地球コラム】
国際政治の荒波に消えたクルド人の「夢」
時事ドットコムニュース , 2019.10.19
トランプ氏のシリア撤退決断で事態は突如暗転
「国家を持たない最大の民族」との枕ことばで語られる少数民族クルド人が、またも大国による国際政治の荒波に飲まれた。シリア内戦の混乱で、シリア北部に住むクルド人は「ロジャバ」と呼ばれる事実上の自治権を持つ地域を確立して沸き返った。
だが、シリアは米国やロシアのみならず、地域大国のトルコやイランなどが軍事介入する代理戦争の舞台だった。クルド人の後ろ盾となっていた米国のトランプ大統領がシリアから撤兵を決断したことで、事態は突如暗転した。(中東ジャーナリスト 池滝和秀)
IS掃討で難題抱えた米国
米国は、シリア北部で難題に直面してきた。シリア内戦に対するオバマ前政権やトランプ政権の一貫しない政策に比べ、ロシアやイランは、反体制派の攻勢で窮地に立ったアサド政権をテコ入れするため軍事介入。アサド政権の存続を確実にしただけではなく、シリアに足場を築いた。これに対し、米国は過激派組織「イスラム国」(IS)の台頭でシリア内戦への関与を迫られ、不承不承、対応に乗り出したのが問題の始まりだった。
IS掃討には、地上部隊の派遣が必要だったが、イラク戦争で多数の米兵を失った記憶がなお生々しい米国民の理解を得るのは困難だった。そこで米国は友軍となる勢力をシリア反体制派の中から探したが、イスラム教スンニ派の反体制派が信奉する過激なイスラム思想や、組織力のなさが障害となり、友軍の育成は難航した。最終的に頼ったのがクルド人勢力である。
米国が友軍としたのは、クルド人主体の武装勢力「シリア民主軍(SDF)」。その主力は、クルド人組織「民主統一党(PYD)」傘下の民兵部隊「 クルド人民防衛部隊(YPG)」だ。クルド人は統率が取れて勇猛果敢な兵士として知られている。ところが、YPGは、トルコが「テロリスト」と見なす組織だった。こうした組織が米軍から軍事訓練を施され、武器を供与されることにトルコは強く反発した。
トルコはなぜYPGをテロリストとして扱うのか。クルド人は、第1次世界大戦後の1923年に締結されたローザンヌ条約で国家建設の道を閉ざされた。トルコには現在、人口の約4分の1に相当する約2000万人のクルド人が居住しており、同じくクルド人を抱えながらも割合の小さいイラクやイラン、シリアなどに比べ、クルド人問題には神経質にならざるを得ない。トルコでは、非合法武装組織「クルド労働者党(PKK)」が武装闘争を続けており、今も治安を脅かす。
トルコは、PKKとシリアのYPGを一体的な組織と見なしている。筆者がシリア内戦下の2013年、YPGの支配地域だったシリア北部に入った際、トルコで自爆作戦などを実行して死亡したYPGやPKKの戦闘員の写真が街頭に華々しく掲げられていた。シリア北部がトルコへの出撃拠点になっていた。
さじ投げたトランプ大統領
トルコは、国内ではPKKの抑え込みにある程度成功しているものの、PKKは隣接するイラク北部の山岳地帯に逃げ込み、越境攻撃を仕掛けている。トルコとしては、シリア北部に同じような拠点を構築されてはたまらない。その上、IS掃討作戦で米軍の支援を受け、戦闘力を高めたとあっては看過できない。
このため、トルコは今回の作戦を含め、シリアで3度にわたって軍事作戦を展開してきた。最初は2016年に開始したユーフラテスの盾作戦、その次が18年のオリーブの枝作戦、今回は平和の泉作戦と命名されている。作戦の度に米国は、保護するクルド人民兵とトルコ軍の衝突に頭を悩ませた。
米国はトルコの事情に理解を示しつつも、クルド人勢力を簡単には見捨てないのではないかと見られていた。クルド人勢力が地上部隊としてISに対峙(たいじ)することにより、掃討作戦で事実上勝利した。論功行賞として自治権の確立といった形でクルド人を報いることは、米国が信頼できる同盟相手だと示すことになる。クルド人によるISへの締め付けが弱まれば、テロ活動に向けて再結集する恐れもある。さらに、クルド人との関係を軸にシリアに足場を確保し続けることは、シリアで大きな影響力を獲得したロシアやイランをにらんだ中東戦略においても重要だ。
ところが、トランプ大統領は10月7日、シリア北部に駐留していた米軍部隊の一部を移動させ、これを攻撃の「ゴーサイン」と受け取ったトルコが9日、軍事作戦を開始した。駐留米軍が作戦開始で戦闘に巻き込まれる恐れが出てきたため、トランプ大統領は12日になってシリア北部に駐留する米軍兵士約1000人の撤収を命令。大統領はツイッターで、「トルコ国境の激しい戦闘に関わらないことは非常に賢明だ」と撤収を正当化した。一連の流れやタイミングから判断して、トランプ大統領とエルドアン大統領の間には一定の合意があったと考えるのが自然だろう。
ビジネスにならない中東の争いに関与しないとの姿勢は、「米国第一」を掲げるトランプ大統領らしい判断と言える。だが、米軍撤収後の衝突拡大を防ぐ枠組みも構築せず、盟友を簡単に使い捨てる政策は、同盟としての米国の信頼性を揺るがすものとなりそうだ。
欧州への難民流出再燃も
突如、孤立無援となったクルド人勢力は、ロシアの仲介により、敵であったアサド政権を頼ることになった。クルド人組織の幹部は「トルコによる虐殺を防ぐには、敵対関係になったアサド政権と手を結ぶ手だてしかなかった」と、苦渋の選択だったと訴えた。これにより、アサド政権はシリアでの統治面積をさらに広げる格好となった。
一方、トルコは、クルド人居住地域に進軍してきたシリア政府軍と対峙することになった。ただ、軍事力ではトルコがシリア軍を上回っており、全面的な衝突には発展しない可能性が高いが、トルコ国境に近い地域からクルド人民兵勢力を追い出そうとするトルコの作戦は、より難易度が増した。
さらに、エルドアン大統領はかねて、国境から幅約32キロに及ぶ「安全地帯」を500キロ近くにわたって構築し、トルコ国内で約360万人に膨れ上がったシリア内戦の難民のうち、最大200万人を帰還させる構想を掲げている。経済状況が悪化するトルコでは、シリア難民の増大によって不動産価格が上がったり、雇用が奪われたりして国民の間で不満が高まっているためだ。
シリア軍の北部進軍により、トルコの構想は、一段と実現性が疑問視される状況になった。エルドアン大統領は11月13日にトランプ大統領と会談する予定で、作戦への理解を取り付けるためにも、それまでは民間人の大規模な犠牲を伴う作戦は避けるとの見方が強い。
だが、エルドアン大統領は「目標は達成する」と公言しており、作戦の長期化は必至だ。さらに大統領は、国際社会が無策ならトルコに滞在するシリア難民を再び欧州に送り出す可能性さえ警告しており、作戦が難航すれば、新たな手段で国際社会を揺さぶることもあるだろう。ギリシャではすでに、トルコからの難民の不法越境が再び活発化する兆しがあるという。
大国が角逐してきたシリアでは、米国が退き、それに支えられきたクルド人勢力がアサド政権の軍門に下った。残ったのは、アサド政権の後ろ盾であるロシアやイランだ。内戦の最終的な終結への政治プロセスは、ロシア主導で進められる構図が固まってきたと言えよう。
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