日韓関係(1)「嫌韓」の奔流 称賛の陰で膨らんだ違和感
2014.1.11 産經新聞
韓国前大統領の李明博(イ・ミョンバク)(72)が2012年夏に竹島に上陸して以降、日韓関係は最悪といわれるほど冷え込んでいる。これまでと大きく違うのは、少なくない日本人が「嫌韓」感情を隠そうとせず、李や歴史認識を盾に首脳会談に応じない現大統領の朴槿恵(パク・クネ)(61)の態度を公然と批判し始めたことだ。日本人が戦後長らくタブー視してきた「嫌韓」が表面化するきっかけは何だったのか。
「新時代」の祭典
「問題作」といわれる漫画が05年に出版された。在日韓国・朝鮮人は強制連行されたといった韓国側の歴史観を批判し、朝鮮半島の近代化に対する日本の貢献を主張した「嫌韓流」だ。
広告宣伝がほとんどなかったにもかかわらず、出版前からインターネット上で話題を集め、現在までシリーズ約100万部を売り上げた。米紙ニューヨーク・タイムズは当時、1面で「韓国などへの対抗心をあおる漫画が日本でベストセラーになっている」と報じた。
「嫌韓流」は冒頭、日韓が共催した02年のサッカー・ワールドカップ(W杯)について描く。韓国選手の相次ぐラフプレーが反則とされなかったり、韓国応援団がドイツチームを「ヒトラーの子孫」と罵倒したりした逸脱行為を取り上げなかった日本のメディアに疑問を呈したのだ。「韓国を非難することは言ってはいけない空気があった。何かおかしいとの思いが決定的になったのがW杯報道だった」。デザイン会社に勤めていた著者の山野車輪(42)は執筆の動機をこう振り返る。
1998年、日本語を解し知日派で知られる金大中(キム・デジュン)が韓国大統領に就任。当時の首相、小渕恵三との間で日韓共同宣言が署名され、メディアはこぞって日韓新時代の到来を強調した。
金政権は、国際通貨基金(IMF)の介入を招いた金融危機から早期に脱し、世界企業としてサムスン電子が台頭。日本の経済界からは「ルック・コリア(韓国を見習え)」との声が上がった。2000年には海外旅行先として韓国がハワイを抜いて首位になる。そんな日韓新時代を象徴するメーンイベントが共催のW杯だった。
「負い目」からの転換
03年の韓国ドラマ「冬のソナタ」の放映後には、空前の韓流ブームが巻き起こる。韓流に詳しいライターの児玉愛子は「甘ったるいセリフを連発するなど日本にはない演出とハリウッド・スターにはない親近感が中高年女性の心をつかんだ」と分析する。「近くて遠い国」と称されてきた韓国が「近くて近い国」として認識され始めた。
日本人の韓国観を研究してきた首都大学東京特任教授の鄭大均(65)は1998年以降を、加害者意識からくる「負い目意識の時代」をへて「韓国称賛の時代」に移ったとみる。「韓国称賛」の絶頂期にあった2002年、山野は「嫌韓流」の原案を複数の出版社に持ち込んだ。だが、まともに取り合う社はなく、「『嫌韓』漫画はタブー」だと思い知らされた。そんな山野が活路を見いだしたのがネット空間だった。ホームページで公開し始めると反響が広がり、これが出版社の目に留まり、出版にこぎ着けた。
ネットの世界では既に韓国の「反日」の異質さを取り上げる掲示板が存在し、日本統治時代に発展した韓国の街並みや、慰安婦が強制でなかった「証拠」として当時の慰安婦を募集する張り紙の画像が出回っていた。02年のW杯を契機にネット掲示板「2ちゃんねる」などで韓国の不都合な面を報じない日本メディアに対する書き込みが一気に増え始めた。
山野は「『嫌韓』は韓国や韓流ブームに対してというより、韓国批判をタブー視する大手メディアの風潮に対して起こった」との見方を示す。
ネットが盛り上げた感情
「本当はヤバイ! 韓国経済」などベストセラーを生み、経済の切り口から韓国に批判的な言論活動を続ける「嫌韓」のもう一人の“カリスマ”、三橋貴明(44)も最初の出版動機について「韓国称賛」に対する違和感を挙げる。中小企業のコンサルタントをしていた三橋は「好調の裏で韓国経済は実はおかしい」といったネット上の議論に興味を持ち、2ちゃんねるなどに書き込んでいった分析を元に本を書き上げた。出版の経緯は山野と重なるが、専門外の韓国経済について書こうと思い立ったのは「大手新聞社が韓国企業の礼賛ばかりで、危機についてどこも書かなかったから」だという。
“素人”で韓国語もできない三橋を“第一人者”に押し上げたのもネットだった。ネットの翻訳機能で大まかな韓国語の意味が理解できる。大手韓国紙は競うように日本語サイトを立ち上げ、主要な記事は日本語で読めた。足りない情報を提供してくれるネットユーザーもいた。
山野は「ネットというツールがなければ『嫌韓』が盛り上がることはなかっただろう」と語る。
ネットの翻訳機能を使って歴史問題などをめぐって日本人と韓国人が議論しあう掲示板が登場。ネット上で韓国紙の日本語記事を引用し、韓国特有の「反日」を揶揄(やゆ)する現象が広がった。「韓国称賛時代」のさなか、ネット空間では逆に「嫌韓」が人気トピックとして確固とした位置を獲得していった。ネット空間で蓄積されてきた「嫌韓」が李明博の竹島上陸やそれに続く「天皇は謝罪が必要だ」との発言を引き金に大手メディアの論調でも韓国批判が現れ始めた。
鄭は「李前大統領の竹島上陸は、2ちゃんねるやブログに封じ込められていた嫌韓感情を一気に大衆化してしまった。日本人の側にはそれが一線を越えるものとみなされた」と指摘。「敵意・不信を応酬する時代が到来したといえ、摩擦の日韓関係はしばらく続くだろう」と予測する。
一方で、現在の日韓関係について「一概に不幸な時代ともいえない」とも話す。日本はこれまで、行き過ぎた韓国の『反日』があっても無関心か、その場しのぎを続けてきた。だが、そうした姿勢のままでは、韓国人の日本観に変化を期待しようがない。「日本人が言うべきことを言う時代はもっと早くに来るべきだったのではないか」。鄭はそう感じている。=敬称略(桜井紀雄)
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