作家で憲法学者の竹田恒泰さんは3月27日、共同通信社の東京きさらぎ会で「日本人はいつ日本が好きになったのか」と題する講演を行い、「日本人は日本が嫌いな時代が長かったが、ここ2~3年で風潮が大きく変わった。日本をいとおしいと思う日本人が増えている」と指摘した。その上で「若者が日本人であることに誇りを感じられる社会をつくっていかなければならない」と訴えた。
▽なぜ日本が嫌いだったのか
どこの国民も本来、多かれ少なかれ、自分の国に対し愛着を持つものだが、日本だけは違うようだ。5年に一度、世界36カ国で実施される「世界価値観調査」が、毎回同じ質問をしている。「あなたは戦争が起きたら、国を守るために戦うか」。戦うことだけが愛国心ではないが、傾向は分かる。高い国は70~80%の国民が「はい」と答え、どんな国でもだいたい6割前後はある。ところが日本は毎回最下位を独走し、15%前後だ。2番目に低いのは同じく戦争に負けたドイツだが30%弱と、日本の倍ある。イラクも30%程度。日本人の自国に対する誇りや愛国心は、国際的に見ると著しく低いことが分かる。
私が大学生のころ、憲法改正や領土問題を口にするのは極右の軍国主義者だけで、タブー中のタブーだった。日本を好きと言うのも“危険な人”だった。日本人は外国には興味があっても、日本のことに興味がない時代が長かった。
そもそもなぜ日本人は日本を好きだと言えなかったのか。
簡単なことで、戦争に負けたからだ。6年8カ月、日本は米国の占領統治を受けた。GHQの目的は「完全なる武装解除」で、日本が将来二度と米国の敵にならないよう、闘争本能や団結する本能を完全にはぎ取ろうとした。
まずプレスコードを作り、各メディアに報道規制を敷いた。さらに教科書にも厳しい指導を入れた。日本人が誇れる歴史や神話を学校で教えることを禁止した。「日本人は神話があるから軍国主義に走った」と、古事記や日本書紀は危険図書の扱いを受けた。こうした米国の対日占領方針は文書として、現在は公開されている。
▽GHQの方針を続行
占領統治が解除されたら教科書を見直してもよさそうなものだが、実際、見直しはされなかった。GHQは日教組をつくり、米国人に変わって日本人が占領時の方針を続行した。
歴史はつまらない授業の代名詞で、大化の改新や壬申の乱、保元の乱など、天皇が教科書に登場するときは、異端児や乱暴者、天下動乱の元凶とされた。
こういう教科書で習うと、天皇が必要だと思う生徒はいない。世論調査で20代の若者の70%以上が「天皇に興味がない」と答えている。興味がないというのはとてもひどいことで、まだ皇室打倒と言う方がましだ。マザー・テレサは「愛情の反対は憎しみではない。無関心だ」と言っている。
どこの国でも歴史で押さえるべき点は始まりと終わり。ところが、最近の若者は近現代の歴史を知らない傾向がある。国の始まりの経緯も教えられていないから知らない。米国で建国のことを答えられない生徒はいない。どこの国でも教えている。
歴史と神話は民族のアイデンティティーに直結する。20世紀を代表する歴史学者のアーノルド・トインビーが世界中の民族を研究した結果、12~13歳までに民族の神話を学ばなかった民族は例外なく滅びると結論付けている。
人類の歴史からいえば、戦争に負けると国民が奴隷にされたり、国が殖民地になったりしてきた。日本が戦争に負けたことで、民族の歴史を否定され、神話が駆逐されたのは仕方ないが、戦後69年もたつならば、そろそろ取り戻してもいい部分があるのではないか。
▽震災と領土問題がきっかけ
そうした風潮は東日本大震災を契機に変化した。被災者が究極の困難の中で秩序立って振る舞ったことが外国から称賛され、それがきっかけとなり自国のことを知ろうというブームが日本で起こった。
書店の品ぞろえは世相を正確に反映するといわれるが、日本のことを学べる本が山積みに置かれ、今でもその傾向は続く。
また、家族や地域の絆を考えるようにもなった。若者は天下国家のことよりも自分の将来を心配する傾向があるが、震災後は国の未来を真剣に憂いたり、それまで興味がなかったボランティアに参加するなど、意識の変化を教育現場で感じた。
最近、外国から領土的圧力が加えられたことも大きい。日本人は温和だが、北方領土、尖閣諸島、竹島と3カ所同時につつかれ、はたと気付いた。
ここ2~3年で日本のことをいとおしく思う日本人が増えてきた。憲法論議もタブーではなくなった。これを右傾化と呼ぶ人もいるが、憲法は日本人自らが日本のビジョンを考えて語ること。それを右翼と言ったらよく分からない話になる。
民族の精神は三つの柱によって構成されるといわれる。自然観、死生観、歴史観だ。
私たちは“八百万の神”の観点から、天地万物に霊魂が宿るという発想がある。初日の出を拝む日本人は多いが、太陽を拝む習慣は、およそ他国にはない。また私たちは大自然の恵みをいただき、生かされているという感覚がある。食事の前に「いただきます」というのは「あなたの命をいただきます」の意味。
ところが欧米は聖書で「神は自らの姿に似せて人を作り、人に大自然の管理を委任した」と教えている。大自然である太陽や食材の動植物に感謝することはない。彼らが感謝するのは宇宙の外にいる唯一絶対の神で、その神に感謝して食事をする。
労働に対する考え方も日本と欧米では異なる。日本で70歳、80歳で現役だとうらやましがられるが、欧米では30代、40代で巨額の富みを得てリタイアし、悠々自適の生活をする人がうらやましがられる。労働を生きがいと考えるか、聖書でいう“原罪に対する償い”と捉えるか。価値観が根本的に違う。
また日本人は地位や財産、収入に関係なく、誰でも世のため、人のために何ができるか考えて生きている。日本が経済大国になったのは、日本人の気質が大きい。日本のいいところに光を当て、若者が日本人であることに誇りを感じられる社会をつくっていかなければならない。