ウクライナ戦争の元凶、プーチン大統領を拘束・処罰できないICCの存在意義
ベラルーシのルカシェンコ大統領とロシアのプーチン大統領
プーチン氏を拘束し、しかるべき罰則を科す──。国際法が専門で、国連国際法委員会の委員に内定している浅田正彦・同志社大教授によると、それが現実のものとなるのは簡単なことではないという。ウクライナにおけるあれほどの惨状を見せつけられても、国際社会に立ちはだかる限界。もどかしささえ覚えるこの現実をどう受け止めるべきか、浅田教授に聞いた。(聞き手、河合達郎、フリーライター)
──ウクライナでの凄惨な状況が報じられています。ロシアの行為は国際法の観点からどう評価されるのか教えてください。
浅田正彦氏(以下、浅田):戦争におけるルールを定めたジュネーブ諸条約追加議定書の規定を中心に、国際法に違反する行為が多いと言えます。
まず、戦闘員でない文民への攻撃は禁止されています。軍事的な利益に対して、巻き添えによる死傷者があまりに多いというようなバランスを欠く事態は無差別攻撃とされ、これも禁止されています。
とりわけ、病院、学校、民間の住居といった場所に対する攻撃は明文で禁じられています。ロシア兵がエアコンや酒といった物品を占領地から本国に発送しているとの報道もありましたが、こうした略奪行為も禁止です。
国際法違反と戦争犯罪の違い
浅田:これらは条約違反、国際法違反に当たる行為ですが、条約違反はそれだけで罰則が科されるわけではありません。処罰を伴う「犯罪」は、国際刑事裁判所(ICC)規程に列挙されています。
ICCの対象犯罪は、大きく「集団殺害犯罪」「人道に対する犯罪」「戦争犯罪」「侵略犯罪」の4つに分類されています。今回、ロシアの行為は「戦争犯罪」と「人道に対する犯罪」に該当する可能性がかなり高いと思います。
戦争犯罪には、学校や病院への攻撃、文民への故意の攻撃などが含まれます。人道に対する犯罪は、文民に対する殺人、強制移送、強姦、迫害などが当たります。一兵士が勝手にやった行為でも戦争犯罪になりうるのに対し、人道に対する犯罪は「広範又は組織的なもの」とされている点で性格が違います。
──ゼレンスキー大統領は、ロシアによるウクライナ国民の大量殺害を「ジェノサイド」と表現しています。
ロシアによるウクライナ国民の殺害は「ジェノサイド」か
浅田:ICC規程の分類のうち「集団殺害犯罪」がジェノサイドと呼ばれるものです。これは定義が厳格で、現段階でこれに該当するかは不透明です。ジェノサイド犯罪は「国民的、民族的、人種的又は宗教的な集団の全部又は一部に対し、その集団自体を破壊する意図をもって」行われる殺人などの行為だと定義されています。
過去の国際法廷では、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争でのスレブレニツァにおける虐殺が認定されました。この時は、10日間ほどで7000人以上が殺害されました。
スーダンのダルフール紛争では、これはICCによるものですが、当時のバシル大統領に対して、ジェノサイド罪での逮捕状が出されました。この時も、全体として何十万という規模の人が殺害されるという事態でした。
こうした規模との比較や、ウクライナ人の抹殺を図るというロシアの意図が見えてくるかが、認定のポイントになってきます。
──今後の手続きの行方と見通しはどう考えられますか。
浅田:国内の刑事手続きと同じように、まずは捜査です。ICCの検察局捜査部という部署が捜査し、先ほど挙げた犯罪に当たるとして立件できるかどうかを判断します。
立件できるとの確証が得られた場合には、予審裁判部という部署に逮捕状を請求します。予審裁判部が逮捕すべき事案だと判断すると、実際に逮捕状を出します。この逮捕状をもって、ICCの締約国に対し、国内にその被疑者がいれば逮捕して引き渡すよう要求するのです。
ICC規程の締約国には、捜査と訴追において裁判所に協力する義務があります。もし逮捕状が出されたプーチン氏が自国を訪れたというような場合には、拘束する義務が生じるというわけです。裁判で有罪判決が出されると、最高で終身刑が科されます。
──こうした流れにおいて、プーチン氏はいずれ逮捕され、処罰を受けることになるのでしょうか。
プーチン拘束の前に立ちはだかるハードル
浅田:このあたりが大きな問題です。まず、ロシアはICCの非締約国です。協力義務はなく、当然、現体制のもとでは協力しません。
では、プーチン氏がICC締約国に行けば必ず拘束されるかというと、過去にはそうならない例がありました。ジェノサイド罪などで逮捕状が出されたスーダンのバシル大統領(当時)です。
バシル氏には2009年に逮捕状が出されましたが、その後、他国での国際会議に出席しています。ICC締約国のマラウイやチャドといった国々を訪れましたが、そのまま自国へと帰りました。
拘束をしなかったマラウイやチャドは協力義務違反で、実際、ICCによってそのような認定が出されていますが、拘束する側とされる側の関係から、拘束に二の足を踏む国もあります。義務違反と両国関係を天秤にかけ、やっぱりやめておこうとなったということです。
ICCに欠席裁判はありませんから、本人が出廷しない限り裁判は開かれません。「世界のお尋ね者」という烙印は押されても、拘束されて裁判になるかというと、なかなか難しいのが現状だということです。
──逮捕状が出されながら適切な処罰にまで至らないのはやりきれませんが、国際法や国際機関の実効性をどう考えますか。
浅田:公正な立場から判断して逮捕状を出す、という点に意義があるのだと思います。
ICCは、旧ユーゴスラビアとルワンダの国際刑事裁判所をきっかけに、常設の裁判所として誕生しました。旧ユーゴ、ルワンダの両事例のように、紛争後に設置される裁判所には、どうしても紛争当事者に対する制裁の一環という意味合いが含まれます。
公正な裁判所から出される逮捕状は、世界の多くの国々にとって、重大な犯罪行為が行われた確率が極めて高いと知らしめる客観的な材料になります。
例えば、4月7日にあった国連人権理事会におけるロシアの資格停止をめぐる決議は、賛成93、反対24で可決されました。ですが、反対、棄権、欠席を含めると、その数は100に上るのです。
こうした国々は必ずしもロシア支持というわけではなく、まだ調査途中の段階で資格停止を決議する必要はないのではないか、というスタンスもあります。100%の確信がない国々もある中で、公正な裁判所が世界的な指名手配のような形で逮捕状を出すということになると、かなり大きな意味を持つわけです。
常任理事国が他国を侵攻した意味
浅田:実効性の確保という意味では、近いうちに、安保理改革の議論が出てくることが予想されます。なにしろ、安保理の常任理事国が他国に侵略するというのは考えられないことです。世界が協調して平和を維持するという国連の制度が全く無意味になります。
最終的な実効性確保の手段は制裁です。典型的には、湾岸戦争でのイラクに対する軍事行動がありましたが、あれは安保理による制裁決議に基づいて実行されました。ところが、今回はそれが通用しません。常任理事国であるロシアに拒否権があるためです。
実際、今回のロシアに対する経済制裁は個別の国が実施している状態で、その国の数はあまり多くありません。それに対して、安保理の決定による制裁であれば、国連の全加盟国に制裁の実施が義務付けられることになります。
この拒否権については、制度の前提が崩れてきているということもあります。
拒否権の前提の一つに、常任理事国の5大国に制裁を加えると第三次世界大戦を招く、というものがあります。そうした結果を招きかねないから、5大国に対して制裁を加えることにならないような制度にしておこうということでした。
今回、ロシアに対して制裁が課されましたが、今のところ第三次世界大戦という状況にはなっていません。このことから、5大国への制裁回避を狙った拒否権は必要ないのではないか、拒否権の行使に制限を加えるべきではないか、といった議論は起こりうると思います。
拒否権制度の悪弊を日本は強く主張すべき
──実際、安保理と拒否権を巡る改革は実現するのでしょうか。
浅田:これも非常に困難です。拒否権をやめたり、制限を加えたりするためには国連憲章を改正する必要がありますが、その改正には、最終的に安保理の5大国を含む国連加盟国の3分の2の批准が必要だからです。
難しいことではありますが、ロシアの侵攻で問題が顕在化したことにより、少なくとも聞く耳を持たれるという状況にはなるでしょう。ゼレンスキー大統領も安保理での演説で、拒否権の問題を取り上げました。
日本はかねてより、安保理改革の必要性を訴えてきました。日本も常任理事国入りしたいという話が中心ですが、それは拒否権ともリンクしています。この機会に、拒否権制度の悪弊について強く主張するということは大事だと思います。
この問題で積極的に旗を振っていくということは、国際社会の中で日本が果たせる役割の一つであるとも言えるでしょう。
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