地政学からみた中央アジア5カ国
建国30周年を迎える各国の動向は
朝日新聞
2021年08月19日
中央アジア諸国(カザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、キルギス)は2021年に建国30周年を迎える。いずれもソ連邦を構成する共和国から独立を果たした。5カ国は、ヨーロッパと中国とを結ぶ中間に位置することから、地政学上、世界の空間支配のうえで重要な意義をもっている。覇権争奪からみると、米国、中国、ロシア、トルコ、イランがこの地への影響力の維持・拡大をねらっており、今後の動向が注目される。
最近では、米軍のアフガニスタンからの撤退や武装勢力「タリバン」による全土制圧が、この地域における各国の勢力関係に影響をおよぼしている(この問題については、別の機会に詳述したい)。7月16日には、ウズベキスタンのタシケントで、中央アジアと南アジアの協力の展望に関するハイレベル国際会議(「中央・南アジア:地域の相互接続性」)が開催された。シャフカト・ミルジヨエフ大統領のもと、アフガニスタン大統領、パキスタン首相、中央・南アジアの外務大臣のほか、44カ国と約30の国際機関からの代表団、有力なシンクタンクの責任者が参加した。とくに、貿易・経済、輸送・通信、文化・人道の各分野での協力関係を発展させるための議論が展開され、新しい息吹にあふれる場となったという(詳しくはエクスペルト参照)。
ここでは、拙稿「米中ロの利害が交錯する中央アジア」を踏まえたうえで、中央アジア5カ国をめぐる覇権争奪状況について考えてみたい。
中央アジアの基礎知識
まず、中央アジア地域に関して知っておいてほしい基礎知識を紹介しよう。「図 三つの『ハン国』」に示されたように、いまから100年以上前には、ティムール朝を滅ぼしたウイグル人によってヒバ・ハン国、ブハラ・ハン国、コーカンド・ハン国が建国された(図の括弧内にある各国の存立期間については異説もある)。カザフ人は、ウズベク人の南下で空白となった草原に進出した騎馬遊牧民がまとまったものだが、東のジュンガルによる圧迫を受けて、18世紀にロシアの保護下に入った。3ハン国についても、ロシア帝国やソ連邦の支配下に置かれるようになる。
この図を使って、2019年12月23日付毎日新聞デジタルに紹介された記事「藻谷浩介の世界『来た・見た・考えた』」には、つぎのような記述がある。
「そんな中で中央アジアのトルコ系諸民族も、アム川・シル川流域の定住農業民・ウズベク人、その北の草原で遊牧するカザフ人、南の砂漠で遊牧するトルクメン人、北東の天山山脈西麓(せいろく)にとどまったキルギス人などに分かれていった。20世紀になり、あまり明確ではなかったそれらの違いを際立たせ、分割統治に利用したのがスターリンである。」
たとえば、カザフ人とウズベク人との名前に強い重複がみられ(最大70~80%)、親族関係が近いことが知られている。カザフ人には「ウズベクは私の兄弟」という古い格言が伝わってもいる。
こうした過去の事情を知っていれば、現在の中央アジア5カ国が同じイスラーム教徒として協調し合える可能性があることがわかる(この問題は後述する)。
中央アジアをめぐる複雑な国際関係
過去の歴史だけでなく、現在の複雑な国際関係についても理解する必要がある。それを示したのが「図 中央アジア・コーカサス等の地域機構・枠組」だ。ロシアは、独立国家共同体(CIS)を通じて、旧ソ連構成共和国をロシアの影響力のもとに置こうとしてきた。だが、中央アジア5カ国のうち、トルクメニスタンは準加盟国にとどまっている。安全保障を担うCIS集団安全保障条約機構(CSTO)については、中央アジア5カ国中、カザフスタン、キルギス、タジキスタンが加盟しているだけだ(当初加盟国のウズベキスタンは離脱後、2006年復帰したが、2012年に再び離脱)。同じく、ロシアが主導する経済面での連合体、ユーラシア経済連合(EAEU[図では同盟])には、カザフスタンとキルギスが加盟するだけで、ウズベキスタンがオブザーバーとなっているにすぎない(ウズベキスタンは2020年12月にEAEUのオブザーバーになった)。
図 中央アジア・コーカサス等の地域機構・枠組
(注1)上記の他、オブザーバー国及び対話パートナーは以下のとおり。
オブザーバー国:アフガニスタン、イラン、ベラルーシ、モンゴル
対話パートナー:アゼルバイジャン、アルメニア、カンボジア、スリランカ、トルコ、ネパール
(注2)上記の他、オブザーバー国は以下のとおり。
オブザーバー国:ウズベキスタン、キューバ
(注3)上記の他、加盟国、オブザーバー国及び国際機関は以下のとおり。
加盟国:アラブ首長国連邦、イスラエル、イラク、エジプト、カタール、韓国、カンボジア、スリランカ、タイ、バーレーン、パレスチナ、バングラデシュ、ベトナム、ヨルダン
オブザーバー国:アメリカ、インドネシア、ウクライナ、日本、フィリピン、ベラルーシ、マレーシア、ラオス
国際機関:アラブ連盟、欧州安全保障協力機構、国際移住機関、国連、テュルク語諸国協力評議会
(注4)ウクライナは2014年3月CIS脱退を宣言。2018年4月CIS脱退に関する大統領令に署名。
(注5)ウズベキスタンは2005年GUAM(当時はGUUAM)から脱退。2008年ユーラシア経済共同体(EAEUの前身)加盟を停止。2012年CSTO活動参加停止を決定。
(注6)ジョージアは2008年8月CIS脱退を通告。1年後の2009年8月正式脱退。2016年10月CARECに加盟。
(注7)トルクメニスタンは2005年にCISを脱退して準加盟国になり、2009年にECOの正式加盟国から準加盟国になった。
(注8)インド、パキスタンは2015年7月SCO加盟手続開始で合意。2017年6月正式加盟。
(注9)アフガニスタン(およびセルビア)はCSTO議会会議のオブザーバー。
これに対して、中国がロシアと並んで主導する上海協力機構(SCO)には、トルクメニスタンを除く4カ国が加盟している。ほかに、中国やトルコが加盟するアジア信頼醸成措置会議(CICA)がある(トルクメニスタンは未加盟)。中央アジア5カ国のほか、中国、パキスタン、モンゴル、アゼルバイジャン、アフガニスタン、ジョージアが加盟する中央アジア地域経済協力(CAREC)もある。
域内の独自の協力関係強化の動きとしては、1994年4月、ウズベキスタン、キルギス、カザフスタンが単一経済圏創設条約を締結した。後に、タジキスタンも加盟したが、2001年に中央アジア協力機構(CACO)に改組するための条約が2002年2月に調印された。だが、2年後、ロシアが加盟すると、ロシア主導となり、プーチンは2005年、CACOとユーラシア経済共同体との統合を提案、前者は消滅した。
中ロの駆け引き
主として、既存権益を軍事などの安全保障面から維持しようとしてきたロシアだが、新型コロナウイルス対策の自国開発ワクチン(スプートニクV)の輸出で、中央アジア諸国との結束で一矢報いている。2021年2月12日現在、ウズベキスタンは同ワクチン3500万回分の購入を決め、5月には現地生産でも合意している。カザフスタンでは、2020年12月の段階で、スプートニクVの現地生産が開始された。
これに対して、経済的な存在感を強める中国はこの地域で軍事面での影響力を拡大しようとしている。最近、話題となったのは、ワシントン・ポスト電子版による、アフガニスタンを監視する中国軍が3年ほどタジキスタン側にいるとの報道であった。中国、アフガニスタン、タジキスタンの国境の分岐点であるワカン回廊の近辺で、タジキスタン領内の山間部の高台に中国の軍事施設があることが暴露されたのである。
タジキスタンに基地を置いているロシア軍がこのニュースにどう反応したかは定かではない(タジキスタン政府がロシア側に伝えていなかったという説と、中国がロシアに知らせていなかったという説などがある)。中国軍といっても人民解放軍ではなく、国境警備隊が駐留しているだけとみられるため、ロシアはことを荒立ててはいない。だが、中国が中央アジアに軍を置いている事実は重い。
これまで、中国は主として中央アジアにおいて経済協力を熱心に行い、安全保障面についてはロシアが強い影響力をもってきた。しかし、このタジキスタンでの中国軍の活動にみられるように、中国と中央アジア各国という二国間ルートで、中国による武器譲渡や軍事訓練などが広がっていることがわかっている。
中国にとって、分離独立を求めるウイグル人が新疆ウイグル自治区からカザフスタンやキルギスとの国境を越えて中央アジア側に逃げ込み、分離独立運動を展開することがもっとも厄介な問題となっている。こうした動きを監視する目的で、中国軍や諜報機関員が中央アジア諸国内で隠密行動をとっている可能性も高い。中国はもはや経済的に中央アジアを支配するだけではなく、軍事面でも存在感を高め、ロシアの政治・軍事上の権益にまで風穴を空けつつあるようにみえる。
最近では、2020年7月に初の「中央アジア+中国」形式の会議をオンラインで開催した。外相レベルでの対話が行われるようになっている。
米国の出方
米国は、中央アジアの第一人者であるフレデリック・スター中央アジア・コーカサス研究所長の「大中央アジア(Greater Central Asia)」という概念に基づいて、アフガニスタンを含む広域中央アジアに対する関与をもくろんできた。これは、ソ連によって提唱された地域の狭い地理的定義である「中央ユーラシア」という用語から脱却しようとする試みと解釈できる。
「大中央アジア」は、新疆とアフガニスタンが2000年の間、旧ソ連の5つの共和国が属する同じ文化圏の不可欠な構成要素であったという現実を受け入れるものであり、なぜ米国政府が新疆ウイグル自治区のウイグル人への中国政府による迫害を厳しく非難しているかを理解するカギともなっている(一説では、ここにはカザフ族約150万人、キルギス族約18万人、タジク族約5万人、ウズベク族約1万人がいることも忘れてはならない)。アフガニスタンについては、ウズベク語がその10州で話されており、パシュトゥー語、ダリ語とともに同国の公用語になっている。
さらに、「大中央アジア」という概念は、少なくともイランのホラサン州、パキスタン北部、モンゴル、タタールスタンなどのロシア地域、さらにはラジャスタンからアグラに至る北インドの一部を含む、より広い地域を含んでいる(ホラサンには国家が樹立されたこともあり、ウズベク、タジク、トルクメンの多く人々が住んでいた)。
ヒラリー・クリントンが2011年6月からはじめた、「新シルクロード・イニシアティブ」や、2020年2月に国務省が発表した「中央アジア向け合衆国戦略(2019-2025)」については、前述した拙稿ですでに紹介済みだ。とくに後者では、これまで米国がこの地域に対して、①平和と安全、民主主義改革、経済成長を支援し、人道的ニーズを満たすために90億ドル以上の直接支援を行ってきた、②世界銀行、国際通貨基金、欧州復興開発銀行、アジア開発銀行を率いて、地域の発展を支援するために500億ドルを超える信用供与、融資、技術支援を行ってきた、③米国の民間部門は310億ドル以上をこの地域の商業ベンチャーに投資し、現地で数千の雇用を創出し、人的能力を向上させてきた、④4万人以上の学生や専門家の交流に直接資金を提供するなど、中央アジア諸国との間に強い人と人とのつながりを築いてきた――といった実績を総括している。
それでも、地理的に近い中国がこの地域へのヒト・モノ・カネの交流で圧倒的に有利な状況に立っていることは否定できない。
トルコの出方
トルコは中央アジア諸国の独立を世界ではじめて認めた国である。加えて、トルコ政府は外国としてはじめて同地域との経済協力を積極的に行った国であった。言語的にみて、世界最大語族の一つ、チュルク語族のなかにトルコ語もウズベク語も含まれていることから、トルコは中央アジア諸国との間にトルコ語同盟の構築を模索したこともある。
これは、ユーラシアの広範囲にトルコ系の人々が住んできた証であり、こうしたトルコ系諸民族を総称して「トゥラン」という。19世紀になって、ロシア統治下のトルコ系住民にロシア支配への反発からトゥラン主義と呼ばれる、一種のナショナリズムが生まれ、それがオスマン帝国内にも持ち込まれ、いまでもトルコ・ナショナリズムの一潮流として息づいている。
歴史的にみると、「1920-30年代という時期に、中央アジアのアルファベットはアラビア文字からラテン文字 へ、さらにキリル文字へと交替しながら大きく変化した」(淺村卓生著「1924-1934年における『ウズベク語』理念の模索」)ことをしっかりと記憶にとどめていなければならない。すでに、カザフスタンでは、2022年を目途にラテン語のアルファベットに切り替える作業が進んでいる。これは、チュルク・アルファベットへの回帰、すなわち、トルコ語と同じくラテン用字系アルファベットへの転換を意味している。
このように、少しずつ進む変化のなかで、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は、ロシアの北コーカサス、ヴォルガ地方、クリミアにまでおよぶトルコ系住民の大同団結という汎トルコ主義的な野心を隠していない。
トルコのエルドアン大統領 Sasa Dzambic Photography / Shutterstock.com
おそらくトルコは中央アジア諸国に投資、技術、港湾を提供することで、7000万人以上の人口をもつ同地域市場での存在感を高めることで、将来の政治的野心の礎を築こうとしている。トルコによる経済協力は、中央アジアに経済進出する中国の利害とぶつかる。加えて、中国政府による新疆ウイグル自治区住民への迫害は中央アジアにおいて、中国とトルコの利害衝突を引き起こしかねない。
気になるのは、イランが中央アジアに触手を伸ばしている点である。2021年6月2日、テヘランで、イランとタジキスタンの内相は過激主義、テロリズム、麻薬との闘いを中心としたさまざまな分野での二国間協定に署名した。同年2021年4月には、イラン外相がカザフスタンの首都ヌルスルタンで、貿易などの経済分野のほか、安全保障面などでも協力関係を拡大するという覚書に署名した。ウズベキスタンとイランとの関係も外務省次官クラスの対話が積み重ねられており、関係改善に向かっている。
地域統合の新時代
前述した、中央アジア5カ国が協力し合うという中央アジア協力機構(CACO)が消滅して以降も、中央アジア5カ国の結びつきを強めようとする動きが立ち消えになったわけではない。2007年に当時のカザフスタン大統領、ヌルスルタン・ナザルバエフは「中央アジア連合」の創設を提案した。かつて同地域に広がっていた「トルキスタン」をイメージしたものだ。このあたりの諸事情をヌルザン・ザンベコフは「中央アジア連合と中央アジア統合の障害」でつぎのようにのべている。
「特にカザフスタンはキルギス、ウズベキスタン、タジキスタンと2国間で交渉を続け、その後の経済・政治協力のプロセスを円滑にしてきた。2007年、カザフスタンのナザルバエフ大統領は年に一度の国政演説で、中央アジア5カ国を含む中央アジア連合の構想を再構築しようとした。ナザルバエフ大統領の構想では、この同盟には、モノ、サービス、資本、人の自由な移動が含まれているとしている。同連合の使命は、地域の安全保障、経済成長、政治的安定、地域の繁栄を高めることである。」
だが、残念ならが、この提案に関心を示したのはキルギスの当時の大統領、クルマンベク・バキエフにとどまり、ウズベキスタンのイスラム・カリモフ大統領(当時)は「時期尚早」とした。加えて、カリモフとタジキスタンのエモマリ・ラフモン大統領との関係が悪かったこともあり、同連合構想はほとんど進展しなかった。
それでも、2016年12月、カリモフ死後、シャヴカド・ミルズィヤエフ大統領が就任すると、状況は変わった。彼は中央アジア諸国首脳による非公式協議を呼びかけ、第1回目が2018年3月、カザフスタンのアスタナ(現ヌルスルタン)で、第2回目が2019年11月、ウズベキスタンのタシケントで開催されたのである。これは、ウズベキスタンとカザフスタンとの協力関係が築かれつつある証となっている。
経済統合に向けて、ウズベキスタン側はすでに近隣諸国に対して、中央アジア各国での投資フォーラムの開催、中央アジア共通の認知度の高い観光ブランドの構築、共通観光ビザの取得を含む共通観光ルートの整備などを提案している。今後、ウズベキスタン側は、中央アジアにおける多国間協力の共通ビジョンの策定をめざしていく。
ほかにも、①単一市場を形成し、観光客だけでなく、物品、サービス、資本、労働者の自由な移動を確保する、②この地域の歴史的事象を統一的に科学的に解釈し、中央アジアの人々の共通の歴史に関する共同教科書の出版などを通じた、この地域の民族間の合意・信頼・相互尊重の強化――といった課題もある。ゆくゆくは、国境を越えた河川、水資源、エネルギー問題について、最も複雑で脆弱な側面を規制することで、最終的には紛争の克服、緊張の大幅な低下、地域の相互信頼の向上へとつなげることが期待されている。
おそらくこの「地域統合の新時代」を迎えつつある中央アジアはいま、この路線をしっかりと発展させることで、米中ロやトルコがねらう同地域への影響力拡大戦略に対抗できるかもしれない。ただし、現在、中国のファーウェイがカザフスタンなどで監視ビデオシステムのネットワークを構築しており、権威主義的政府による監視体制が中央アジア諸国で築かれようとしている点に留意する必要がある。地域統合が既存の為政者支配を強める可能性があるからだ。
最近で言えば、「テルメズ(ウズベキスタン)-マザリ・シャリフ-カブール(共にアフガニスタン)-ペシャワール(パキスタン)」の鉄道建設や、タジキスタンとキルギスの電力をアフガニスタンとパキスタンに供給する「CASA-1000エネルギーブリッジ」の建設が注目されている。中央アジアだけでなく、南アジアを含めた地政学上の勢力関係が大きく変わろうとしている。
おそらく、今後ますます重要になるのは、民主化という課題に取り組みつつ、中ロやトルコの権威主義にどう立ち向かうべきかという問題だろう。その意味で、日本政府は米国の戦略との協力という観点に立った中央アジア戦略を考える必要があるように思える。
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