セクハラ疑惑に緊急入院と、話題の尽きない文喜相国会議長。写真は昨年10月に訪米した際のもの(写真:YONHAP NEWS/アフロ)
韓国の国会が、連日大荒れに荒れている。
選挙法改正案など3法案の扱いについて、与党「共に民主党」など4党と対立し、窮地に追い込まれた「自由韓国党」の議員たちが「肉弾戦」を辞さない徹底抗戦の構えを取る一方、法案処理の鍵を握っている文喜相(ムン・ヒサン)国会議長は「セクハラ」の猛抗議を浴びた直後に緊急入院するなど、大混乱に陥っている。
長期政権を狙う政権与党
4月23日、与党「共に民主党」は、「正しい未来党」、「民主平和党」、そして「正義党」とともに、選挙法改正案と高級公職者不正捜査処法などをまとめてファストトラック(迅速処理案件)で追認する同意書を国会に提出した。これに対し、ファストトラックの絶対不可を宣言した最大野党の「自由韓国党」(114議席保有)は徹夜闘争に突入するなど、総力戦を繰り広げているのだ。
ファストトラック(fast track)とは、国会の法案処理が無制限に漂流することを防ぎ、法案の迅速処理を図るための制度だ。ファストトラックに指定された案件は、常任委員会の審議と議決を経なくても、330日過ぎれば国会本会議に自動的に上程される。そして本会議で国会議員の過半数の出席に過半数の賛成を得ると、法案として成立する。
「共に民主党」は、与党に近い立場をとる群小政党の協力を得て、自由韓国党の反対で常任委で止まっている文在寅(ムン・ジェイン)政権の法案を、このファストトラックとして指定しようとしているのだ。
日本ではあまり報じられていないが、「共に民主党」は、「20年政権構想」を推し進めている。
任期5年の韓国大統領は再選が禁止されている。そのため悪化した日韓関係も、「反日的」な文在寅大統領の後任の時代になれば好転すると思っている日本人も多いかもしれない。しかし、文在寅大統領の支持母体である左派政党「共に民主党」は現在、文在寅政権後も政権与党として権力を握り続けるため、さまざまな手を打ち始めている。それが彼らの「20年政権構想」で、今回、ファストトラックに乗せようとしている法案も、まさにその一環なのだ。
だが、そもそもファストトラック案件に指定されるためには、国会在籍議員の5分の3以上の賛成、または案件の所管委員会の在籍委員の5分の3以上の賛成が必要となる。「共に民主党」をはじめとする4党連合軍の議席数は176議席で、在籍議員の5分の3(総300議席のうち、180議席)に及ばない。
結局、ファストトラックとして指定されるためには、所管委員会で所属議員の5分の3以上の賛成が必要となった。ところが、キャスティングボードを握っている「正しい未来党」からまさかの反対の声が上がった。「自由韓国党」の前身である「セヌリ党」出身の呉晨煥(オ・シンファン)議員が「反対票を投じる」と宣言したのだ。
保守系の「セヌリ党」からの離党派と、進歩系の「国民の党」からの離党派で構成された「正しい未来党」では、当初からファストトラックに対する反対論も多く、たったの一票差でファストトラックの追認が通過された。党の規定には「党論を決めるためには3分の2以上の賛成が必要」となっているため、一票差の通過に納得しない議員も多かった。
そこで、呉議員が反対に票を入れれば、ファストトラックは所管委員会の票決で5分の3に至らない「10対8」の否決とされる。切羽詰った「正しい未来党」の指導部は、所管委員会の委員を呉議員から別の議員に交代すること決め、委員の交代を申請する書類を文喜相国会議長に提出しようとした。この動きに対して、「自由韓国党」の議員たちは、「正しい未来党」の委員交代を阻止するために、国会議長室に慌てて駆けつけた。
ご記憶の人も多いと思うが、文喜相国会議長は、慰安婦問題に関して「天皇陛下の謝罪要求発言」を行った主だ。
国会議長をセクハラで告訴
24日午前、羅卿ウォン(ナ・ギョンウォン)議員が率いる「自由韓国党」議員50人余りは国会議長室を訪問した。羅議員らは、「国会法には、本人の同意なしに臨時会中に所管委員会の議員を入れ替えることはできないと明記されている」と主張し、「国会議長が阻止してほしい」と要請した。しかし文議長は「最善を尽くすが、やむを得ない場合は仕方がない」と拒み、急いで席を立とうとした。この後、議長室を抜けようとする文議長と、彼を止めようとする議員らの間に激しいもみ合いが始まり、この過程で文議長が女性議員に「セクハラ」を犯したという主張が提起された。
「自由韓国党」によると、同日、文議長は自分の行く手を遮った女性議員の腹部を両手で触ったという。女性議員が「いまのはセクハラだ」と抗議すると、「だったら、これなら大丈夫かよ?」と、改めて女性議員の顔を両手で触った。女性議員が再び抗議したが、文議長は気にもせず、再び両手で女性議員の顔を触るなど、性的羞恥心を感じさせる行動を続けたと「自由韓国党」は主張する。
このことで議員たちから激しい抗議を受けた文議長は、約30分後、警護員に助けられながら現場を抜け出し、直後に「体調不良」を訴え、病院に急きょ搬送された。もちろんこの騒動の中で、「正しい未来党」は、委員交代の申請書類を文議長に提出することはできなかった。
しかし全ては打合せ通りだったのか。翌25日の午前、「正しい未来党」は呉晨煥議員を辞任させて他の議員に交代するという文書をファックスで送付、その文書は病院にいる文喜相国会議長に届けられた。病室の外まで「正しい未来党」の反対派議員が委員交代を防ぐため訪ねてきたが、文議長は病室のドアを堅く閉めたまま、委員交代文書にさっさとサインしてしまった。
前代未聞の「病室承認」に対して、「自由韓国党」と「正しい未来党」の反対派議員は「無効」を主張し、憲法訴願を提起すると明らかにした。当事者の呉晨煥議員も憲法裁判所に「効力停止仮処分」を申請すると宣言した。「自由韓国党」はまた、文議長個人に対して、「これ以上、国会を代表する資格がない人」とし、辞任を要求する一方、26日にはわいせつ行為の疑いで検察に告訴した。韓国国会の混乱はますます混迷を深めている。
ところで、ファストトラックをめぐって、与野党がこれだけ必死になっている理由は何だろうか。
まず、ファストトラックに含まれた「選挙法改正案」は、地域区の議席数を大幅に減らす代わりに、比例代表の議席数を増やす案を骨子とする。新しい選挙法による各政党の議席数を現在の政党支持率を使ってシミュレーションした結果、地域区議席数が多い「自由韓国党」の議席は20議席近く減る半面、群小政党(正義党、民主平和党、正しい未来党)は、比例代表議席数の増加で議席が大幅に増えることが確認された。
新しい選挙法で来年の総選挙を行う場合、韓国唯一の保守系政党の「自由韓国党」は、国会過半数を占めることがほぼ不可能になってしまう。一方、「共に民主党」も議席数は減るが、政権に近い群小政党との連携が可能であるため、安定的に国会を掌握することができると見られている。
「反日」の文在寅路線が20年続くかも
文在寅政権の宿願だった「高級公職者不正捜査処(公捜処)新設法」も、ファストトラックに含まれている。検察と裁判官、警察などの高級公職者の不正を捜査し、起訴できるもう一つの「司法機関」を新設する同法案は、人選過程で政権の意見が大きく反映されると一部から懸念されている。洪準杓(ホン・ジュンピョ)元自由韓国党代表は、「左派検察庁を作って、既存の検察権力を無力化しようとする試み」とまで非難した。
「裁判取引」という罪名で保守系裁判官が大挙追い出され、「ウリ法研究会」という進歩系親睦団体出身の裁判官に入れ替えられた最高裁判所。進歩性向の裁判官で埋め尽くされた憲法裁判所。ここに、政権に左右される高級公職者不正捜査処まで新設されると、韓国の司法府は文在寅政権を全く牽制できなくなる。
現在の韓国国会も文在寅政権を牽制することはできない。肉弾戦が蔓延した歴代の韓国国会でも、選挙法改正だけは与野党の合意による「満場一致」で成立してきた。それが、今は進歩系政党によって、「合意の場」となる国会が損なわれてしまった。
ファストトラックに乗せられようとしている法案が成立すれば、恐らく保守政党が再び政権を握ることは極めて困難になる。また、政権の恣意的判断により、政治家や官僚に捜査の手が伸びてくる事態も懸念される。
名ばかりの「三権分立」の下で、「共に民主党」が訴える「20年政権プラン」が次第に現実味を増してきている。日本にとっても単なる「対岸の火事」では済まない。反日姿勢を鮮明にする文在寅政権と同じスタンスの政権があと十数年も続くとしたら、日韓関係は壊滅的打撃を受けることになるだろう。
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