ウクライナ危機が問う、ロシア財政は「プーチンの戦争」にどこまで持続可能か
JB Press, 2022.2.28(月)
ロシア軍との戦闘が激化するウクライナ東部(写真:AP/アフロ)
(土田 陽介:三菱UFJリサーチ&コンサルティング・副主任研究員)
2月24日にロシアがウクライナへ侵攻し、おおむね1週間が経過した。この間、ロシア軍は首都キエフを含めたウクライナの主要都市に攻撃を仕掛けている。この惨劇を受けて、一枚岩でなかった欧州連合(EU)も連帯を強めている。いずれにせよ、今回のウクライナ侵攻でロシアの財政は悪化を免れず、侵攻が長期化するほどひっ迫を余儀なくされる。
国際通貨基金(IMF)によると、ロシアの公的債務残高は2020年時点で名目GDP(国内総生産)の19.3%と非常に少ない。コロナ禍直前の2019年時点で13.8%に過ぎなかったのだから、2020年の数字はそれでも異例の高水準と言える。2021年は17.9%と推計されているが、現在の状況を踏まえると再び膨張した可能性が高い。
国際比較の観点からも、ロシアの公的債務残高の小ささは突出している。BRICsの間で2020年時点の数値を比べると、ブラジルの98.9%を筆頭に、インド89.6%、南アフリカ69.4%、中国66.3%であり、ロシアの公的債務残高の規模の小ささが浮き彫りになる。この公的債務残高の数値だけにスコープを当てれば、ロシアの財政は極めて健全である。
とはいえ、それはロシアの財政に拡張の余地があることを意味するものではない。つまり国債の発行を通じた財政の拡張が難しかったからこそ、ロシアは健全財政に努めざるを得なかったのである。その結果が、GDPとの対比で測った公的債務残高の小ささにつながっている。それではなぜ、ロシア政府は国債を大々的に発行できなかったのだろうか。
ロシア政府が国債を大々的に発行できなかった理由は様々だが、最大の理由は過去の財政危機の経験にあると言えよう。
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ロシア財政を支えている国民福祉基金とは
1998年のロシア危機は、1991年12月のソ連崩壊以降、ようやく立ち上がるかに見えたロシアの経済を瀕死の状態に追い込んだ。その後、為替安と原油高で復活したロシアの経済だが、そうした幸運がまた訪れるか定かではない。
ロシア危機は、当時の政権が対外債務の支払いに窮したことで発生した。この経験からプーチン政権は対外的な脆弱性を嫌うし、外国の投資家は債務不履行のリスクを嫌う。ロシア財務省によると、ロシア国債の外国投資家の保有比率は2020年時点で26%であり、名目GDPとの対比は5%程度だが、ここから一段と規模が膨らむことは考えにくい。
国内でも2つの理由から、国債の消化に限界がある。
1点目が、預金不足から銀行の国債の保有能力に限界があることだ。世銀によると、ロシアの国内総貯蓄率は2020年時点で29.8%と相応に高い。一方、国際比較に適う安定した統計がないため広義貨幣の数字となるが、その規模は名目GDPの70.4%と中国の211.4%と比べると圧倒的に小さい。
つまりロシアは、貯蓄率が高いものの銀行の預金が少ない経済であり、それだけ通貨に対する信用が内外で弱い経済でもある。そのようなロシアという国で、中央銀行が国債を大量に引き受けた場合、通貨は暴落を余儀なくされる。つまるところ、中銀が国債を引き受けることができないという点が、ロシア国債が抱える第2のハードルになる。
予備費である国民福祉基金は十分なのか
そこでロシア政府は、資源高の局面で上振れした税収を積み立てた基金を利用し、財政赤字を補填する。いわゆる「国民福祉基金」と呼ばれるものだが、ロシア財務省によると、2022年1月1日時点でその規模は名目GDPの11.7%に相当する
ウクライナ危機が浮き彫りにしたロシアのアキレス腱
確認できるロシア財務省の統計によれば、ロシアの軍事費の規模は1995年以降の平均で名目GDPの2.9%に相当する。近年で軍事費が最も膨らんだのは2016年であり、その時はGDPの4.4%まで増大した。一方、世界銀行の統計では同期間の平均が3.7%まで膨らむが、ピークはやはり2016年であり、その水準は5.4%となっている。
2016年にかけて軍事費が膨らんだ背景には、ウクライナやシリアに対する軍事介入があった。この時期、最大で名目GDPの13.1%(2015年2月1日時点)あった国民福祉基金(正しくは2018年初に国民福祉基金に統合された予備基金を含む)は2017年1月1日時点で5.8%にまで減少。さらに、翌2018年1月1日時点で3.6%にまでしぼんだ。
国民福祉基金は財政赤字を補填するものだが、カネに色はないため、ダイレクトに軍事費の補填へ費やされる可能性も十分にある。かといって、軍事費をねん出するためにその他の一般的な歳出を削減するわけにはいかない。むしろ、経済制裁などで国内景気が悪化する以上、国民福祉基金から経済対策用の資金もねん出する必要に迫られるはずだ。
つまるところ、ロシアの財政を考えた場合、軍事費の拡大余地には限界があることは明白だ。それを理解しているからこそ、プーチン大統領はウクライナ侵攻に際して短期決戦を仕掛けようとしているのかもしれない。いずれにせよ、紛争が長引けば長引くほどロシアの財政はひっ迫し、ひいては経済の持続可能性が奪われることだけは間違いない。
ロシア当局のルーブル防衛も焼け石に水
それに、プーチン大統領は通貨安と物価高への配慮も欠かすことができない。ロシアの通貨ルーブルの相場は、米国の利上げ観測もあってウクライナ侵攻前より下落していた。この過程でインフレ圧力も高まっており、ロシア中銀は昨年来、利上げを進めてきた。その結果、個人消費や建設投資に対する下押し圧力も徐々に強まっていた。
さらに翌26日、欧米はロシア中銀及び大手行を銀行間の国際決済網であるSWIFTから排除することを決めた。このことでロシア中銀はそもそも限界があった為替介入という手段を大幅に制約されることになった。当局は国内での外貨取引を制限してルーブルの防衛に入るはずだが焼け石に水であり、1ドル100ルーブルを突破するのも時間の問題だ。
原油高、ルーブル安はロシア財政にプラスだが・・・
他方で供給ひっ迫への懸念から、原油価格の上昇に拍車がかかり、ブレント価格は1バレル100ドルを超えた。原油高と通貨安は、資源企業のルーブル建て収益を膨らませるため、ロシアの財政にとってプラスに働く。しかしそれは、ロシア産の原油やガスの輸出が保たれている限りにおいての話であるし、収益が歳入となるまでにはラグがある。
2014年のウクライナ侵攻時は、サウジアラビアによる増産の決断がきっかけとなり、原油価格が急落した。そしてそのことがロシアの財政を干上がらせる一因となったが、今回は原油高が続く可能性が高い。その分、ロシアの財政は余裕があると言えようが、一方で経済制裁は強化されており、景気に対する下押し圧力は着実に強まると考えられる。
それに物価高と通貨安が続けば、ロシア国民の不満も自ずと高まる。2024年に大統領選を控えるプーチン大統領にとって、国民の間で反感が高まる展開は避けたいはずだ。プーチン大統領が簡単にウクライナから手を引くとは考えにくいが、事態が長期化すればするほどロシアの財政はひっ迫、経済が立ち行かなくなり国民の不満は確実に高まる。
政治の理屈は、時に経済の理屈を凌駕する。一方で、経済力もまた政治的な決断を左右する。いずれにせよ、今回のウクライナ侵攻でロシアの経済は深い痛手を被ることになる。プーチン大統領によってもたらされた20余年にわたるロシアの経済的な繁栄と安定は、皮肉なことにそのプーチン大統領の決断で奪われてしまったと言えよう。
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