マスクをつけて仕事をするベトナム航空のグランドスタッフ(2020年2月23日、写真:ロイター/アフロ)

(川島 博之:ベトナム・ビングループ、Martial Research & Management 主席経済顧問)



「まさかの時の友が真の友」と言うことわざがある。非常事態が起きたときの対応から、人の真意が分かる。このことわざは人についてだけではなく国にも当てはまる。今回の新型コロナウイルスの感染の広がりへの対応から、共に中国に隣接する国でありながら、ベトナムと韓国の国民感情の違いを見てとることができる。


韓国の日本への態度は何に起因するのか

 中国で新型コロナウイルスの感染が拡大し始めると、ベトナムは1月30日には中国人に対してビザの発給を停止し、中国とベトナムをつなぐ全ての航空便を運休にした。また国境の街であるランソンやラオカイでの商取引に制限をかけると共に、山岳地帯の全ての小道を通行禁止にした。すでに入国していた中国からの観光客を1月31日までに強制的に帰国させる措置まで講じた。このように強硬な措置を講じた結果、3月9日の時点においてベトナム国内の感染者は20名に留まっており、死者は出ていない。


 一方、韓国は3月9日になっても、中国からの入国を完全には禁じていない。武漢のある湖南省以外からの入国は可能である。このように中国での感染の拡大に対して甘い対応を取り続けた結果、新型コロナウイルスの感染が拡大してしまった。


 韓国が新型コロナウイルスに関連して中国に強い措置をとることができない理由として、中国との間の強い経済的な結びつきが挙げられている。中国人の入国を禁じると、韓国経済が大きなダメージを受けるというのだ。



しかし強硬な措置を講じたベトナムも中国との間に密接な経済関係を有している。中国への輸出額はベトナムの全輸出額の2割を占めており、輸入額に至っては3割にもなっている。それだけではない。ベトナムはシンガポールや香港を経由して中国から大量の投資を受け入れている。ダナンやニャチャンなどの観光地には中国から大勢の観光客が押し寄せている。今回の騒動でベトナムの観光業は大きな打撃を受けた。 

 

 ベトナムは韓国と同様に経済の上で中国と強い結びつきを有している。それにもかかわらず、ベトナムは中国で新型コロナウイルス感染による疾病が拡大しているという情報が伝わると、経済への悪影響を省みることなく、果断な措置を講じた。一方、韓国は現在なっても中国からの入国を全面的に禁止することができない。


 これほどまでに中国に対して弱腰の韓国であるが、日本が韓国からの入国を禁止すると強く反発して、対抗措置として日本からの渡航を禁じるなどといった、子供じみた行動に出ている。


 韓国の感染者数は中国についで多い。そのような状況において多くの国が韓国からの入国を禁じている。3月9日現在、ベトナムは日本からの入国は制限をつけて認めているが、韓国からの入国は全面的に禁止している。ベトナムだけではない。中国も、韓国からの入国を禁じている。だが、韓国は中国やベトナムには抗議していない。


 このような韓国の態度は何に起因するのであろうか。韓国の文在寅政権が左翼政権であり中国や北朝鮮に甘いことがその理由であろうか。そうではないと思う。日本ではあまり知られていないが、ベトナムの現在の共産党書記長は中国と仲が良いとされる。そんな書記長がいるベトナムが新型コロナウイルス問題では中国に対して強硬な措置をとっている。このような事実を見る時、首脳の個人的な感情が政策の差になっているとは考えにくい。韓国は朴槿恵政権であったとしても、文政権と似た様な対応をしたと思う。


2000年間、中国の侵略と戦ってきたベトナム

 新型コロナウイルス問題において、中国に対するベトナムと韓国の態度は180度異なっている。その違いは歴史が決めていると言ってよい。


ベトナムは過去2000年にわたり中国の侵略と戦ってきた。ベトナムは今から約2000年前(漢の時代)に中国の植民地になってしまった。しかし約1000年前、唐が滅びて中国国内が混乱した時代に、ベトナムは独立することができた。しかし、中国はそれ以降も、事あるごとに攻めてきた。その度にベトナムは国を挙げて戦って、中国の大軍を追い返している。 

 

 海を隔てた日本とは異なり朝鮮半島に住む人々もベトナムと同様に中国の脅威にさらされてきた。その脅威に対してベトナムの人々は武力で対抗したが、朝鮮半島に住む人々は全く異なる対応を選択した。朝鮮半島に住む人々は中国に服従して、ご機嫌をとる政策を選んだ。中国に服従して生きる姿勢は李氏朝鮮(1392~1910年)になると絶対的な国策になった。


 朝鮮の人々は中国(明と清)の意向を宗主国として仰ぎ見て、その意を忖度して生きてきた。そんな朝鮮は華夷秩序の中で、満州や日本に住む人々を自分より序列が低いと考えるようになった。周辺の人々を蔑視したのは、中国に対する屈辱感がなせるわざだろう。常に中国を仰ぎ見ていた朝鮮半島の人々は、他の国の人々を見下していなければプライドを保つことができなかった。


歴史を見ると分かる「どんな行動に出るか」

 ベトナムと韓国の新型コロナウイルス騒動への対処の違いは、その歴史から解釈することが可能である。常に中国に対して果敢に戦ってきたベトナムは、今回の問題でも中国に対して強い態度で対応することができた。その結果として、これまでのところ感染者数を抑えることに成功した。一方、常に中国の意を忖度して生きてきた韓国は、今になっても中国からの入国を許すようなあまい政策を取り続けて、自国内に感染を蔓延させてしまった。


 ある国の人々が突発的な事件が発生したときにどのような行動に出るかを考える上で、その国の歴史は重要である。


 筆者は今回『日本人が誤解している東南アジア近現代史』(扶桑社)と題した本を上梓した。この本の中で、中国に陸続きで接してきたベトナムの人々と朝鮮半島に住む人々が、どのような態度で中国に接してきたか、その歴史の違いを詳しく述べている。これは今日、朝鮮半島やベトナムに住む人々がどのような態度で中国に接するかを考える上で、有益な視点を与えると考える。手にとっていただければ幸いである。


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