12月14日、ピッツバーグで開かれた公共教育フォーラムで演説したジョー・バイデン民主党大統領候補


「弾劾大統領」の烙印

 下院司法委員会が12月13日、ドナルド・トランプ第45代大統領を「権力乱用」「議会侮辱」で弾劾訴追する決議案を可決、本会議に送付した。


 これまで法律専門家やメディアが論じてきた筋書き通りのシナリオなのだが、論じられていたことと現実にそうなることとは大違いだ。


 トランプ氏は正式に「下院で弾劾された史上3人目の大統領」という不名誉な烙印を捺されてしまった。大統領辞任後は刑事訴追される恐れすらある。


 その大統領がぬけぬけと2020年の大統領選に再出馬するというのだ。弾劾審理・訴追に執拗を燃やしてきた民主党は、いやが上にも勢いづいている。

 実際にトランプ大統領を弾劾できるかどうか(共和党が上院で多数派であることから弾劾放免の可能性が大)よりも下院の弾劾決議を錦の御旗にトランプ共和党を揺さぶり、2020年の大統領選はもとより上下両院選で圧倒的な勝利を収めるチャンス到来だ。


 となれば、目下進行中の15人(12月13日現在)の大統領候補による指名レースにも変化が出てくるのは自然の成り行きだ。


 いつまでも中道穏健派か、過激なリベラル派か、ベテランか、若手かで民主党支持者が2極化している場合ではなくなってきた。


 そうした状況下で11月後半以降、いくつかの動きが表面化した。


 一つは、バラク・オバマ前大統領が過激なリベラル候補を排除するような言動をしたこと。


 特定の候補者名は上げなかったが、「米国民は現存の社会構造を壊すことは望んでいない」と述べた。


社会主義や急進的な改革を米国民は望んではいないということでバーニー・サンダース上院議員やエリザベス・ウォーレン上院議員への支持を排除したとも受け取れる。


 2つ目は中道派が伸び悩やんでいることに業を煮やした億万長者のメディア王、マイケル・ブルームバーグ元ニューヨーク市長が立候補したことだ。


 さらに中道派とリベラル派との中間にいたカマラ・ハリス上院議員とベト・オルーク前下院議員とが選挙戦から離脱した。


 一連の動きについて民主党の内部事情に詳しい主要メディアのベテラン記者はこう解説する。


「ナンシー・ペロシ下院議長ら民主党主流派には本選挙に勝つには中道穏健派でなければならないという強い信念がある。皆選挙の強者たちだ」


「主流派は、(先の中間選挙で勢力を伸ばした)若手過激派リベラルが推すサンダース氏やウォーレン氏では本選挙では勝てないと信じて疑わない」


「主流派のそうした焦りを察知してオバマ氏が動いたのだろう。ブルームバーグ氏の出馬も水面下ではオバマ氏の動きと一脈通じるものがある」


「同氏の出馬についてはいろいろと取り沙汰されているが、本人自身、本当に指名されるなどとは考えていないはずだ」


「トランプ弾劾訴追が現実味を帯びてきたタイミングに合わせるかのように、候補者選びは主流派が望むような流れになってきた」


「先頭集団を追いかけてきた第2グループのハリス氏やオルーク氏が脱落し、ウォーレン氏も支持率で下降線をたどり出し、過激派リベラルはサンダース一本に絞られてきた」


「そうした中でジョー・バイデン前副大統領には追い風が吹いてきたということだ」




バイデン氏
予備選冒頭4州のうち3州でリード

 来年1月14日に行われるアイオワ州党集会まであと1か月。2月7日にはニューハンプシャー州予備選、同19日にはネバダ州党集会、同25日にはサウスカロライナ州予備選と続く。


 12月上旬段階での各種世論調査では、アイオワ州では「史上初の同性愛大統領候補」として注目されているピート・ブティジャッジ・サウスベンド市長(インディアナ州)がトップを走っている。


 ブティジャッジ氏は各層からまんべんなく支持を集めいている。なぜそれほど支持を得ているか。


「一過性」なのか、「興味本位」なのか。選挙プロも分析を避けている。


 その一方で、バイデン氏がニューハンプシャー、ネバダ、サウスカロライナ3州でウォーレン、サンダース両上院議員やブティジャッジ氏を突き放してトップに立った。


 この4州が選ぶ代議員数は全体(4593人)の9.4%に過ぎない。


 だが、この4州での勝敗は、その後に続く3月3日のスーパーチューズデー(カリフォルニア州など16州)への流れを作る。


 2020年から代議員数495人を選ぶカリフォルニア州が新たに加わっただけにスーパーチューズデーはこれまで以上に重要になってきた。


 スーパーチューズデーで代議員数の39.5%が決まってしまう。最新の世論調査ではバイデン氏はカリフォルニア州でもトップになっている。


 流れはバイデン氏に有利になっていることだけは間違いない。


 だがそれだからと言って、党内過激派リベラルがすんなりとバイデン支持に回るにはまだまだ難関がある。彼らの背後にはバイデン不支持の若年層が控えている。




バイデン陣営がほのめかす
「アウグスティヌス的アプローチ」

 そこでバイデン陣営で囁かれているのが「Augustinian Approach」*1、(「アウグスティヌス的アプローチ」)だ。


*1=アウグスティヌスは古代キリスト教の神学者、哲学者。時間を論ずる際に根本的に対比する空間との関係を考察する方法を説いている。


「ザ・ウィーク」のベテラン政治ジャーナリストのジョエル・マティス氏はバイデン陣営内で密かに検討される「アウグスティヌス的アプローチ」についてこう説明する。


「バイデン氏が大統領に選ばれれば、再選を目指す時には82歳になってしまう。再選はほとんど無理だ」


「そこでバイデン側近の間で検討されているのが2020年民主党候補に指名された時に『私は1期4年だけの大統領だ』と誓約し、その後は次の世代に任せることを公約する」


「つまり『アウグスティヌス的アプローチ』を打ち出すという妥協案だ」


 そうすれば、高齢だという理由でバイデン氏を拒否する若年層も納得するはずだ。彼らとて大統領選では民主党が勝利することを望んでいるのだから」


 実は、このアプローチは中間選挙で民主党が勝利した後、ナンシー・ペロシ氏が若手過激派を懐柔するためにとったアプローチだ。


 同氏の下院議長返り咲きに過激派若手議員たちが反対した際に同氏が『私は2022年までしか議長をやらない』と誓約し、若手を納得させたアプローチだ。


 バイデン氏も柳の下の2匹目を狙っているというわけだ。


https://theweek.com/articles/883770/why-democrats-should-embrace-oneterm-president-biden



「変わりゆく米国」を象徴する
3人のアジア系太平洋島嶼系候補

 民主党大統領候補は12月13日現在、15人。


 前述のバイデン、サンダース、ウォーレン各氏を除けば、後はまず指名される可能性は限りなくゼロに近い泡沫候補といえる。


 それでも彼らが撤退しないのはなぜか。大統領選は名前を売る絶好の場。また名を売ることで政界での次のステップを目指す狙いもある。


 例えば下院議員なら上院議員に、州知事なら中央政界へといった具合にだ。さらには最後まで頑張って最終的には副大統領や閣僚の座を狙う者もいるだろう。


 そうした中で今回民主党指名争いに参加している顔ぶれから「変わりゆく米国」のもう一つの側面を見ることができる。


 今度の民主党大統領選には非白人の黒人やヒスパニック系のほかに3人もの「Asian-Pacific Islander」(アジア系・太平洋島嶼系)が出馬したことだ。


(アジア系大統領候補の先駆けとしては、1972年の日系のパッツィ・ミンク下院議員がいる)

台湾系の起業家、アンドルー・ヤング氏*2


インド系と黒人の混血のカマラ・ハリス上院議員(すでに撤退)


サモア系と白人の混血のトゥルーシ・ガバード下院議員。


*2=アンドルー・ヤング氏(中国名、楊安澤)はニューヨーク生まれ。両親は台湾から米国に留学、カリフォルニア大学バークレー校で博士号(物理学)を取得、IBMやGEの研究員、母親も同校を卒業した芸術家。兄はニューヨーク大学教授。ヤング氏はブラウン大学を経て、コロンビア大学法科大学院卒。企業顧問弁護士を経て雇用拡大のための非営利団体を設立。44歳。トランプ氏に対抗して「Make America Think Harder」(MATH)を選挙のスローガンにしている。


 12月19日にはロサンゼルスでPBS(全米公共放送)とポリティコ共催の6回目の公開討論会が開かれる。


 これには15人のうち7人が参加する(支持率や選挙資金など条件で参加資格が決められている)。


 アジア系・太平洋島嶼系からはヤング氏が唯一選ばれた(同氏は12月上旬の世論調査で支持率3%を獲得している)。


 ヤン氏はこれまで開かれた6回の公開討論会に毎回参加し、知名度も急上昇している。


MSNBCに公開質問状

 ところが11月20日、ケーブルテレビ局のMSNBC主催の5回目の討論会ではほとんど発言の場がなかった。


 これに対し、アジア系・太平洋島嶼系の23の市民団体は、11月23日、MSNBCに対して公開質問状を突き付けた。


「ヤング氏は米史上初(正確には前述のようにミンク氏がおり、初ではない)のアジア系アメリカ人の民主党大統領候補だ。我々は非営利団体としていかなる候補者も支持する立場にはない」


「しかし11月20日行われた貴局の公開討論会では2時間の冒頭32分間、ヤン氏に対する質問は一切なく、2時間のうちヤング氏が発言できたのは7分弱だった」


「これは貴局および質問者がヤング氏を無視したか、あるいは発言の機会を与えなかったとしか思えない」


「これは米民主主義および人種平等主義に対し、潜在的なダメージを与えたとしか言いようがない」


 弾劾決議で「手負いのライオン」になったトランプ氏。同氏の追い落としに拍車がかかる民主党大統領候補の面々。


 一つ言えることがある。


 共和党が「問題の多い白人男性のSeptuagenarian(70歳代)」(前述のジョエル・マティス記者)を唯一の大統領候補にしているのに反し、民主党は「米国の縮図」ともいえるすべての人種、老若男女の代表の中から最適の大統領候補を選ぼうとしている現実だ。


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