過去最高を記録したロシアの経常黒字だが、国力が復活したわけでは決してない
ロシア中央銀行が1月17日に公表した2022年の経常収支は2774億米ドルと、過去最高を記録した。黒字額は前年から86%の増加である(図表1)。経常収支の黒字幅が拡大した最大の理由は、財・サービス収支の黒字幅が拡大したことにある。2022年の財・サービス収支は前年から66%増加し、2823億米ドルになった。
【図表1 ロシアの経常収支】
ロシアは2022年1月分を最後に通関統計の公表を停止している。そのため、ロシア中銀が公表する国際収支統計も、「財・サービス収支」というかたちでの公表にとどまっている。とはいえ、これまでサービス収支は300億米ドル前後の赤字が定着していたことを考えれば、2022年に計上した財・サービス収支の圧倒的な黒字部分は財収支(消費財などのモノ)のはずだ。
財・サービス収支の黒字幅が拡大した理由は、なによりまず輸出が増加したことがある。
2022年の財・サービス輸出は、前年から14.2%増加して6281億米ドルとなった。ヨーロッパ向けに石油やガスの輸出が減少した一方で、中国やインドといった新興国向けに輸出が増えたことが、輸出の堅調な増加につながったものと考えられる。
他方で、輸入の減少が財・サービス収支の黒字幅の拡大につながったことも、極めて重要な論点だ。
2022年の財・サービス輸入は、前年から9%減少して3458億米ドルとなった。ただ、コロナショックに見舞われた2020年、ロシアの財・サービス輸入は前年から13.5%減少した。それに比べれば、2022年の下げ幅は限定的である。
それに、財・サービス輸入の水準そのものは、コロナショック前の2019年のレベルとほぼ同じである。2019年の水準をまだキープしているという点から、ロシアの経済は底堅いと評価する論者もいるかもしれないが、重要なことは、この9%減という数値の裏には、ロシア経済の構造的な変化が隠されているという点だ。
【図表2 ロシアの財・サービス収支】
9%減少した財・サービスの輸入が持つ意味
まず、財・サービスの輸入が9%減少したということは、中国やインドといった新興国からの輸入が増えたとはいえ、ヨーロッパからの輸入の減少をカバーするには不十分だったことを意味している。ヨーロッパからロシアへの輸入は、ロシアがウクライナに侵攻する前の2020年時点で、輸入総額の4割を占めており、最大のパートナーだった。
マクロ的に考えれば、ロシアは石油やガスを輸出し、それで得た外貨を基に、石油やガス以外のモノを輸入する経済だ。つまりロシアは、その実、輸入依存度が高い経済である。
また、ロシアは国内で完成品を作るためにも中間財や資本財を輸入する必要があるが、その主な輸入先は、多額の投資を受けてきたヨーロッパに他ならない。
EU(欧州連合)統計局によると、EUの2022年1〜11月期のロシア向け輸出額は前年同期比34.6%減となった。欧米が経済・金融制裁を強化した結果、ヨーロッパからロシアへの輸出は激減したわけだ。この減少分を、中国やインドといった新興国からの輸入でカバーできなかったからこそ、財・サービスの輸入が9%減少したのだ。
そもそもロシアは、2014年のクリミア侵攻で欧米から制裁を科されたことをきっかけに、消費財の輸入代替化に努めていた。その成果は、食料品に関しては相応に達せられたが、工業品に関しては不十分だった(図表3)。つまりロシアは、ヨーロッパへの輸入依存を軽減できないまま、ヨーロッパからの輸入の激減を経験したわけである。
【図表3 輸入財が占める割合】
なお、ヨーロッパ側の統計を分析すると、欧州連合(EU)からロシアへの輸出に関しては、中間財や資本財、消費財を問わず、押し並べて減少していることが分かる。一方で、中国の統計を分析しても、確かに輸出総額は化学品を中心に堅調に増加したが、ロシア国内での完成品の生産に不可欠な半導体の輸出が急増した動きは確認されない。
【関連記事】
◎欧米とのサプライチェーンが寸断したロシア、中国は本当に支援しているのか?(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/73666)
ロシアで起きている軍需品と民生品のトレードオフ
どのような経済でも、輸入が減少したからといって、その分を国内で直ぐに代替生産できるわけではない。加えてロシアの場合、国内で完成品を作るためにも、他国から中間財や資本財を輸入しなければならない経済構造を有している。すなわち、ロシアが経験した9%の輸入減は、需要の減少以上に供給の減少という性格が強いものだ。
それに、この9%の財・サービスの輸入減は、ロシア経済の戦時経済化の下で生じた現象でもある。ウクライナとの戦争が長期化していることを受けて、ロシアでは軍需品の需要が高まっている。一方で、生産に必要なヒトやモノはすぐには増えない。それどころか、ロシアでは生産に必要なためのヒトやモノは、むしろ減っている。
ロシアでは働き盛りを中心に徴兵がなされている。それに、徴兵逃れのために多くの若者がロシアから逃亡している。つまり、人手は不足している。生産に必要なモノは、少なくともヨーロッパからの輸入分は激減している。このように生産に必要な要素が不足する中で軍需品の増産を図れば、民生品の生産は自ずと圧迫されることになる。
実際にロシアでは軍需品の増産が図られており、それが製造業の生産をけん引している模様である。当然、軍需品の増産は民生品の生産を圧迫するかたちで行われているはずだ。ロシアでは、緩やかだが着実に戦時経済化が進んでいることになる。一般的に、戦時経済化が進めば通常の経済活動(平時経済)が圧迫される。
ロシアの輸入もまた、ロシアの戦時経済化の進捗に合わせて変質していると捉えるべきだろう。そうした中で、財・サービスの輸入が前年から9%減少した。2022年の財・サービス輸入の水準がコロナショック前の2019年と同じレベルだとしても、その中身はかなり変質していると考えてよいだろう。
戦時経済の下での景気回復が持つ意味
概して、経常収支の黒字幅が拡大することは、国力が向上しているかのように論じられることが多い。ただ、経常収支の黒字幅が拡大することが、常に好ましい現象だとはいえない。事実、ロシアの経常収支の黒字幅の拡大は、それが輸入の減少を伴っているという意味でネガティブな要素が強いと評価せざるを得ない。
数字が持つ印象と現実が乖離しているという意味では、実質経済成長率も同様だ。
国際通貨基金(IMF)は2023年1月に発表した『世界経済見通し』の改定版で、2022年は2.2%減となったロシアの実質経済成長率が2023年は0.3%増と小幅プラスとなり、2024年には2.1%増と持ち直していくと見立てている。
この見通し通りであれば、ロシアの経済は2024年に2021年の水準を回復する。だからといって、ロシアの経済が盤石だと評価することはできない。IMFはロシアについて予測のシナリオの詳細は公表していないが、この景気回復はウクライナとの戦争が続く前提、つまりロシアの経済が戦時経済化したうえでの予測と考えるのが道理だろう。
いずれにせよ、ロシアの経済は、軍需が成長をけん引するかたちに変質する過程にあると考えられる。そうした状況が、ロシア国民にとって幸せであるわけがない。2022年に過去最高を記録したロシアの経常収支の黒字は、ロシア経済の強さを必ずしも意味するものではなく、むしろロシア経済の構造的な変化の表れと評価すべきである。
※寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です
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