中国では俗に、「好了瘡疤忘了疼」(できものが治れば痛さ忘れる)と言う。日本語の諺に直せば、「喉元過ぎれば熱さ忘れる」だ。
何のことかと言えば、新型コロナウイルスである。もともとは中国湖北省の省都・武漢発の感染症だったにもかかわらず、14億中国人は、すでにまるで「対岸の火事」のように思い始めているのである。
「喉元過ぎてコロナ忘れた」中国、大型連休を満喫
というわけで、5月1日の「労働節」(メーデー)から5連休のGWが始まった。中国のテレビニュースは、5日間で1億1700万人が国内旅行に出かけると報じている。ほぼ日本の総人口にあたる規模だ。
安倍晋三首相がどす黒い顔つきで「緊急事態宣言の延長」を示唆した日本からすれば、「中国は大丈夫なの?」と思えてしまう。だが、この変わり身の早さこそが、中国人のキャラクターなのである。
さて、「喉元過ぎてコロナ忘れた」中国は4月29日、年に一度の国会にあたる全国人民代表大会を5月22日から開催すると発表した。毎年3月5日に開幕してきた全国人民代表大会は今年、新型コロナウイルスの影響で延期された。
この重要イベントを一体いつ行うかが、中国の復興ぶりを示すメルクマールになると見られてきた。それだけに5月22日をメドに、中国がいわば新型コロナウイルスの「終息宣言」を出したに等しい。
今回、国務院常務会議で挙がった中で、私が特に注目しているのが、遠隔医療である。昨年5月、広東省深圳にあるファーウェイの本社を訪れた時、5G(第5世代移動通信システム)に切り替われば、世の中で何がどう変わるのかを展示しているスペースを見せてもらった。
その中で驚いたものの一つが、遠隔医療だった。都市部の医者が映像を見ながら、農村の病院の患者を診察したり手術したりする様子が疑似化されていたのだ。その時、解説してくれたファーウェイの社員はこう言った。
「わが社はシステム的にはすでに、世界最先端の遠隔医療を実施できるレベルに到達しています。しかし、医療分野における国の各種規制が強く、実現がいつになるかは分かりません」
それが、今年降って沸いた新型コロナウイルスによって、「医療分野における国の各種規制」が取っ払われるかもしれないのだ。
2年も前に作られていた国家遠隔医療センター
実際ファーウェイは今回、武漢のある湖北省に隣接した河南省で、大々的な遠隔医療システムを実践に移した。
ファーウェイと国家遠隔医療センターは、死型コロナウイルスの患者を抱える河南省の18市、108県(中国で「県」は「市」の下部にあたる行政単位)にある147の病院と、遠隔医療システムをつないだ。そこで3月20日まで、計2000人以上の患者に対して、遠隔で診察などを行ったのである。これによって、各地域の病院の院内感染と医療崩壊を免れた。
診察にあたった鄭州大学第一附属病院呼吸器科・重症学科主任の張慶憲教授は、次のように述べている。
「われわれは70数カ所の地方の病院と回線をつないで、590人あまりの患者を遠隔で診察した。もしもこのシステムを導入しなかったならば、私自身、これほど多くの患者を診察することはできなかった。
全省の大量の患者を短期間に診察できるというメリットに加えて、大量の患者の知見を分析し、活用できるというメリットもあった。もちろん、医師が直接、患者と対面することによる感染リスクも防止することができた」
河南省は、私も省内を一巡したことがあるが、歴史上13もの王朝の首都が洛陽に置かれていたにもかかわらず、いまや貧困省に落ちぶれている。農村地帯では村に一人しか医者がいなくて、しかも聴診器しか診察道具がないといった有り様だ。とても新型コロナウイルスに対応できる態勢ではない。そのため、遠隔治療システムが効力を発揮したであろうことは想像できる。
実は中国は、2018年1月に国家遠隔医療センターを立ち上げている。この2年あまり、鄭州大学第一附属病院を中心に試行錯誤を続けてきたが、今回、一気呵成に実践に移した格好だ。すでに中国の600あまりの病院が、コロナウイルスを機に遠隔医療を始めていて、今月の全国人民代表大会を経て、さらに拡大していこうとしている。
中国の遠隔医療の活動を見ていると、アフリカを始め世界各国に「中国式遠隔医療」を広めていこうとしていることが分かる。4月28日、前述のアリババ(馬雲公益基金会とアリヘルス)は、アフリカ疾病予防管理センター(Africa CDC)とオンラインセミナーを開催。中国の医療専門家たちが、アフリカ22カ国の1600人以上の医療従事者に、新型コロナウイルスの臨床経験を説いた。すでに引退しているアリババの創業者・馬雲(ジャック・マー)氏も参加し、「団結と協力こそが感染病との闘いに成功するための唯一の道である」と力説したのだった。
遠隔医療が、コロナ蔓延で失墜した中国経済の「救世主」になるのかは不明だが、中国がそこに賭けているのは確かだ。ファーウェイは、スマホ市場で世界2位の地位を確保しているばかりか、この分野での世界市場獲得をも視野に入れている。アリババもアリクラウドを売り込むチャンスと見ている。
日本がコロナでもたついている間に、中国はすでに先を見て動き始めている。