西郷隆盛「征韓論者」という誤解はなぜ生じたか
作家・伊東潤
西郷隆盛こそ、最大公約数的日本人の好むリーダーのイメージそのものだろう。
上野山の銅像で見られるように、薩摩絣(さつまがすり)の着流しに小倉(こくら)の袴、腰には脇差のみを帯び、美髯(びぜん)を蓄えず無精髭(ぶしょうひげ)を生やし、髪型は法界坊(ほうかいぼう)(五分刈り)とくれば、この姿を愛さない日本人はいない。
こうした全身から発する何とも言えない愛嬌(あいきょう)が、その人間性の評判にも相当、加点していたと想像できる。
その愛すべき大西郷が、なぜに敗者となったのか。
原因は「明治6年の政変」にある。
戊辰戦争が終わり、明治新政府が発足した。
己の役目は終わったとばかりに帰農した西郷だったが、明治2(1869)年2月、鹿児島藩主・島津忠義(ただよし)の懇望(こんぼう)により、鹿児島県参政を拝命すると、今度は明治4年1月、岩倉具視(ともみ)と大久保利通(としみち)に請われて入閣、参議の座に就(つ)いた。そして同年7月、大久保らと力を合わせ、廃藩置県(はいはんちけん)を断行する。
これを見届けた岩倉、大久保、木戸孝允(たかよし)らは、11月、欧米巡遊に出発、留守政府を託された西郷は、廃藩置県の反動から来る社会不安を、その人望と人徳で乗り切ることになった。
この時、大久保らは自分たちが外遊の間、主要政策の決定や重要人事を、留守政府が行ってはならないという「約定書」を西郷ら留守組と取り交わしていた。しかし留守組は、地租改正、学制改革、太陽暦の採用などを立て続けに決定し、参議に後藤象二郎、大木喬任(たかとう)、江藤新平を新規に補充したため、約定などあってなきものとなった。
しかし新たな一歩を踏み出した日本国が、その場にとどまることなどできない。つまり、こうした決定を次々と下していった留守組を、外遊組が責めることなどできないはずだ。
新政府が抱える問題は山積していた。とくにこの頃、鎖国政策を布(し)いて容易に開国しない朝鮮国に対する不満が、国内にはくすぶっていた。むろん日本の最近隣国である朝鮮との正常な国交樹立は、新政府にとって喫緊(きっきん)の課題である。
ところが頑迷固陋(がんめいころう)で時代錯誤な朝鮮政府は、江戸幕府時代同様の対馬経由での通信程度の関係を望んでいた。これにより双方の思惑は齟齬(そご)を来たす。
明治6年5月、日本政府の要求に辟易(へきえき)していた朝鮮国は、日本公館への生活物資の供給、及び同館に出入りする日本人商人の貿易活動を規制してきた。
朝鮮側としては、貿易は対馬商人だけという取り決めに、日本が違反したというのである。しかしそれは建前であり、これまでは黙認してきたことを突如として禁じるのはおかしい。さらに日本を「無法之国」と罵(ののし)ったので、これは「朝威(ちょうい)を貶(おとし)め、国辱(こくじょく)にかかわる問題」だとされた。
板垣退助ら強硬派は、「すぐにでも居留民保護の名目で軍隊を送るべし」と騒いだが、西郷は「陸海軍を送る前に、まずは使節を派遣し、公理公道をもって談判すべきである」と諭(さと)し、「派兵すれば必ず戦争になる。初めにそんなことでは、未来永劫(えいごう)、両国の関係にひびが入る。それゆえ、断じて出兵を先行させてはならぬ」と言い張った。
つまり、西郷は征韓論者ではなかったのだ。
西郷は板垣や後藤を味方に付けるために、「使節が殺されれば、あなた方の望み通りに派兵できる。それゆえ自分を使節とすることに賛成してほしい」と言って賛意を取り付けたが、それが征韓論者と誤解される発端となった。
土佐藩出身の板垣と後藤にしてみれば、西郷が朝鮮で殺されることにでもなれば、薩閥の勢力も弱まり、一石二鳥である。
しかし西郷にも勝算があった。
当然のことながら、交渉に自信があるからこそ、西郷は使節を買って出たのであり、朝鮮側が西郷を殺すという保証は、どこにもないのだ。
(계속)
◇
【プロフィル】西郷隆盛
さいごう・たかもり 文政10(1828)年、薩摩(鹿児島県)の下級藩士の家に生まれ、藩主、島津斉彬(なりあきら)に登用される。失脚を経つつ、討幕運動の中心となって薩長連合や王政復古を成し遂げ、江戸城無血開城を実現。新政府で陸軍大将・参議を務めるが、征韓論政変で下野。明治10(1877)年、周囲に推されて挙兵する(西南戦争)が、政府軍に敗北し自刃。
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