米中対立は不可避、日本はデカップリングに備えよ
朝日新聞
2020年09月07日
1 米国の対中強硬路線は当分続く
(1)国防権限法がデカップリングの法的根拠
2017年トランプ大統領が就任すると、選挙公約通りに貿易不均衡や知財窃盗などを理由に中国からの輸入の大部分に高率の制裁関税を課し、中国も報復関税を課し、「米中貿易戦争」が始まった。
当時、米国では中国経済とのデカップリング(分離、引き離し)が検討されていると報道された。第2次大戦後の冷戦時代、米欧日を中心とする西側自由主義諸国とソ連を中心とする東側共産主義諸国は別々の経済ブロックを作り対立した。今回は米国が中国との経済関係を縮小して中国経済を封じ込めようとするものだ。
米中経済の相互依存関係は深く、また両国経済を分離し、引き離すことは経済的に合理的でないため、デカップリングされることはないだろうと多くの人は見ていた。ところが予想に反し米国はデカップリングを着々と進め、日本も巻き込まれている。
米国のデカップリング戦略には法律の裏付けがある。それは2018年8月に超党派議員の賛成で成立した「米国国防権限法」だ。
同法は中国の軍備増強に対抗するため過去9年間で最大の国防予算を認めるだけでなく、中国に対するハイテク製品や技術の輸出を禁止すること、中国企業の米国企業の買収を制限すること、米国政府がファーウエイ、ZTEなど中国企業5社からの政府調達を禁止すること、サイバー防衛を強化することなどの法律を盛り込んだ総合的な「米中デカップリング法」だ。米国はこの法律に基づき次々とデカップリングのための具体策を打ち出している。
ホワイトハウスで行われた、中国との貿易合意署名式で演説するトランプ大統領=2020年1月15日、ワシントン
(2)米中対立はエスカレートしている
当初、米中対立は経済分野で発生したが、2018年10月にはペンス副大統領が従来の米国の対中路線を転換する演説を行い、中国との冷戦を宣言し、世界をビックリさせた。
さらに2020年1月に発生した新型コロナウィルス問題に関し、中国が初期情報を隠したことが世界に大流行させた原因だとして、トランプ大統領は中国を強く非難し、米中対立はエスカレートしている。
今や学術分野におけるビザ発給制限、外交分野における総領事館の閉鎖、防衛分野における軍事演習やミサイル発射実験など全面的な対立に拡大している。最近の中国共産党に対する激しい批判は1950年代の赤狩りに似てきているとの見方もある。
米国の対中強硬姿勢は11月の大統領選挙の結果により変わることはないとの見方が多い。
(3)国務長官はクリーンネットワーク構想を同盟国に呼びかけ
ポンぺオ国務長官は今年7月中国共産党を激しく非難し、自由主義の同盟・有志国は結束して中国に立ち向かうことを呼びかけた。
さらに8月には「クリーンネットワーク構想」を発表した。これは通信ネットワークにおけるデカップリング構想である。「クリーン」とは中国共産党の悪質な攻撃・侵入から米国の個人や企業の情報を守るため、(ダーティな)中国の製品、ソフト、サービスなどを使わないことを言い、通信ネットワークの通信キャリア、アプリストア、アプリ、クラウド、海底ケーブルのすべての分野から中国製品などを排除しようとするものだ。
既にファーウエイの他、バイトダンスのTikTok、テンセントのWeChatなどのアプリ、アリババ、百度などのクラウドベースが使用禁止されている。同盟国の政府と企業にも協力を呼び掛けており、国務省のホームページには、クリーンな通信企業として日本のNTT、KDDI、ソフトバンク、楽天が紹介されている。
米国のデカップリング戦略は全面的な米中対立の一環として位置付けられているので簡単には止まらないし、色々な分野に広がる可能性がある。
2 中国は建国以来デカップリングを覚悟
(1)グローバリゼーションのメリットを十分に活用
中国は1978年の鄧小平の改革開放路線以来、社会主義市場経済の考えのもと、外国の資本や技術を積極的に導入してきた。2001年のWTO(世界貿易機関)加盟を機に、輸出を拡大し、グローバリゼーションのメリットを活用して高度成長を成し遂げ、GDP(国内総生産)では日本を抜いて米国に次ぐ世界第2位の経済大国になっている。
(2)閉鎖的な経済エコシステム
しかし、中国は19世紀に列強に支配された悪夢もあり、建国以来デカップリングを覚悟している。外国からの製品や技術の供給を停止されても、存続できるような自給自足の経済エコシステムを作ってきている。最近も米国などからの要求にもかかわらず、国家資本主義を維持しており、国内市場の開放には消極的だ。
「科学技術振興法」を制定し、自主技術開発のため科学技術予算を増額し、「中国製造2025」により、半導体などの国産化を進めている。通信に関しては携帯電話のような第3世代では外国の技術や規格を導入していたが、スマホなどの第4世代では米欧の規格や標準とは別の中国独自のものを開発し、次世代の第5世代ではファーウエイが世界一の企業になり中国の規格・標準を世界標準にしようとしている。
デジタル分野では、「サイバーセキュリティ法」を制定し、国内にサーバー設置を義務付けたり、グーグルなど米国のプラットフォームを排除して、中国独自のプラットフォームとサイバー空間を作っている。さらに「国家情報法」により、全ての情報・データが国家に集まるシステムを作り上げている。
測位衛星システムでも米国のGPSに対抗する「北斗」衛星を35基打ち上げて、全地球をカバーするようになっている。
中国製の5G通信システム、スマホにドローンや監視カメラを組み合わせたものをアジア・アフリカに供給して「デジタル一帯一路」を進め、サイバー空間での中国圏を作り上げつつある。デジタル分野では既に米国技術に頼らないデカップリングを進めている。
3 体系的な中国の対米対抗戦略
中国の国家目標は建国100年の2049年に「中華民族の栄光」を取り戻し、「強国」になることである。これは米国に並ぶか、米国より強くなることと受止められている。そのための戦略を予想してみる。
北京でアフリカ諸国の首脳とのオンライン会議に参加した習近平国家主席=2020年6月17日、新華社
第1 中国自身を強くする
中国が経済、技術、軍事などで強くなることが基本だ。このため習近平国家主席は米国からのハイテク製品や技術を代替するための「自力更生」を強調している。
経済力に関しては、従来中国のGDPが2030年代に米国を抜くと予想されていたが、コロナ問題の対応の差により、中国は米国より経済再開が早く、2020年代末には米国を抜くと言う見方も出ている。
科学技術力に関しては、既に論文数で中国は米国を抜いており、AIやビッグデータ、医薬品開発などの先端分野でも米国に追い付きつつある。
軍事力に関しては9月1日の米国防総省の報告書では、中国は世界最大の海軍となっており、米国を脅かす大陸間弾道ミサイルの弾頭数が今後5年で約200発に増えるなど、中国の軍事力の増強を警告するほどになっている。
第2 中国の陣営・ブロックを拡大する
米国が自由主義国家への団結を働きかけるのに対応し、中国は一帯一路を進め、独自の陣営・ブロックを作り、米国のデカップリングに対抗する。
2017年北京で開かれた一帯一路国際協力サミットには、国連事務総長ら70を超える国際機関代表団やロシアのプーチン大統領ら29カ国の首脳をはじめとして、世界130カ国もの国が参加した。これは中国の影響が世界に広がっていることを示している。
第3 米国の陣営・ブロックを弱くする
米国の同盟国の切り崩しを図る。マスク外交によりイタリアを始め欧州に中国の影響力を増そうとしている。
今年4月米国の同盟国である豪州が中国に対し、米国と同様に新型コロナウィルスの発生に関する独立調査を要求したところ、中国は猛反発し豪州産牛肉の輸入禁止や大麦への追加関税措置、中国人の渡航自粛要請措置を講じた。
これからも米国の同盟国に対する分断工作が予想される。
第4 米国を弱くする、反撃する
米国に対しレアアースの供給制限を示唆しているが、最近のTikTokの売却問題に関しては、中国は技術提供の禁止措置を講じた。このように貿易制限の対抗措置と同じ様な反撃を適宜取るであろう。
4 日本は早急なデカップリング対策が必要
(1)同盟国・米国の意向を尊重しつつ、中国と付き合うしかない
米中新冷戦に関しては、日本は米中の融和を願い、橋渡し役として外交努力をすることが期待されている。
中国は2049年までに米国を抜き、世界1位になることを長期目標としており、米国は世界の覇権を譲らない構えだ。従って歴史の必然として米中の対立が長引く可能性がある。
経済分野では、米中がともにデカップリングを進めており、米中デカップリングは好ましくないので、そうならないで欲しいという願望の段階は終わりつつある。米中ブロックに別れる可能性があるので、それへの備えが必要だ。
日本にとって中国は最大の貿易相手国であるが、米国は防衛同盟国だ。安全保障は経済に優先するものであり、安保を犠牲にして経済を選択することはできない。日本は同盟国としての米国の意向を尊重せざるをえず、その上で中国と付き合わざるを得なくなりつつある。
米国務省で会談に臨む菅官房長官(左)とポンペオ国務長官=2019年5月9日、ワシントン
ただし、当面、中国は外国企業を可能な限り活用することが合理的であり、中国の方から外国企業を追い出すことはしないであろう。
政府も企業も政治や軍事の問題で米国や中国を刺激しないことが必要だ。
(2)デカップリングに対する免疫力を高める
経済のデカップリングに対する免疫力を高めなければならない。
米国に関しては、デジタル分野でプラットフォームを含め全面的に依存しているが、日本の独自技術やビジネスモデルを開発することが必要だ。また防衛分野では宇宙やサイバーなどの新領域において、日本が貢献できるように技術を開発し、制度を整えることが必要だ。
中国に関しては、中国への依存の実態を詳細に点検し、過度な依存を下げなければならない。今年春のコロナ問題の時に、中国からの自動車部品の輸入が止まり、国内の自動車生産が止まった。マスクは供給の約90%を中国に依存していたが、その輸入が止まり深刻な政治問題になった。サプライチェーンを点検し、必要に応じ生産を国内に戻したり、第3国に移すことや備蓄を増強することが求められる。
中国市場での販売は、中国は時々不買運動を行うことを念頭におく必要がある。観光に関しては、現在はコロナ問題のため事実上止まっているが、中国は経済制裁手段として台湾や韓国に対し、観光客の渡航を制限したことがある。
学術交流に関し、米国は中国人の研究者や学生に対するビザの発給を制限しており、将来日本にも同調を求めてくる可能性がある。
これらの事態に対する備えが必要だ。
(3)自主技術開発が基本
科学技術はいつも進歩する。現代はデジタル革命が猛烈な勢いで進んでいるが、残念ながら日本は乗り遅れている。
技術は金を払えば外国から買うことが出来るコモディティ(商品)の時代は終わり、戦略物資となっている。自主技術を持たない国は外国に従属せざるを得ない。
国民の生活と国の安全を守るためには強い経済が必要であり、それを可能にするのは自主技術だ。
政府、民間、大学は力を合わせ日本人の創造的能力を発揮して自主技術開発をするため、総力を再結集すべきだ。
(4)経済安全保障のためには防衛学習が必要
20世紀は自由貿易体制やグローバリゼーションの思想のもと、自由な貿易や海外投資が拡大し、日本も世界も経済発展を成し遂げた。
しかし2008年のリーマンショック、最近の米中新冷戦、コロナ問題により、国際的なリスクが高まっており、純粋なグローバルな自由貿易の時代は終わりつつある。日本でもこのようなリスクに対応するためデカップリング対策を含む経済安全保障の検討が進んでいる。
米中のデカップリングの根源は軍事力の覇権争いだ。日本人は「世界平和」を所与のものとして過ごしてきたため、防衛を巡る世界の動きを勉強する必要がなかった。しかし、米国のハイテクや新興技術の流出禁止政策や中国の軍民融合戦略を理解するためには、日本人も世界の防衛力の競争、防衛装備の技術開発動向などの防衛学習をすることが必要な状況になっている。
国際政治経済秩序は激しく変化している。日本は国家の安全と繁栄のため、20世紀の良き時代の考えにとらわれることなく新しい柔軟な戦略をとることが必要だ。
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