朝鮮人徴用工にまつわる右派の誤解を正す
供与された3億ドルは「ひも付き」だった
朝日新聞
2019年08月23日
炭鉱の地、筑豊に残る朝鮮人労働者の墓。墓石は石炭などの採掘で発生した捨石(ボタ石)=1992年、福岡県田川郡添田町
強制的な労務動員――日本政府の異常な横やり
韓国人元徴用工がおこした裁判に関する韓国大法院判決(2018年10月)についてはいろいろ語られるが、「徴用工」について見られる誤解を正しておきたい。
「徴用」は、狭義には1944年の「国民徴用令」によって実施されたが、1939年の「募集」方式、1942年の「官斡旋」方式の場合も、強制的な「労務動員」が行われたことは、日本側の証言にも見ることができる(文京洙他『在日朝鮮人――歴史と現在』岩波新書、68頁、水野直樹他『日本の植民地支配――肯定・賛美論を検証する』岩波ブックレット、40頁、徐京植『皇民化政策から指紋押捺まで――在日朝鮮人の「昭和史」』岩波ブックレット、10頁)。
特に中国の徴用工に対して日本企業が和解金を支払った事実があるのに(2000年に鹿島建設、2004年に日本冶金工業、2009~10年に西松建設、2015年に三菱マテリアル等)、なぜ日本政府は、韓国人元徴用工に同様の行動をとろうとする日本企業に、圧力を加えるのだろうか。
それは韓国政府が、植民地支配の歴史に対する清算を表だって問題にするからであるが、同時に中国人とちがって韓国人は「併合」下にあって法的に日本臣民だったからである(この論理は詭弁である)。いや、今後に予想されかつ求められる「日朝交渉」を通じて、韓国人元徴用者に対する日本政府・企業の賠償責任があらためて浮上することを恐れているのであろうか。
朝鮮人徴用工についての誤解
ところでネットで見ると、右派は、朝鮮人徴用工は中国人徴用工と区別されると主張している。論点は、大まかに見て次の4つ(うち2つには先の朝鮮人=「日本臣民」という理屈がからむ)に整理できそうである。だがいずれにも誤解がある。
(1)中国人徴用工を雇った日本企業は日本政府から補償を受けた事実があるために、最高裁は先のような判断(「河野外相こそ無礼。日韓関係を考える最低限の条件」)をしたが、朝鮮人徴用工を使った企業は補償を受けていない。――朝鮮人徴用工を使役した企業のなかにも、中国人徴用工を用いた企業と同様に、日本政府から補償を受けた例が少なくない(小池喜孝『鎖塚――自由民権と囚人労働の記録』現代史出版会、231頁)。
(2) 「日本人」である朝鮮人徴用工は、中国人徴用工と異なり賃金の支払いを受けた。――朝鮮人徴用工が送りこまれたのは炭鉱、鉱山、建設現場等であるが、そこでは「タコ」扱いを受けた朝鮮人労働者が多く、賃金が支払われないケースさえあった(徐前掲書、13頁)。
支払われたとしても、日本人との賃金格差は――朝鮮人の正規労働者とさえ――大きかった(朝鮮半島での例だが中野茂樹『植民地朝鮮の残影を撮る』岩波ブックレット、34頁)。山辺健太郎によれば、1930年前後に朝鮮でおこった大ストライキの際は、「民族差別待遇撤廃」「日本人監督の殴打反対」などの要求が出されたという(山辺『日本統治下の朝鮮』岩波新書、148―9頁、後者の要求は次項(3)に関わる)。そうした時代に、朝鮮人徴用工が、右も左も言葉もわからない異郷の日本で差別待遇を受けずにすむということは、ありえまい。
なお、徴用工に一定の賃金が支払われた場合でも、逃亡防止(→次項(3))のために貯金が強いられており、それは厚生省の指示に基づいていた(文他前掲書、72頁)。
(3)朝鮮人徴用工の労働環境は中国人徴用工と異なり日本人と同じだった。――朝鮮人徴用工も、「移動防止令」によって拘束されていたうえに(文他前掲書、71頁)、逃亡防止のために軟禁状態におかれ、しかも逃亡をはかった者への懲罰(徐前掲書、11~2頁)は当然視されていた。そうでなくても、きびしい監視下で四六時中の暴行(時に棍棒での)が加えられており、それは労働中のみか就寝中にも及び、当然少なくない死者が出ている(小池前掲書、236―7頁、徐前掲書、11-12頁)。
新日鉄住金(現・日本製鉄)に対する損害賠償訴訟で、韓国大法院判決後に記者会見する元徴用工ら=2018年10月30日、東亜日報提供
3億ドルは「ひも付き」だった
(4)日韓請求権協定にもとづいて日本が供与した無償3億ドルには個人補償金が含まれている(河野外相HP)。――供与された3億ドルも貸し付け2億ドルも、実は「ひも付き」だった。いずれも、「大韓民国の経済の発展に役立つものでなければならない」と明記されており(第1条第1項(b))、しかも韓国政府に現金が手渡されたのではなく、供与の対象は「〔3億ドルに〕等しい円の価値を有する日本国の生産物及び日本人の役務」であり(同上(a)、強調杉田)、貸し付けもこれに準じている(第1議定書第2条第1項)。
要するに、供与された3億ドルは「日本国の生産物」、つまり日本製機械などの固定資本、日本製原資材などの流動資本、そして「日本人の役務」という可変資本の購入にあてられたと判断される。つまり日本政府が、自国企業の製品・サービスを日本円で(第1議定書第4条第1項)買い取り、それを韓国側に提供する、というのが3億ドル供与の実態である。
おまけに韓国側は、無償3億ドルの請求権資金にかかわる「実施計画」を日本政府に提出することまで義務づけられた(同第5条第2項(a))。これでは韓国への資金拠出は、一般の「政府開発援助」ODAよりたちが悪いと言わなければならない。
したがって、無償3億ドルの一部を――例えば韓国人被害者の補償のために――現金化せんとすれば、日本製品・サービス等をえた韓国企業から特別な法人税等を徴収するしかなかったと思われるが、韓国政府としては、「大韓民国の経済の発展に役立つ」よう韓国企業の利潤を極大化する経済政策をとらなければならなかっただろう。その時、どうやって韓国人被害者に十分な補償ができるのか。
無償3億ドルが個人補償にあまり回らなかったのが事実だったとしても(文京洙『韓国現代史』岩波新書、111頁)、またその下には、開発独裁をめざす朴正煕政権の政治的判断があったのだとしても、そもそも日本政府が、個人補償を埒外において、各種「生産物」――それはベトナム特需がらみの物資を多く含んでいたが(朴根好『韓国の経済発展とベトナム戦争』御茶の水書房、84頁)、おそらく国内ではもはや売れなくなった商品をも含んでいただろう――を売りつけたい日本企業の思惑を最優先したのが、個人補償がほとんどなされなかった大きな要因だと見なければならない。
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