これをビジネスと考えた中国人業者は飛びついた。
中国の裕福層には、子供たちを米国留学させたいという強い願望がある。それならば生まれた時に米国に法的に住める権利を得る方が手っ取り早いわけだ。
「米国で出産させれば、生まれてきた子供は自動的に米国の市民権を得られますよ」
こんなキャッチを新聞広告やウエブサイトに掲載するや、業者の元には申し込みが殺到。費用は4万ドル(約27万元)から8万ドル(約54万元)と中国の一般市民にとっては目の玉の飛び出るような金額だったにもかかわらずだ。
ちなみに北京の労働者の平均年収はが10万元。「出産ツアー」代はその2.5倍から5倍ということになる。それでもこれまでにツアーに参加した妊婦の数は4000人に上るという。
配偶者や親族に北京市公安部や中央電視台の幹部も
今回、米連邦検察局が公表した捜査結果によると、「出産ツアー」に参加した妊婦の配偶者は、政府高官や大企業の幹部ばかり。中には北京市公安部の幹部までいた。
習近平国家主席までが娘さん*2を米国留学させるお国柄。
ここ10年、中国の共産党幹部や富裕層の子弟の米国留学は急増している。TOFELで不正合格させてまで留学させようとするケースも発覚している。
*2=習近平主席の娘さん、習明沢氏は2010年から2013年までハーバード大学に留学。
どうせ留学させるなら生まれた時から米国籍を取らせてしまえというのが妊婦の狙いだ。
あれだけ反米思想を叩き込ませているにもかかわらず、中国人(特に富裕層、支配階級)がいかに米国に憧れ、子供たちに米市民権を持たせて楽な暮らしをさせたいか、その願望がにじみ出ている。
筆者も近隣の町で目撃した中国人の妊婦たち
実は筆者も「出産ツアー」でやって来た中国人女性たちを目撃したことがある。
2015年頃、カリフォルニア州ロサンゼルス近郊ローリングハイツやアーケイディアのショッピングセンターには20代から30代のお腹の大きな中国人女性が3人、5人と一緒になって買い物している姿を見かけたことがある。
中国語で大声でしゃべる彼女たちは服装やしぐさで中国からの客人だと一目で分かる
。
中国人の店員の話だと、彼女たちは近くのモーテルやアパートに一緒に住んでいるという。
筆者が彼女たちを目撃して数週間後、ローカル紙で市役所の職員が彼女たちの住んでいるアパートを家宅捜査したという記事を読んだ。
アパートに住む中国人たちが夜遅くまで音楽をかけたり、大声でわめきたてているとの苦情が近所の住民から出たため、市職員が尋問に踏み切ったという。
「出産ツアー」業者も事情聴取を受け、摘発されはしたが、起訴されることはなかった。妊婦の渡米に便宜を図るだけでは罪にはならなかったからだ。
起訴容疑はマネーロンダリング、医療保険違反
4年前にカリフォルニア州の自治体が「出産ツアー」業者を起訴できなかったケースに、今回、連邦検察局が起訴に踏み切れた理由は何だったのか。
「ビジネス」関連の違法行為だった――移民法違反(ビザ申請の際に妊婦に虚偽の報告をさせていた)、マネーロンダリング、為替法違反、脱税、メディケイド(低所得者のための医療保険制度)不法申請。
米連邦検察局が明らかにした「出産ツアー」起訴事実を読むと、こういった内容になる。
妊娠した中国人女性は観光客を装ってハワイ経由やラスベガス経由でロサンゼルス入りし、近郊のモーテルやアパートに投宿。
ビザ申請の時には2週間の滞在と書き込んでいるが、実際には出産のために2~3か月滞在し、中国人経営のクリニックで出産する。
出産後の新生児の市民権取得、社会保障登録などの法的手続きはすべて中国人弁護士や公証人がてきぱきと処理。
母親は赤ちゃんを連れて中国に無事帰国するという段取りだ。 飛行機代、宿泊料、出産費など「出産ツアー」の代金として中国人観光業者(本社はロサンゼルス近郊にあるが、中国各地にも営業所があるという)に支払う額は、1人当たり4万から8万ドル程度。
中には夫や母親が同伴しているケースもあった。
なぜそれほど自分の子供に米国の市民権を取らせたいのか。逮捕された妊婦の1人は取りに調べにこう答えている。
「米国は豊かな国だし、大気汚染もなく、空気もきれいだ。子供が市民権を持っていればいずれ自分たちも呼び寄せてもらって米国に住める」
「教育も公立なら高校までただ出し、中国人が憧れてるアメリカの大学にも行けるし、卒業すれば就職も楽だ」
「それにカリフォルニアには中国人がたくさん住んでいるし、衣食住が困らない。大きくなって留学させるよりよほど簡単だし、安くてすむ」
悪徳業者の一人「李冬媛」は高級車6台所有
今回起訴された3人の旅行業者は以下の通りだ。
ロスアンゼルス近郊のアーバインに20戸のアパートを購入、2年間に500人の妊婦を呼び寄せ、300万ドルを稼いでいた「出産ツアー」業者の一人、李冬媛(41)はアパートのほか豪邸、メルセデス・ベンツなど6台の車、金の延べ棒などを所有していた。
米中を股にかけ、100人以上の社員を使って500人以上の妊婦を米国に送り込んでいた。会社名は「You Win USA」、文字通りアメリカを食い物にし、勝利していたわけだ。
3年間で数百万ドルを荒稼ぎしていた薫水(42)は、中国河南省鄭州のラジオ局や黒龍江省のパルピン医科大学で働くエリートの妻や娘を顧客にして3年間で数百万ドルの収入を得ていた。
しかも変な条件だが、妊婦が女の子を生んだ場合には一定額を返却していた。
(娘が米市民権を取得しても親の永住権取得に影響が出るわけではないにもかかわらずだ)
薫はこれだけ稼いでいながら公認会計者らを使って200万ドルの税申告漏れ、さらにはマネーロンダリングに手を染めていた。
3人目は鄧文端(65)。1999年に「出産ツアー」を最初に始めた草分け的存在だ。
中国だけでなく、香港や台湾にも手を広げ、これまでに4000人の中国人妊婦を訪米させたと言っているらしい。
顧客の配偶者や親族には、中国中央電視台や中国大手の有線電気通信の中国電信、大手商業銀行の中国銀行の幹部や社員が含まれていた。
今回起訴された斡旋業者に共通しているのは、妊婦たちからがっぽり出産費用を取りながら、実際には低所得者のための国民医療保障制度を適用、米政府に支払わせていたことだ。
まさに米国は「中国人に踏んだり蹴ったり」されていたのだ。
一方、ビザ詐欺や裁判所侮辱罪容疑で起訴された女性たちは10人ほど実名で公表されたが、そのうち5人はすでに中国に帰国。
そのうちの一人、瓏静(30)と夫の肖俊敏(30)は、連邦検察局に対し、「俺たちはもう帰国している。アメリカは俺たちに手など出せない」とメールしてきたという。
見直し法案を毎年提出してきたキング下院議員
憲法修正第14条の見直しを求める米国人の声がないわけではない。
過去6年間毎年議会にこの条項を修正する法案を上程してきた議員がいる。スティーブ・キング下院議員(共和党、アイオワ州選出)だ。
議会内の支持者も増えている。2011年に法案を上程した時には3人が共同提案者に名を連ねるだけだったが、2017年には48人が共同提案者になっている。
キング議員は「(米国籍者でない)よそものが産んだ赤ん坊がアメリカ人になっている限り、われわれはアメリカ文明を復活・復元などできっこない」と主張してきた。
キング議員が2017年1月3日に提出した法案は、同修正条項に次の条件を付け加えるよう求めている。
①米国領土内で生まれた子供の両親のうち一人が米国籍か、米市民権を持っていること
②両親のうち一人が米国永住権を持っていること
③両親のうち一人が米軍隊に属するものであること
キング議員は米議会でも最も強硬な反移民、反イスラム教の人種差別主義者だ。
しかし、修正第14条がここまで中国人に悪用される温床になっているとなると、同議員に賛同するものも増えてきている。
同法案は上程されるたびに下院司法委員会から移民・国境安全保障小委員会に送付され、審議されずに廃案になっている。
ところが2018年11月31日、トランプ大統領がメディアとのインタビューで同条項を大統領権限で削除すると言い出したのだ。
議会で可決成立しないのであれば大統領権限でやるというのだ。
大統領自身、2016年の大統領選でも「出生ツアー」を厳しく非難し、憲法修正第14条の撤廃を主張していた。その意味ではキング議員はトランプ氏の意見を代弁していたことになる。
最高裁はこれまで修正第14条見直し案を却下してきたが
トランプ大統領が大統領令でどのような具体策を打ち出すのか。ただ大統領令が出た場合もその是非は裁判所の判断に委ねられる。
最終的には最高裁の判断となるが、これまで出された憲法修正第14条見直し訴訟はすべて最高裁によって却下されている。
米主要紙の司法記者は筆者にこう指摘している。
「今回米連邦検察局が『出生ツアー』の中国人業者たち起訴に持ち込んだ背景には、トランプ大統領自身の反移民、反中国という『哲学』があることは間違いない」
「トランプ大統領としては、もともと白人以外の中南米やアジアからの移民には反対だ」
「現行法では中国に住む妊婦が出産前に訪米し、米国の施設で出産し、生まれた子が市民権を取得すること自体は違法ではない」
「今回、連邦検察局はその点では業者も妊婦たちも罰せない。だから(事実上の)『別件』で起訴したのだ」
「ビザ申請に関する虚偽証言と詐欺、司法妨害、裁判所命令軽視、脱税、マネーロンダリング、為替法違反でしょっ引いたわけだ」
「憲法修正第14条の見直しを大統領が命ずれば、そのインパクトは大きいはずだ。裁判所だって無下に却下するわけにはいかないだろう」
「これだけ米世論が憲法修正第14条に反発しているわけだから議会民主党とて反対はできないだろう」
今回の連邦検察局の動きはこの問題を巡るスタート台になるかもしれない。
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