2009/05/24 22:37
社説:盧武鉉前大統領 衝撃的な最期だった
每日新聞
韓国の盧武鉉(ノムヒョン)前大統領が自宅に近い岩山のがけから転落し、死亡した。この国の現職大統領または退任者の受難や非運は切れ目なく続いてきたが、自殺は建国以来初めてで、世界的にも稀有(けう)のことだ。突然の最期を悼むとともに、この衝撃が韓国内の政治的混乱や対立激化を招かないよう祈りたい。
盧前大統領は先月末、在任中に後援者の企業会長から約6億円相当のわいろを受け取った容疑で検察当局の聴取を受けた。在宅起訴されるという見通しの中で、夫人に対する2度目の聴取が迫っていた。前大統領の実兄も別の不正事件で懲役4年の実刑判決を受けたばかりだ。
前大統領のパソコン画面には家族への遺書が残っていたという。捜査当局が公表した内容を見ると、多くの人々に迷惑と苦痛をもたらしたことへの強い自責の念や「本も読めず、字も書けない」といった疲労感がつづられている。重い抑うつ状態にあったのだろうか。
盧武鉉という人は強烈な個性の持ち主だった。高卒後に独学して人権派弁護士になり、野党党首だった金泳三(キムヨンサム)氏の誘いで政界入りしたが、その金氏が政権獲得の手段として軍人出身大統領の与党に合流すると、同調を断固拒否した。
金大中(キムデジュン)政権の後継者として出馬した大統領選では、経済発展を主導した「既得権勢力」への敵意や反米感情をあらわにして、新世代の国民の共感を得た。大統領在任中も国会の弾劾訴追を受けるなど波乱が続き、米国や日本とも摩擦を起こして「革命政権のようだ」と評された。任期末が迫って実現した金正日(キムジョンイル)総書記との南北首脳会談では、次期政権が履行できないような大盤振る舞いの支援約束をして禍根を残した。
このように「信念を貫く」一方で激越さが目立ち、和合の精神に乏しい政治家だったが、死去を受けて、金大中元大統領が「民主政権10年を共にした人間として、私の体の半分が崩れたような心情」だと述べただけではない。インターネットの各種サイトには追悼の書き込みが殺到している。歴史的評価はともかく、一時代を作った人であった。
気になるのは、特に前大統領の側近や支持者の間でこの自殺を「政治的他殺」などと評し、李明博(イミョンバク)政権への攻撃を強める気配があることだ。現政権が検察を使って前政権への狙い撃ち捜査をしているという見方が前提になっている。
韓国の政争は激しい。李大統領は大差で当選したが左右対立の構図は解消されていない。世界同時不況の中、盧前大統領の悲劇をさらなる混乱の引き金にしてはならないということを、共通認識にしてほしい。
【主張】盧前大統領自殺 旧弊を打破できなかったこのニュースのトピックス:主張
産經新聞 韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領の自殺は韓国政治の悲劇だ。自殺の背景には、家族が後援者の企業人から受け取った600万ドルの外貨を「包括的ワイロ」とする、金銭疑惑への検察当局の追及がある。 韓国では歴代権力者の家族が、金銭疑惑に巻き込まれてきた。とすると、これは政治的悲劇というより、韓国社会の古くからの問題点が改めて浮き彫りになったということではないだろうか。 盧武鉉氏は政治的には「左派」「革新系」「進歩派」などといわれ、市民団体と手を握り、権威主義を否定するなど政治改革に取り組んだ。にもかかわらず、家族を巻き込む金銭疑惑という旧弊は打破できなかった。 彼は商業高校卒で弁護士になった庶民的政治家として、日ごろから意表をつく大胆な言動で知られた。今回の自殺もその一環だろうか。死を選択することで責任を取ったとみれば、政治家としては「いさぎよかった」と評価されるかもしれない。 しかし一方では、600万ドルの背景や行方など、疑惑の真相がうやむやにされる恐れがある。起訴を逃れ、法廷に立つことを回避したという意味では「卑怯(ひきょう)だ」という声もありうる。弁護士出身だけに、自殺は自ら「敗北」を認めたに等しい。 それにしても疑惑の焦点が、家族による600万ドルの授受だったというのはさびしい。なぜドルなのか。どこか発展途上国のような印象を受ける。韓国はとっくに、そんな段階を脱していたはずではなかったのか。韓国国民からすれば、国際的に韓国の国家イメージを傷付けた責任は大きいということになる。 すでに退任していた盧武鉉前大統領に対する政治的評価は今さらの感がするが、対外政策についてだけ振り返っておきたい。 盧武鉉氏は任期末期の2007年10月、平壌を訪れ、金正日総書記と会談するなど金大中政権に続き「親北政策」を進めた。しかし結果は周知のように、核・ミサイル問題をはじめ北朝鮮に何らの変化ももたらさなかった。 日韓関係では、領土問題や靖国問題をはじめ歴代政権以上に対日強硬策が記憶に残る。世論の反日愛国ムードに迎合した印象が強い。疑惑の背景究明を含め、李明博(イ・ミョンバク)政権には、「盧武鉉時代」を教訓に、内外で新たな時代を築いてほしい。
盧前大統領の死―隣国の政治の悲劇を思う
朝日新聞 社說(5/24)
思いもかけない、何とも悲痛な結末である。1年あまり前まで韓国の大統領だった盧武鉉氏が亡くなった。
きのう早朝、自宅の裏山に警護員とともに登り、岩場から落ちた。
家族あての短い遺書を盧前大統領は残していた、と側近の弁護士が明らかにした。自殺と見られている。
盧氏は在任中の収賄の容疑者として検察の聴取を受けた。会社を経営する後援者が盧氏の妻や親族に640万ドル(約6億1千万円)の資金を渡したが、絶大な権限が集まる大統領制のもと、大統領への賄賂(わいろ)として問うべきではないか、との判断からだ。
「退任後に知った」などと盧氏は容疑を否認していたが、身内が受け取ったことは認め、自分のホームページで「民主主義や正義という言葉を述べる資格は失った」と記していた。出頭時も「面目ない」と国民にわびた。
検察が盧氏の法的処分をどうするかを決める最終段階での死である。
今回の盧氏周辺の資金疑惑は、韓国の国民に対して、これまで以上に政治への深い失望を与えてきた。
地縁や血縁、学閥が幅を利かす。日本もそうだが、政治とカネが切り離せない。そんな社会を変えてほしい。盧政権は、国民のその熱い期待にこたえるべく登場したはずだった。
全斗煥、盧泰愚の両元大統領は自身が腐敗に問われ、続く金泳三、金大中元大統領は、いずれも子息が不正資金の受け取りで断罪された。
それもあって盧武鉉氏は裏取引のない透明な政治を唱えた。人権派弁護士として活躍し、対立する野党からもカネに清潔と見られる庶民派だった。
かつて政権と検察の癒着が激しかったが、盧氏は検察の独立を保証し、陪審制導入を含む司法改革を支えた。過去の権力犯罪の解明にも切り込んだ。
そういう盧氏も旧弊は断ち切れなかったということか。「歴史の清算」を目指したのにできず、司法の裁きに耐えかねたのだろうか。
韓国では早速、捜査が強引だったとの批判が噴き出している。政界対立の火種にもなりかねない。だが、今回の悲劇をそうさせるべきではない。
世界は未曽有の経済危機にある。輸出に頼る韓国経済もまた、たいへんに苦しい状況だ。ここで政治も対立を深めてしまってはよくない。
朝鮮半島の安定を望む日本にとっても、まず韓国が安定してほしいし、存在感を高めてもらいたい。
曲折はあっても、韓国には独裁から民主への一貫した流れがある。そしてこの20年あまり、民主主義を深めて市民社会を成熟させ、経済の発展という輝かしい成果をあげてきた。
こうした実績を踏まえ、政治の安定に歩みを進めてほしい。それが、盧氏の死を無にしない道ではないか。
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