民主的に選ばれた独裁者
「ドナルド・トランプ米大統領は独裁者だ」
そんな声が聞こえてくる。イラン革命防衛隊のセム・ソレイマニ司令官殺害以後、特にそういう声が高まってきている。
民主、共和両党の大統領の下で外交政策を遂行した米元国務省高官の一人は、ずばり「トランプ第45代大統領はDemocratic Dictator(民主的に選ばれた独裁者)だ」と言い切る。
「ソレイマニ司令官はれっきとしたイラン軍の将軍。トランプ大統領は宣戦布告もせずにその人物を標的にし、第三国で殺害するよう米軍に命じたのだ」
「米議会の(軍事行動に対する)承認はおろか、下院議長ら与野党トップにも事前通告はしていない。議会侮辱罪に当たる恐れありだ」
「まさに立法府を無視した独裁者の行動以外のなにものでもない」
「差し迫った危機から米国と米国民を守るためというが、実際には弾劾を逃れるために大向こう受けする大博打をした」
「大統領は拍手喝采を浴びると期待していたようだが、米国民の59%は殺害不支持、共和党内のトランプ支持派議員(ロン・ポール上院議員)やフォックス・ニュースの親トランプ派のコメンティーター(タッカー・カールソン氏)までが反対している」
「欧州の同盟国は公然と批判している。米・イラン関係に即影響を与えるイスラエルの反応は複雑だ」
「批判には一切耳を貸さず、イランが報復したら二倍返して報復すると息巻いている。これが独裁者でなくて何なのか」
トランプ大統領の「独裁者志向」を厳しく批判しているのは、この元国務省高官だけではない。
高級紙「ジ・アトランティック」誌の著名なジャーナリスト、ディビッド・フラム記者は次のような見出しの記事でトランプ批判を展開している。
「米国民は、よくやったとトランプ大統領の元に集結などしなかった」「盗難車を運転しているとき、君は事故を起こさないことだけを願う」
(Americans Aren't Rallying to Trump,"When you know you're driving a stolen car, you want to avoid collisions,")
(https://www.theatlantic.com/ideas/archive/2020/01/americans-arent-rallying-trump/604612/)
「トランプ大統領には権力(Power)はあるが、権限も権威(ともにAuthority)も持ち合わせてはいないと言っていいだろう」
「トランプ氏は元々、アメリカ合衆国の大統領として国を司るなどといった大志を抱いたことはただの一度もなかった。土台、大統領の職務は何かなど全く理解できないのだ」
「当然のことながら大統領の職務などまったく全うできないのだ。だが皮肉なことに今その職務をやり遂げねばならなくなってきた」
「差し迫った危機を直観することはできたようだが、最後の最後までどうやっていいか分からず、尻込みしてしまった」
「最初は北朝鮮、そしていまイランと(の外交)で自分は何をすべきか、全く分かっていない」
「(自分の車ではなく)盗んだ車を運転しているのに気づくと、(どこに向かって走っているかなどそっちのけで)事故だけは起こすまいと考えるものだ」
フラム氏の言わんとすることを筆者なりに解釈すればこうだ。
外交について全く無知なトランプ氏はどうしたらいいか分からず、フォックス・ニュースのコメンティーターの考えを盗んで行き当たりばったりの外交をやってきた。ところが二進も三進もいかなくなると、アクセルを衝動的に踏み続けてしまう。事故だけは起こすまいと願っているのに暴走してしまうのだ。
おそらく独裁者のヒトラーやムッソリーニも同じだったのではないだろうか。
「独裁」に否定的な意味はなかった
「独裁者」とは、絶対的権力を行使する支配者。その語源は古代ローマで非常時に元老院より任命された官職の「独裁官」だという。
近代までは「独裁」には否定的な意味はなかった。
ところが18世紀後半、フランスの革命家で思想家のフランソワ・ノエル・バブーフが「独裁」を抑圧的で残虐な支配や権力の濫用を表現する用語として使用して以来、否定的な意味合いとして使われるようになった。
そして現代では「独裁」は法の支配を無視した国家の非常事態宣言や市民の選挙や自由権の停止、政治的抑圧などを実施する統治形態を呼ぶようになっている。その政治的立場は右翼とか左翼とか特定の立場には限らない。
(https://en.wikipedia.org/wiki/Dictatorship)
しかも「独裁者」は軍事力をバックに出現するとは限らない。憲法に基づいて公選によって選ばれた大統領なり総理大臣でも「独裁者」になり得るのだ。
「独裁者」と言えば、すぐヒトラーやムッソリーニが頭に浮かぶが、彼らとて、最初はドイツ国民やイタリア国民が民主主義に基づいて選挙で選んだ人物だ。
それが権力の座に就くや、「独裁者」になってしまったのだ。
「毛沢東の大飢饉」の著者が20世紀独裁者列伝
「トランプ独裁者論」が囁かれている時、タイミングよく出た本がある。今、米知識層の間で広く読まれている。
タイトルは「How to Be a Dictator: The Cult of Personality in the Twentieth Century」(いかにしたら独裁者になれるか:20世紀の個人崇拝)。
著者はフランク・ディケーター香港大学教授兼フーバー研究所上級研究員。香港を拠点にこれまでに中国に関する著書を10冊著わしている。
代表作には邦訳されている「 Mao's Great Famine」(邦題:毛沢東の大飢饉)がある。
著者は毛沢東がいかにして独裁者となり、中華人民共和国という現代でも稀に見る中国共産党一党独裁体制を敷いたかについて調査研究してきた。
毛沢東を一つの尺度にして20世紀の独裁体制国家と独裁者を一つひとつ丹念に分析している。著者はこう指摘している。
「いかなる独裁者もただ恐怖政治と暴力による抑圧政策だけで国家を支配したわけではない」
「恐怖政治や暴力で大衆を服従させることはできるが、あくまで一時的で長続きするものではない」
「20世紀に入り、人類は多くの新しいテクノロジー(ラジオやテレビなど)を手に入れた、その結果、国家の指導者たちは自らのイメージと声を一般市民の茶の間に直接送り届けられるようになった」
「これにより独裁者たちは選挙を通じることなく、一般大衆の支持を得るために自分たちへの個人崇拝(The Cult of Personality)を強要し、成功したのだ」
この個人崇拝こそが20世紀における「独裁者」にとってのキーワードだった。
「ヒトラーからスターリン、毛沢東、金日成に至るまで独裁者たちは『個人崇拝』と『洗脳とプロパガンダ』を武器にして独裁体制を敷いた」
「彼らは過去の独裁者たちの行動やお互いの長所を盗み合いながら自らの独裁国家を構築した」
「こうした20世紀の独裁者たちの手法は、ソ連のウラジーミル・プーチン大統領や中国の習近平国家主席、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領といった21世紀の独裁者たちに影響を及ぼした」
本書で興味深いのは著者の得意分野である中国における独裁者についての言及だ。
「文化大革命以後、中国共産党は『個人崇拝に関するすべての形態』を禁ずよう憲法に明記した。しかしその後、生まれた政権は独裁体制への回帰を目指していく」
「習近平氏は2012年に党総書記に選出されるや、ライバルだった実力者たちの地位を剥奪し、投獄した。さらに数千人の党員をパージした」
「汚職撲滅キャンペーンという旗印の下での粛清だった」
「習近平氏の中国共産党は、やっと羽毛が生えそろいかけた市民社会を抹消させるのに躍起となった・弁護士、人権活動家、ジャーナリスト、宗教指導者を次々と拘束し、追放し、投獄した。その数は数千人に上った」
「宣伝機関は習近平氏を継続的に弛みなく偶像化した」
「2017年11月の全国人民大会(全人代)前には河北省の省都、石家圧市だけでも4500カ所にラウドスピーカーが設置され、スピーカーから四六時中『習近平同志の下で団結せよ』と呼びかけた」
「共産党は習近平氏に『創造的指導者』『人民の幸福を追求する同志』といった7つの肩書を与えた」
「学童たちは習近平氏の政治思想を学ぶことを必修科目にさせられた。同氏を批判したり、悪口をネット上に書き込んだりすると2年以上の禁固刑を下された」
「2018年3月には習近平氏は終身国家主席になった」
著者は習近平氏を21世紀における「堂々たる独裁者」と位置づけている。
(その独裁者が今年国賓として訪日する。日本でこの独裁者は大歓迎されるのだろうか)
金正恩は金日成のクローン
もう一人、21世紀の独裁者として著者が挙げているのが1月8日に36歳の誕生日を迎えた北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長だ。
金正恩氏は現代独裁者の中でも祖父・金日成、父・金正日を継承する世襲制独裁者ということでも他に例がない。
「金正恩氏は2011年に父・金正日氏の死後、指導者に就任した。その後、2013年には約70人の政府高官、軍幹部を処刑した。その中には義理の伯父、張成沢前国防委員会副委員長も含まれていた」
「側近たちには自分の肖像写真が描かれたバッジを与え、忠誠を誓わせた」
「体型から髪型まで祖父のようにし、自分に接する際の事細かなガイドラインを側近に守らせ、自らの発言を一字一句書き留めるように命じた」
「金正恩氏は祖父のように歩き、祖父のように笑い、祖父のようにふるまった」
世襲制独裁者はほかにはいない。「建国の父」金日成主席のクローン人間になることで、北朝鮮の国民が抱き続けてきた金日成に対する個人崇拝まで継承するという他国では考えられないような離れ業をやってのけたのだ。
そのためには伯父だろうと腹違いの兄だろうと、殺害してきた。恐怖政治と暴力と個人崇拝とで独裁国家を安定化させている。
その金正恩氏をトランプ大統領はこう褒めた。
「まだ30代の若者が政敵や反対分子を排除しながらよく国家を支配してきたものだ」
核実験をやったり、ミサイル発射実験を続ける金正恩氏を一時は「ロッケトマン」と茶化した。が、その後金正恩委員長を褒めることはあっても悪口を言ったためしがない。
国家安全保障担当補佐官だったジョン・ボルトン氏を解任したのは北朝鮮やイランに対する強硬論に嫌気がさしたためと言われている。
ボルトン氏は北朝鮮が非核化を断固拒否するのであれば金正恩政権を崩壊させることも辞さないと言い続けていた。
昨年12月31日に閉幕した朝鮮労働党中央委員会全体会議で金正恩氏は「核とミサイルのモラトリアム(実験・発射の猶予)の破棄」をちらつかせた。
イランは欧米との核合意から正式脱退を宣言。北朝鮮は今なおイランとの核・ミサイル協力関係を堅持している。北朝鮮の非核化にも何らかの影響が出てくる可能性がある。
トランプ大統領は1月5日、北朝鮮の動向について記者団に聞かれてこう答えている。
「彼(金正恩委員長)が私との(非核化についての)約束を破るとは考えていない。あるいは破るかもしれない」と言葉を濁した。
金正恩が羨ましかったトランプ
トランプ大統領はなぜ、それほど金正恩委員長に好意的に接しているのだろう。
前述の元国務省高官は「それはトランプ大統領が独裁者(志向)だからだ」と言って憚らない。
「人の意見は聞かない。反論するものの首を切る。これがトランプ流政治だ。政権内に反対論があろうとなかろうと、ソレイマニ司令官を殺すと決めたら実行に移した」
「それをやっているのが金正恩委員長だ。トランプ大統領と違うのは金正恩氏には批判するメディアも議会も司法もないこと。トランプ氏はそれが羨ましいのだろう。願わくば自分も金正恩氏のようになりたいんだろう(笑)」
「トランプ氏の関心は非核化だけ。南北朝鮮が統一しようとしまいと、金王朝が未来永劫続こうと全く関心がない」
自由人権を守る超党派団体「ザ・フューチャー・オブ・フリーダム財団」のジェイコブ・ホーンバーガー理事長は「独裁者・トランプ」に強い警戒心を抱いている。
「民主主義を謳歌する米国では独裁者など出現しないと考えている人がいる。独裁者は全体主義国家の専売特許だからだというのがその理由だ」
「これは間違いだ」
「選挙によって選ばれた指導者が大統領になった途端に独裁者になることは皆無ではないのだ。民主的に選ばれた大統領が独裁的権力を振り回すことはありうるのだ」
「そのいい例がドナルド・トランプ大統領だ。彼は2016年の大統領選挙でヒラリー・クリントン民主党大統領候補を破って当選した」
(https://www.fff.org/2019/08/26/donald-trump-americas-democratic-dictator/)
報復合戦が始まった米国とイラン。今のところ識者たちは「どう転んでも全面戦争にはなりっこない。双方とも戦争などしたくないからだ」と高をくくっている。
恐ろしいのは、両国とも「独裁者志向」のトランプ大統領とホメイニ師が最高権力者として君臨し、軍事力を自由に操れる立場にいることだ。
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