払ったほか、ファーウェイ製の電子足かせをつけられ行動範囲を著しく制限されるという屈辱的な条件を飲んで保釈を認められたが、その後はその身柄が米国に引き渡しされるかどうかが焦点になっていた。
中国側は麻薬密輸容疑で起訴されているカナダ人被告の懲役15年の判決を差し戻して死刑判決にするなど、カナダ政府に圧力をかけ続けてきた。だが、このほど米司法当局がファーウェイ科技と孟晩舟を銀行詐欺、通信詐欺、司法妨害、米Tモバイルからの技術窃取スパイ行為など23件におよぶ罪状で起訴。中国サイドは米国に即刻、孟晩舟の引き渡し要請を撤回するように申し入れている。米中の圧力の板挟みの中で、いよいよトルドー政権も腹を決めざるをえなくなってきたか、というのが原稿執筆時点(1月29日)の状況である。
米中貿易戦争の本質とは
孟晩舟とファーウェイの運命がどうなるか、は、1月30~31日にワシントンで開かれる米中通商協議(閣僚級)の行方とも関わってくる。
この協議では、習近平の経済ブレーンである劉鶴(副首相)とライトハイザー(USTR代表)、ムニューシン(財務長官)が3月1日まで猶予が与えられている米中貿易戦争(米国の対中製品関税引き上げ)の落としどころを探るわけだが、当然、ファーウェイ問題も駆け引き材料に使われるだろう。
米中貿易戦争でより経済的に追い込まれているのは、2018年のGDP成長が28年ぶりの低水準となり、事実上マイナス成長と囁かれている中国側だ。中国側が何をどこまで妥協するか、たとえ妥協を示しても米国側が納得するか、という点は意見がわかれるところだ。今回、中国が米国の農産物や資源を大量に購入し、貿易黒字を思いっきり削減する努力を見せれば、ちょっとは米国も妥協してくれるのか、あるいは知財権窃取を認め、国有企業に対する補助金制度などの撤廃を約束するところまで妥協を強いられるのか、あるいはそもそも米国側には妥協点など見出すつもりもなく、中国の台頭を叩き潰すことが目的なのか。トランプは劉鶴との会談に応じており、多少は中国にメンツを与えるつもりもあるようだが、今回の協議では明快な答えは出まい。
中国の体制内学者で、最近、中国の国改・政改(政治体制改革)の必要性を公の場でも主張しはじめている人民大学教授の向松祚などは、米中貿易戦争について「これは貿易戦争でも経済戦争でもなくて、米中の価値観の深刻な衝突である」とはっきり指摘している。つまり、本質的には経済・貿易上の条件の妥協で解決する問題ではないのだ、と。
西側社会が受け入れられない中国の所業
折りしもスイスで開催されていたダボス会議で、投資家ジョージ・ソロスも同じようなことを言っていた。彼の発言は「習近平は開放社会、自由社会の最も危険な敵である」という過激な部分が新聞的には見出しにとられたが、もう1つのポイントは中国が最先端技術を使って、人権弾圧を行っているという点を非難している部分だ。
ソロスが言うには「中国は世界唯一の独裁国家ではないが、最も豊かで、最強の最先端技術をもつ政権であり、中国の人工知能や機械学習などは監督管理ツールに使われている」「習近平の指導下で、中国は顔認識技術を含む世界最先端のシステムを確立し、国民の識別にこれを利用し、政権に多大な脅威を与えると思われる個人をはじき出し、一党独裁国家の中国において、至高無上の統治権威を打ち建てるというのが習近平の野望だ。中国は先進的な監視監督科学技術を用いることで、習近平は開放社会の最も危険な敵となった」。
「中国はまさに社会信用制度を建設し、中国民衆をコンピューターによって評価し、彼らが国家の脅威となるかどうかによって“処理”している。このシステムがいったん開始されれば、習近平は完全に中国国民をコントロールできるだろう」
人類の未来の幸福のために使われるべき科学技術を、人権弾圧、民族弾圧のために使っていることは、西側社会のエリート、知識階級を自任する人たちにとっては看過することができない、ということなのだ。ソロスのように、金儲け第一主義のように見え、実際に中国企業に多くの出資をして中国市場で思いっきり儲けて、その経済を後押ししてきたような人物ですら、最終的にはこうした西側知識人の良心の部分を、たとえ建前であったとしても、曲げるわけにはいかない。これが西側民主主義世界の普遍的価値観というものだろう。
ちなみに、中国の価値観は、人民が最大最凶の暴力装置であり、共産党がその暴力装置である人民に対して、強権を使って支配し、指導し管理しコントロールしなければ、体制や社会の安定が維持できない、というものだ。中国では、人は生まれながらに平等ではなく、支配されるべきものと支配するべきものに分かれている。人類創生の女神の女媧は無知蒙昧な小人と、指導者たる大人を区別して作り上げたのだ。人の上に人をつくらず、という西側の価値観と絶対に噛み合わない。今、14億という膨大な中国人民を一番うまく指導し管理しコントロールできるのは中国共産党であり、共産党体制は絶対維持しなければならない、そこを認めなければ、西側のみなさんも14億市場でお金儲けできませんよ、というのが中国共産党側の言い分である。
中国側は、14億人口の大規模市場と世界第2位の経済体という武器をつかって、中華的価値観に基づいた中華秩序圏を中国の外側に広げようとしており、その意思は一帯一路戦略などにも表れている。一方、米国はすでに確立している西側の普遍的価値観を基にしたグローバル秩序の勢力圏を中華秩序圏に侵されかねないとの危機感を持ち始め、中国の台頭を抑え込もうとしている。この中華秩序圏の拡大、確立の鍵を握るのがファーウェイなどに代表されるテクノロジーの力なのだ。
ファーウェイやZTEの技術が次世代通信技術5Gの主導権をとることになれば、米国の危機感は現実のものとなる。なぜなら通信技術は国防の要であり、世界のインフラを動かす技術、つまり世界を支配しうる技術だからだ。しかも、ファーウェイなど中国のテクノロジー企業の技術は、米国に言わせればもともと米国のものであり、それを中国は違法なやり方で奪ったのだ。
さらに、その違法なやり方で奪った技術で、ジョージ・オーウェルの小説「1984」のようなディストピアを作り、新疆地域ではウイグル人に対して21世紀最悪とも言える民族弾圧、民族浄化、人権弾圧を行っている。
ファーウェイは、インターネットのファイヤーウォールシステム「金盾工程」の鍵であるA8010リファイナー・ネットワークアクセスサーバーや、AI顔認証システム付き監視カメラネットワーク「天網」や農村の大衆管理システム「雪亮工程」に使われているコアな技術などを提供しており、中国が2020年までに完成させると目標を掲げる社会信用スコアによる人民管理・監視社会実現の鍵となる会社の1つである。
いくら、西側の投資家や企業たちが中国に儲けさせてもらっていたとしても、その投資が、人権弾圧に使われて、それではあなたの良心は痛まないのか、と問われれば、なかなか返答に困ろう。ファーウェイ製品が安くて品質も良いものだとしても、その会社が中国の激しい人権弾圧に加担している企業だとすれば、西側社会の消費者としては、受け入れられるかどうか、というところに立ち戻る。
習近平は「自由社会の最も危険な敵」
ファーウェイ問題は、もちろん、国家安全問題に関わるという点も大きい。
ファーウェイのスパイ行為に関しては、CIAが長らく執念深く追跡しており、米司法当局の今回の孟晩舟の起訴はそれなりの自信をもっているのだろう。起訴状には、Tモバイルのスマートフォン品質検査に使われるロボット「Tappy」の技術を盗もうとファーウェイ社員が密かに写真撮影を行いロボットを持ち出していたという。しかも、ファーウェイがそうした他者技術持ち出しに成功した社員に報奨金を与えており、これが組織ぐるみの犯罪であった証拠のEメールもある、としている。ファーウェイ社員のスパイ行為はポーランドでも発覚しており、今後も同様のケースがいろんな国で明るみになる可能性は大きい。
こうした情勢を受けて、中国経済に依存していた典型的な親中国家のドイツを含めEU各国がファーウェイ排除に足並みを揃え始めた。米国の圧力に動かされたとも言えるし、実際にファーウェイのスパイ行為が国家安全にとって危険すぎるという認識も芽生え始めただろう。
だが、私はこうしたEUの動きは、やはり、今の中国との対立が、西側の普遍的価値観、それに基づく良心の選択の結果という面が大きいと思う。もちろん、米国はじめ西側各国が、建前で掲げるように本当に自由や人権やフェアネスを重んじる人々なのか、と言われれば反論は多くあるだろう。西側の国々も搾取や人権弾圧をやってきたし、現在進行形でやっている部分もある。だが、面と向かってその良心を問われれば、ソロスの言うように「習近平は自由社会の最も危険な敵である」という結論に行きつく。
これから何が起きるのか?
そういう前提で、今後の可能性を考えてみる。孟晩舟は米国に引き渡され、孟晩舟の取り調べから、ファーウェイは丸裸にされ、西側グローバル市場から締め出されたとしよう。ファーウェイと取引のあった西側企業も大きな打撃を受けるだろうが、これは経済利益の問題ではなく、価値観の衝突だとすると、ファーウェイ排除に伴う経済的痛みを企業は我慢するしかない。
米国主導のファーウェイ潰しは成功し、中国のテクノロジー産業の台頭を抑え込む決定打となり、習近平政権のかかげる中国製造2025戦略自体が根底から揺らぐことになるかもしれない。中国は長い停滞期にはいるかもしれない。
ここから、ありえそうなもう1つのシナリオは、すでに基礎技術を盗み終わっているファーウェイはじめ中国テクノロジー企業が、米企業からの部品供給を断たれ、追い込まれた結果、自力更生のスローガンどおり、自前の半導体開発などをスピードアップし、西側企業を排除した14億の中国圏市場を独占して、中国圏市場と西側グローバル市場の2つのシステムがすみ分ける「一国二制度」ならぬ「一地球二制度」に世界の経済ルールが再構築される可能性だ。
だが、そうなると中国は世界を支配するわけではないが、世界の4分の1ぐらいの地域の主導権をにぎり、その支配下では言論統制と政府批判を絶対ゆるさない監視社会が実現し、ウイグルはじめ少数民族や良心的弁護士や知識人たちが弾圧され続けるかもしれない。
だから、私がむしろ期待するのは、米中貿易戦争から始まった西側と中華圏の価値観の衝突の結果、中国に新たな価値観が生まれることにある。中国が民主化するという単純な結末でないかもしれないが、独裁や共産党による人民支配が唯一の中国経済・社会の安定の道ではないという考えが、そろそろ中国の大衆や知識人から起きてもおかしくない頃合いではないだろうか。最近、体制内知識人から「国改・政改」という言葉が出始めているのを聞くと、そういう期待をもってしまうのだ。
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