9月6日、人事聴聞会に出席した曺国(チョ・グク)氏(写真:YONHAP NEWS/アフロ)

(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)


 果たして、文在寅大統領は曺国(チョ・グク)氏を法務部長官(法相)に正式に任命するのか。その決断に注目が集まっている。


 青瓦台は国会に人事聴聞会の報告を6日までに提出するよう求め、同日聴聞会が開催された。この聴聞会で曺氏は野党からの厳しい質問に応じざるを得なかったが、これを乗り切りさえすれば、との思惑が、文大統領と曺氏側にはあったはずだ。実際、7日付のハンギョレ新聞は「文大統領、8日にチョ・グク候補者任命する見込み・・・最後に聴聞会の世論も考慮」との記事を掲載している。実際には8日の任命は見送られたが、週明けにも任命されるのでは、との観測も依然として根強い。


 ただ、スキャンダルに直撃された曺国氏をめぐる状況は日ごとに悪化しており、文政権支持派と反対派の代理戦争の様相を呈しはじめている。詳しくは後述するが、実際6日の聴聞会直後には、韓国検察が、曺氏の妻を私文書偽造の罪で在宅起訴に踏み切っており、曺氏はますます苦しい立場に追い込まれている。曺氏の正式任命のタイミングを計っていた文在寅大統領にとっても、検察が曺氏のスキャンダルをどこまで本気で追及してくるのか、瀬踏みしなくてはいけない状況に追い込まれてしまった。


 しかし、曺氏を任命するにせよ、任命しないにせよ、文政権は、この一件による甚大なダメージを受ける事態は避けられない。また曺氏にしてみれば、この難局をどう切り抜けるか、まさに自身の人生を掛けた戦いになってきている。

疑惑のオンパレード

 曺氏をめぐる疑惑は、主として以下のものがある。

(1)    娘の不正入学疑惑
(2)    娘の不適切な奨学金受給疑惑
(3)    曺氏親族の投資ファンド疑惑
(4)    母親が理事長を務める学校をめぐる疑惑

 である。


 その具体的な内容はすでに多くの記事で紹介されているので、ここで再度説明することは避けるが、本稿では疑惑をめぐる文政権支持派と反文在寅派の対立の意味合いについて解説してみたい。


記者会見は「禊」を得るための出来レース

 当初、人事聴聞会は9月2日と3日に予定されていたが、与野党の間で開催条件が折り合わずいったん延期となった。そこで、曺氏は3日、自ら11時間にわたる記者会見を開き、それを禊として任命にこぎ着けようとした。


 しかし、その会見は国会内で与党の主導の下に行われたもので、これに参加した記者は、与党詰めの若手政治部記者。曺氏のスキャンダルを追っていた社会部記者の姿はなく、参加した記者たちは、スマホで本社から指示を得て質問するなど素人ぶりを露呈する始末。しかも、野党に近い記者は排除されている。これでは事件の核心に迫ることなどできるはずがなかった。世論調査会社リアルメーターが記者会見後に行った世論調査でも任命賛成が46.1%、反対が51.5%と改善を見せ、任命への流れを作ったかに見えた。



人事聴聞会は目的を果たせたのか

 この結果を見て曺氏の答弁に自信を得た与党側は、任命へのより確かな手ごたえを得るために6日の聴聞会に応じた。しかし、記者会見の後、聴聞会までの数日間に曺氏に新たな疑惑が明るみに出てきてしまった。それを踏まえて行われた聴聞会は緊迫したムードが漂い、激しいやり取りが行われることとなったのだ。


 それでも、曺国氏は不正疑惑への関与を改めて否定し、「知らない」を繰り返した。聴聞会では、曺氏の娘の不正入学に多くの時間が費やされた。一方で、もっとも刑事訴追の可能性が指摘される投資ファンドに関する議論はあまりなく、韓国国民からは「野党自由韓国党の突っ込みは不十分だった」との批判もある。また、11人予定していた証人のうち、出席したのは1人だけであった。


 結局、6日の聴聞会では、曺氏の疑惑は少しも晴れず、かといって野党が徹底的に追及することもできなかった。


 曺氏の娘の不正入学疑惑の中で、最も曺氏夫妻の関与と隠ぺい工作の疑いが濃いのが東洋大学総長の表彰問題である。


 曺氏の娘が釜山大学専門大学院に志願する際に出した自己紹介には、「東洋大学総長賞」の受賞の記録が記載されている。しかし、曺氏の娘が受け取ったとする表彰状の形式は通常のものと異なっており、偽造の疑いが濃い。


 これに関し、東洋大学総長はメディアの取材に対して「私はそのような表彰状を決裁したこともないし、あげたこともない」とコメント。さらに、同総長は「曺氏の妻から震えた声で、『表彰がなければ娘の入学が取り消しになる可能性がある。記録にはないが表彰を出した可能性があると発表して欲しい』と言われたが断った」と発言している。


 さらにその件に関して、曺国氏自身が総長に対し、妻が言ったコメントを出してくれれば、「総長も生きて、妻も生きる」と言ったともいわれている。これに対し、曺氏は6日の聴聞会で、「調査して事実関係を明らかにしてほしいと言った」と弁明しているが、総長の理解とは相当乖離があるようである。



 記者会見は時間無制限で行われ、曺氏も誠実そうに答弁していい印象を与えた感もある。文政権支持者からは評価されているようである。しかし如何に誠実そうに答弁しても、中身のない答弁は虚しい。朝鮮日報によれば、曺氏は記者会見で50回も「知らない」と述べ、答えをはぐらかしている。これだけ答えをはぐらかせば、一つでもウソがばれると全てがウソのように疑われることになる。6日の人事聴聞会は、まさにそれが現実のものとなったと言えよう。


政権、与党一丸となって曺氏を弁護

 曺氏は、壇国大学の医学論文で当時高校生であった曺氏の娘が第一著者になったことと関連しても、「うちの娘は英語ができるので、論文整理に寄与したようだ」と述べている。この説明そのものが常識的には考えられない内容だが、野党議員は高校時代の英語の成績を取り寄せ、3年間で一度も良い成績を収めたことがないとまで暴露した。それでも与党の院内代表はTOEICで990点をとったと言い張り、曺氏を弁護した。


 東洋大学の一件でも、同大学総長の証人要請は与党が合意せず見送られた。さらに、聴聞会でも与党は最近の検察の動きを批判するなどけん制している。こうした動きをみると与党側は、大統領による曺氏の法相任命を強く後押ししている。聴聞会では結局報告書の採択はできず、大統領の判断に任されることとなった。


 東南アジア歴訪から帰国した文在寅大統領は、曺氏を任命する方針に変わりがない、と述べている。曺氏も法相に任命してもらうことにためらいはないようだ。しかし、事態がここまで進んでもなおそれは本当に可能なのだろうか。


強引な手法の文政権を待っているのは

 私は、もはや曺国氏を任命しようがしまいが、文在寅大統領と曺国法相候補者を待ち受けているのは、もはや苦難の道しかないだろうと思う。


 文在寅大統領はこれまで、16人の閣僚、最高裁判事などを国会の人事聴聞会の承認を得ずに大統領権限で任命してきた。そればかりでなく、前職大統領や政権幹部を逮捕するなど強引な手法による政治を行ってきた。


  そして現在、国家情報院、国防部、検察・警察などを改革し、左派政権を今後20年続けるための土台づくりを遂行しようとしている。つまり検察、警察、裁判所、言論機関を抑え込み、政権に反抗できなくしようとしているのだ。その仕上げが検察の改革で、それを曺国氏に主導させる手はずになっていた。


八方塞がりの文政権は弱みを見せられず

 一方その間、韓国経済は深刻な不況に陥る瀬戸際まで追い込まれてしまった。国内の投資意欲は減退し、海外投資家も韓国を敬遠している。最低賃金の無理な引き上げによって失業が増え、今年の成長率も大幅に引き下げられることになろう。輸出も今年8月の1~10日には、対前年度比20%以上減少している。


 さらに政治的には、国内の分断が進行し、文政権に対する保守派の反発は高まっている。

 外交的にも、日韓関係は戦後最悪とまで言われる状況になり、米国とも対立している。その一方で北朝鮮からは仲介者の役割を断られている。北朝鮮に対する非現実的な見方で、韓国の外交姿勢は各国から見放されている。


 安保面でも昨年、北朝鮮との間で結んだ軍事合意は韓国の国防力を弱めるものであり、加えて日本とのGSOMIA破棄は安保に多少とも造詣のある人には危険なものと映っているはずである。このように、すべての政策面で八方塞がりとなっている。


この状況で曺氏の任命を取り止めれば、どうなるだろうか。文政権の弱みを見せつける結果となるだろう。これまで文政権の強い圧力でいやいやながらも従ってきた人々は文政権に見切りをつけるかも知れない。


 また、これまで文政権を支持してきた人々に失望を与え支持を離れていくかもしれない。いずれにせよ、文在寅大統領のレームダック化が想像以上に早く訪れる可能性が高まってきている。


曺国任命後の混乱は避けられず

 逆に、文氏が曺氏を任命すれば、これに反発する勢力が曺氏の不正をいっそう追及することになろう。内部告発も増えよう。こうした自発的な動きを押さえつけることは、よほどの無茶をしない限り困難ではないか。

 曺氏をめぐる疑惑がさらに広がっていけば、文氏の任命責任が問われることになろう。特に、曺氏が刑事責任を問われることになれば、文政権にとって致命傷となりかねない。


 その中でも検察の動きは注目される。曺氏が法相となり検察への指揮権を得れば、検察も動きづらくなるとの見方があろう。これまでも与党は検察が「政治的」だと批判してきた。さらに、検察が強制捜査に踏み切ったことに対しては、李洛淵(イ・ナギョン)首相まで「不適切だ。検察が政治をしようとするのは、領分を超えたことだ」と批判した。これに対し、検察は捜査介入をやめるべきと反発して、非難の応酬となっている


 検察は今後政権側からの圧力が強まって行っても黙って受けるとは考えられない。ここまで来たからには引き返すことはないであろう。政権側が主導権を握れば、検察が潰されることは不可避だからである。圧力があれば、それは内部告発で暴露されるのであろうし、むざむざとこれに従うことはないであろう。


 特に訴追の可能性があるのが、曺氏親族による投資ファンドである。すでに、地方公共団体による事業が急増した背景に曺氏の存在が指摘されており、不正が明らかになれば、曺氏自身が無事でいられないであろう。それは、文政権の強引な手法と相まって、世論の政権離れにつながっていく危険性をはらんでいる。



曺氏は権力の旨味に染まっていた

 曺国氏は、もともとソウル大学法学部の教授であった頃から、政治志向があったと言われている。そして実際に青瓦台の民情秘書官という権力の中枢に近い地位を得ると、その地位を思う存分利用するようになった。


 文政権の幹部はもともとその多くが政治闘争をしてきた人々である。政治的、経済的に恵まれていたわけではない。したがって、いったん手にした特権を最大限利用して、蓄財し、権力を強化していこうとの意思の強い人々である。曺国氏も法相候補となったからには何としてもその地位を維持したいと考えたはずである。そのため、スキャンダルが出てきてもその地位を譲る気はなかった。


曺氏は保身に躍起となっている

 ただ、今その地位に固執している理由はむしろ保身ではないだろうか。


 前述のように曺氏をめぐる疑惑は拡大しており、刑事責任さえ問われかねない状況に陥っていた。現に、6日深夜、ソウル中央地検は、東洋大学総長からの表彰状を偽造したとして、妻を召還して調べないまま、時効が迫っている関係上、在宅起訴に踏み切った。


 曺氏にしてみれば、彼や自らの家族に迫りくる検察の捜査と刑事訴追の危機を防ぐためには、大統領や政権によるサポートが欠かせない状況だ。法相指名を辞退し、一人の市民となれば彼やその家族が検察の手にかかりやすくなることは必定である。朴槿恵大統領のそばにいた崔順実氏の悲惨な状況を見るにつけ、政権からは離れたくないと強く決意していることだろう。


 反面、法相に任命されれば、逆に文政権批判の矛先が曺氏に向けられ、いっそう追及が厳しくなることも予想される。


「時すでに遅し」か

 いずれにせよ、曺氏の任命如何に係わらず、文政権にとっては厳しい局面が待ち受けている。スキャンダル発覚直後の、今から2週間ほど前に曺氏が指名を辞退していれば、ここまで事態が深刻になることはなかったと思う。しかし、事ここに至っては、どちらの方向を辿るにせよ、時すでに遅し、である。


 文在寅氏は、聴聞会後の世論調査結果がそれほど悪くなければ、直ちに任命に踏み切るつもりだったのだろう。聴聞会前の世論調査では、任命反対が半数強であったが、文在寅支持層に限れば9割が任命に賛成していたからだ。


 したがって聴聞会後の世論調査結果が極端に悪化したり、デモが激しくなったりしなければ、文氏のこれまでのやり方から見て、任命を強行するのではないか、と私も見ていた。だが、7日に韓国の世論調査会社・韓国リサーチが実施した調査では、曺国氏の長官任命について反対するとの回答は49%で、賛成の37%を上回ったという。こうした世論を前に、文大統領も逡巡せざるを得ないのだろう。


 それでもなお法相に任命するというのであれば、強制捜査を受け、妻が在宅起訴されている人物を要職に就ける韓国という国は本当に大丈夫なのかと、ますます心を痛めてしまう。長年韓国との外交に携わった人間として心配せずにはいられないのだ。

 韓国人に伝えたい。真実を直視すべきである。

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