コロナウイルス感染症の拡大を恐れ、中国ではマスク着用が当たり前になっている(写真:UPI/アフロ)



 もうそろそろ時効だと思うので告白するが、私は昨年12月30日、つまりいまから3週間ほど前、現在アジアを恐怖に陥れている新型コロナウイルス感染症の発生地である中国湖北省武漢を通った。2018年9月に開通した、香港西九龍駅8時5分発、北京西駅17時1分着という、一日一本の中国縦断高速鉄道(新幹線)「G80」に乗ったのだ。中国は日本の26倍も国土があるので、高速鉄道が網の目のように敷かれつつある現在では、飛行機よりもはるかに愉しい旅ができる。


 このG80が、お昼過ぎの12時38分に停車したのが、武漢西駅だった。結構多くの人が降りて、多くの人が乗って来た。一等車は2座席が一組になっているが、私の隣席には人が乗ってこなかった。


 武漢西駅には、3分ほど停まっていた。この都市には、過去10年に10回以上訪れていて、懐かしい思い出に浸っていた。


 だが、まさか2020年が明けるとともに、この地で恐ろしいコロナウイルスが蔓延するとは思いもよらなかった。2週間何もなければ感染していないとのことなので、重ねて言うが、私はもう時効である。


SARS流行のようなことはもう起こらないと思われていたが

 当初、1月25日の「春節」(旧正月)を前に、中国政府がこの新型肺炎を軽視していたこともあり、これほどの「大事」になるとは思っていなかった。21世紀に入って、中国の衛生状況は格段に改善しており、2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)のようなことはもう起こらないと信じていたのだ。


 ところが先週になって、ある北京の大企業に勤める中国人の知人が、次のように言ってきた。


「春節前に、わが社の全国支店長会議を開いたが、自分の隣に座ってきた支店長に聞いたら、何と武漢支店長だという。これはまずいと思い、自由席だったので、慌てて席を移った。ところが次に隣に座った支店長も逃げ、結局、武漢支店長だけは、部屋の片隅に『隔離』されてしまった。


 しかもその武漢支店長は、『今回の新型肺炎は、2003年のSARSの被害を上回るだろう。武漢市民は、いろんな噂を聞きつけて、そう言っている』と断言していた」


コロナウイルスの発症者か急性肺炎か、見極めで混乱する医療現場

 SARSは、2002年の年末から2003年4月にかけて、中国広東省から首都・北京に広がり、計8096人が感染、774人が死亡した。北京はちょうど、江沢民政権から胡錦濤政権に移行する全国人民代表大会が開かれていた頃で、胡錦濤政権は発足早々、ピンチに立たされたのだった。


 胡錦濤政権に較べたら、いまの習近平政権は相対的に信用が置ける。その意味するところは、「虎(大幹部)も蠅(小役人)も同時に叩く」をスローガンに、不正腐敗の徹底防止に腐心しているからだ。この年末年始に北京へ行ったら、「虎」と「蠅」に加えて、「『蚊』も同時に叩く」となっていた。「蚊」とは末端役人のことだという。


 ともあれ、それほど厳格な政権なので、どの都市の幹部も、「もし症例数を隠蔽して自分が逮捕されたらどうしよう」と考えるのだ。それで自分の上司に相談する。上司も同じことを考えるから、さらに自分の上司に相談する。そうやって誰もが責任を上部に委ねようとして、最後は習近平主席のところまで上がるのだ。


 トップに立つ習近平主席としては、「症例数を隠蔽しろ」とは言えない。だから1月20日、視察中の雲南省から、「適切に対処せよ」と指令を出したのだ。


 これによって、中国全土で多くの役人や病院関係者などの「正月」が吹っ飛んでしまったが、トップの指令が出た以上、今後は「意図的な隠蔽」は起こらないはずだ。中国政府は22日に初めて記者会見を開き、中国国内の感染者は440人、死者は9人と発表した。


 ただし、新型のコロナウイルスなので、その発症者なのか、それとも単なる急性肺炎なのか区別がつかないといった現場の混乱は、大量に発生しているだろう。


「直ちに武漢全体を閉鎖すべき」

 それから、病院による「発症数の隠蔽」はないとしても、「微信」(WeChat)や「微博」(中国版Twitter)などの市民の書き込みへの「封鎖」は、猛威を振るうだろう。中国当局としては、「延べ30億人の民族大移動」が起こるこの2週間に、中国国内で混乱が起こることは避けたいからだ。


 というわけで、インターネットやSNS上に、コロナウイルスの情報を個人がアップするたびに、それが「消去される」というイタチごっこが続いている。


 21日には、武漢市の医師が、次のような意味深のメッセージをアップさせた。


<私は現在、もう2週間も残業づけの日々を送っている。昨日からようやく、世論は少し緊張しだした。だがわれわれが了解している状況は、一般の人々が最悪の事態と考えているものよりも、さらに深刻なのだ。


 鐘南山院士はメディアで、比較的穏当に述べた(1月20日に、かつてSARSと戦った元広州病院長の国家衛生健康委員会・鐘南山院士、84歳が、中央広播電視総体のインタビューに答えた)。だが彼は、武漢に視察に来た後、『直ちに武漢全体を封鎖すべきだ』という意見を述べたのだ。この意見を国務院は否決してしまった。


 私は毎日、大量の発症者と思しき患者を診察している。だが患者の数が多すぎて、とても収容しきれない。何せ隔離病棟は2棟しかないのだ。加えて、医療スタッフの一部も感染し、戦線離脱となってしまったが、その代役もいない。


 今回の新型コロナウイルスの特徴は、2003年のSARSに較べて潜伏期間が長いことだ。平均で9日間もある。しかも微熱だったり、発熱しない患者もいる(私は自分が診察している通りのことを話している)。

 武漢の人口(約1100万人)や、交通の要衝であることを考慮すると、すでに中国全土の都市にあまねく、患者は広がっているはずだ。それを報道するかしないかという問題だ。

 私の個人的な感触では、実際の感染規模は、2003年のSARSをすでに超えている。致死率のデータも曖昧になってしまっているようだ。いまは病毒が、さらに突然変異しないことを願うばかりだ>


 以上である。この現場の医師の「告白」を読む限り、やはり事態は深刻なのである。


 しかし、1月19日から21日まで南部の雲南省を視察中の習近平主席は、21日の中央広播電視総局のニュースで、雲南省の市民に向かって呼びかけた。


「正月前のわが国は、実に生気勃々としている!」


 果たして、武漢市の医師が訴えるような深刻な現実をきちんと直視しているのだろうか。


もっと知りたい!続けてお読みください

新型肺炎が感染拡大、やはり隠蔽していた中国政府


あわせてお読みください

韓国、「母が日本人だから」で米国大使を批判の噴飯
北朝鮮個別観光をゴリ押ししたい文政権周辺が煽る国民の反米感情
李 正宣
総統選で見た「親日・台湾で日本退潮」の寂しい現実
東アジア「深層取材ノート」(第17回)
近藤 大介
駐韓米大使の口ひげを糾弾する韓国の絶望的な幼稚さ
許せない理由は「日本の朝鮮総督を思い起こさせる」から
古森 義久
ハリス大使への人種差別行為、米国が韓国糾弾
北朝鮮に侮辱され日系大使に八つ当たりするしかない国民性
高濱 賛


※「JBpress」に掲載している記事や写真などの著作権は、株式会社JBpressまたは執筆者などコンテンツ提供者に帰属しています。これらの権利者の承諾を得ずに、YouTubeなどの動画を含む各種制作物への転載・再利用することを禁じます。


本日の新着

一覧
衝撃の「GRヤリス」、試乗で絶賛された秘密
「ドライビングプレジャー」はいかに実現されたか
田邊 雅之
日本では国賓、米国では「人権弾圧責任者」の習近平
米国で強まる「悪の元凶」への非難
古森 義久
「森保辞めろ」の嵐、それでも解任はまだ早い理由
解任は最後の手段、オリンピックを最終テストの場に
後藤 健生

こちらもおすすめ