「危険な状況はさらに危険となった」
3月26日、ジョー・バイデン米大統領がポーランドの首都ワルシャワ市内にある旧王宮で行った演説が物議を醸した。
「この男が権力の座に居座ってはならない(This man cannot remain in power)」――。もちろん、「この男」とはウラジーミル・プーチン露大統領を指す。「……ロシアはウクライナで勝利を手にすることはない。自由を求める人々は、失望と暗闇に満ちた世界を拒むからだ。私たちには、民主主義と自由、可能性に根付いた明るい未来が訪れるだろう」と述べ、冒頭の「この男が…」と続けて演説を締めくくったのである。
波紋は大きかった。ロイター通信が速報で「バイデン氏はロシアにおけるプーチン氏の権力や体制転換について語ったわけではないと、米政府高官が述べた」と配信した。
発言の火消しに追われて
ベルギーの首都ブリュッセルで開かれた北大西洋条約機構(NATO)、欧州連合(EU)、先進7カ国(G7)の各首脳会議を終えてバイデン氏とは別行動で26日にイスラエル入りしたアントニー・ブリンケン国務長官もバイデン発言の火消しに追われて大わらわだったと報じられた。
問題視された「この男が」以下のフレーズがバイデン氏のアドリブ発言だったにせよ、脇の甘さ、無警戒さから来る「失言」であるとの批判が国内外で噴出し、バイデン氏は「体制転換を求める意図はなかった」と釈明を余儀なくされた。
だがバイデン氏は帰国後の28日、ホワイトハウスで記者団に対し「自分が感じた道徳的な怒りを表現したのであり、謝罪はしない」と、態度を一変した。
この豹変の前日ごろからホワイトハウス記者団の一部で、実はバイデン氏は確信犯であり、観測気球として演説直前に訪れたウクライナの難民施設でプーチン氏を「虐殺者」と呼び、その延長線上の発言であった可能性が強いとの見方が広まっていたのである。
言葉による先制攻撃
その理由として挙げられたのは、プーチン氏がウクライナの首都キエフ制圧から東部・南部戦線に戦力を集中させる軍事作戦へ転じたことにより生物・化学兵器使用の可能性が高くなったことがあるというのだ。言葉による先制攻撃である。
ここでロシアがウクライナ軍事侵攻を開始した2月24日以降のバイデン政権の対露制裁を振り返ってみる。極めて入念な事前の準備をしていたことが分かる。
年初から財務省のブライアン・ネルソン財務次官(テロ・金融犯罪担当)が率いる金融犯罪捜査網(通称「FinCEN」Financial Crimes Enforcement Network)と連携して海外のタックスヘブンに逃避させたオリガルヒの巨額資産の洗い出しから経済・金融制裁のメニュー作りを進めてきた。一言でいえば、プーチン専制体制の弱体化を狙っているのだ。
見据える「最終戦争」
もう一つ見落としてはならないのは、3月24日に開催されたG7首脳会合後の共同声明である。その文中にある「evasion(回避)」、「circumvention(迂回)」、「backfilling(抜け穴)」の3単語が極めて重要である。
すなわち、中国を念頭に置いてロシアとの裏取引で制裁効果を削ぐような行動もまた制裁の対象になると、強く警告を発しているのだ。と同時に、多国籍企業や国際機関はロシアとは従来のビジネス活動をすべきではないとまで言い切っている。そして岸田文雄首相は4月1日の衆参院本会議で行ったG7首脳会合に関する報告の中でも、この「回避」、「迂回」、「バックフィル」という言葉を使った。
こうしたワーディングを使用した共同声明文作りは米ホワイトハウスのダリープ・シン国家安全保障担当大統領副補佐官と英首相府のデービッド・フロスト首相補佐官が中心となってまとめたとされる。シン氏も米財務省出身であり、オバマ政権下ではネルソン現次官と同じポストにいた金融犯罪摘発のプロである。
結論を言えば、バイデン氏は「いまそこにある危機」としてプーチン氏と直接対峙しているが、ウクライナ戦争後の米中覇権抗争を視野に入れた中国の習近平国家主席との“最終戦争”が控えているので、プーチン氏に対し「殺戮者」、「権力の座に居座ってはならない」と、ついつい本音が出てしまったということだろう。従って、世界中から過剰な期待が集まる停戦協議で「成果」があるとは思えない。
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