チャイナ・ハンズが見る日本 戦前の「支那通」たち
(2008/6/6)
鈴置 高史 日經 編集委員 |
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日本と中国の関係が悪化していった昭和10年(1935年)代前半。「支那通」と呼ばれた日本のチャイナ・ハンズが当時書いた本を今読むと、実に面白い。
後発資本主義国の挑戦
エコノミストの高橋亀吉が昭和11年(1936年)に「支那経済の崩壊と日本」という本を千倉書房から上梓している。 昭和6年、関東軍は満州事変を起こした。翌7年には日本は満州国建国を宣言させ同国を承認した。関東軍はその後も中国に対し軍事的圧迫を続け、華北まで支配を広げた。高橋はその最中の昭和10年、5月と10月の二度に渡って中国を訪れた。翌年1月、同地での見聞や中国知識人との面談をもとにこの本を出版したのだ。 彼は過半はタイトル通り中国経済の「最新」の分析にあてたが、日中関係の悪化を意識したためだろう、両国の外交問題から本書を書き起こしている。 高橋が展開した日中関係論は実に明快だった。現代の読者に分かりやすいように言葉を補って要約すれば以下のようになる。
日中の争いの真の原因は、世界大恐慌後の先発資本主義国による経済のブロック化にある。植民地をほとんど持たない後発資本主義国の日本はモノとヒトの輸出先を失って困窮し、代替市場として満州を確保せざるを得なかった。日中両国民の多くは、争いは両国間の問題だと考えているが、それは表面的見方だ。白人支配という現在の世界の仕組みこそが問題の根にある。
上記のような「論理」以外にも、以下のような彼の、そして当時の日本人の心情が率直に語られる。
白人が支配する世界で日本人は安い賃金で働き続け、経済の土台を築き、アジアでまれな独立国の地位を確保した。だが、最近、西欧の先進国が日本を押さえ込もうとする。働きもせず既得権に胡坐をかいて「持たぬもの」をいじめるとは、不公平極まりないではないか……。
当時の「日本の主張」を読むと、今の「中国の主張」と実に似通っていることに驚く。
「米国人は自転車に乗れ」
今、「中国問題」に関し話題が及ぶと、中国の知識人はこう主張するのが普通だ。 「勤勉な中国人はもっと豊かになる権利がある。それには資源の確保が不可欠だ。アフリカの国を援助する見返りに資源を得てどこが悪いのだ」。 「資源を安全に運ぶシーレーンを確保したい。それには海軍力の増強が不可欠だ。米国や日本だって強大な海軍力を持ち、それを守っているではないか」。 「中国は人口が多い。人口が少なく発展できないでいるロシアの極東部に中国人が働きに行ってどこが悪い」。 「先に資源を浪費し地球の環境を悪化させておいて、遅れてきた中国に対しては環境保全を要求する先進国。わが国の発展を押さえ込みたいに違いない」。
今の「中国問題」は昭和初期の「日本問題」と同様、「遅れてきた資本主義国が先発資本主義国の作った体制に挑戦し、その結果起きている軋み」という側面が強い。 もちろん、当時と現在とでは異なることもある。例えば、今は経済のブロック化は起きていない。ただ、中国は巨大なだけにその成長が世界の既存の枠組みと容易にぶつかる。「世界の汚染の元凶」と中国が非難され始めた環境問題などはその典型だ。中国人は批判をブロック化と同様の「枷」と感じるのだろう。 日本在住のある中国人が最近「アメリカ人よ、自転車に乗れ」というタイトルのブログを書いた。「中国人がこれまで自転車に乗り(石油を使わなかったからその価格は安いままで維持され)、米国人はそれをほしいままに使って大型車に乗ってきた。今度は中国人が車を飛ばす番だ!」。
中国VS世界
もちろん、中国の現行システムへの挑戦は既存勢力の警戒を呼び起こしている。 旧植民地のアフリカの資源に依存してきた欧州各国。軍隊まで送り込みアフリカの鉱山を相次いで確保した中国に対し「人権抑圧政権を支援している」などと批判を続けてきた。チベット問題への批判が米国よりも欧州で厳しいのは、「江戸の仇を長崎で」ということなのかもしれない。もちろん、チベットを「生命線」と見なす中国がその「特殊権益」を容易には手放さないのは見越しての上の批判だろう。 中国の潜水艦に魚雷の射程距離まで空母を追躡(ついしょう)されるなど威嚇され始めた米国。中国の艦船に経済水域内を無断調査されつづけた日本。中国に対抗、太平洋の制海権を維持するため日米両国は共同して海軍力強化に動く。 シベリアに大量に移住した中国商人は、地元商人を駆逐した。ロシア政府は中国商人に制限を加えようとするが、成功していない。 環境保存の努力を重ねてきた先進国。中国はその努力に加わらず、世界環境を悪化させる大量の汚染物質を撒き散らす。世界が苦情を申し立てても中国は馬耳東風だ。世界各地で、膨張する中国の引き起こす摩擦が頻発している。
日中摩擦は二国間問題?
しかし、今の日本では「中国問題」は歴史、あるいは領土にからむ日中二国間の特殊な問題として理解されがちだ。 2005年の反日デモは日本の国連安保理常任理事国入りを阻止するため中国が画策した。日本の常任理事国入り構想の背景には、「台頭する中国」を牽制したいとの日本や、日本を支持した国の意図があった。要はこのデモは中国と世界のせめぎ合いの一環とも言えるのだが、なぜか日本の支那通には「日本の反省の不足が原因」などと二国間問題の側面を強調する人が多い。 東シナ海ガス油田問題も背景には「台頭する中国」がある。中国は今、海に向け膨張する。日本だけではなく、フィリピン、韓国、ベトナムなどとも海域での領土紛争が浮上している。決して、日本だけが抱える問題ではない。 現代の支那通が日中関係特殊性論をもってして両国間の摩擦を分析して見せるのは、「中国VS世界」という図式の成立を嫌う中国政府の意向を反映してのことかもしれない。問題の本質から目を避ければ、却って関係が悪化することが多いだろうに。
日本、あるいは中国包囲網
高橋はこの本の冒頭を中国人に呼びかける形で書いている。呼びかけは、日中両国民が協力して白人の世界支配の仕組みを打破しよう、といういわゆる大アジア主義の立場からのものだった。 もっとも、中国人がこの本を読んでも彼の意見に素直にはうなずかなかったろう。高橋は満州を日本の生命線、かつ、既得権益としてとらえており、それを手放すとは決して言わなかったからである。石橋湛山らほんの一握りの人を除いて、日清・日露戦争で血をもってあがなった満州の権益を中国に返そうと言う日本の識者は当時ほとんどいなかった。 もし仮に、中国人にとって彼の本で参考になるところがあったとすれば、日本が先発資本主義国に挑戦する決意を固めた、と表明したくだりであろう。 日本がそう決意するならば、単独の軍事力では日本に勝てない中国としては「西欧の列強とともに反日連合を作り日本を包囲する」政略をとることができる。実際、蒋介石はその道を採った。彼は持久戦を実行、兵を引きつつ時間を稼いだ。それを追う日本軍は泥沼化した戦闘に足をとられつつ、列強の権益の集中する上海などに兵を進め、自らを国際的な孤立に追い込んで行った。
劣等感の裏返しの自信
ではなぜ、日本が蒋介石の「日本の孤立を待つ」政略に気がつかなかったのだろうか。その意味で、参考になる本がある。昭和14年(1939年)に出版された「支那人」(東京日日新聞社、大阪毎日新聞社)だ。 11人の支那通が、家族制度、民族性、農村問題、外交、女性などさまざまの角度から彼らの中国人像を開陳した本だ。高橋の前掲書とは異なって相当な部数が発行されたようだ。今でも地方都市の古書肆の片隅で見かけることがある。分かりやすい啓蒙書であったことに加え、昭和14年には日中戦争が本格化し、戦火が華北から全土に広がっていたためだろう。 東京日日新聞の東亜課長だった田中香苗(昭和49年から51年まで毎日新聞社長)が同書の中の「抗戦に現れた支那人」という小論文で、以下のように書いている。
抗日運動の展開において蒋介石は(中略)日本一国を敵とし、その他諸国との親善政策をもって排日運動の背景とすべき……。
田中はこの論文のあちこちで、中国人の粘り強さとともに中国の採り始めた日本包囲政略を指摘、中国との戦争は容易に勝てるものではないと示唆した。一部にしろ、日本人だって「孤立へのワナ」にはまることは分かっていたのだ。 では、にもかかわらず、日本が中国との戦争にのめりこみ、結局はほぼ全世界を敵に回すようになったのは、なぜだろう。 当初は中国の軍事力を軽く見て、短期決戦で勝てると踏んでいたのは確かだ。「列強も中国に権益を持つ以上、中国の肩を容易には持たないはず」との希望的観測もあったのだろう。 利権と国威を発揚できる領土拡張への国民の根強い期待があったため、積極的に戦争を食い止める声は出なかったのかもしれない。19世紀半ばには植民地化されかねないほどか弱い国だった日本が、ようやく「一等国」の地位に上ったとの劣等感の裏返しのような自信を国民が持っていたからにも違いない。
海権論と陸権論
では、今の中国はどうなのだろう。昭和10年代半ばの日本にも似て、中国は多くの国から「潜在的にはもっとも危険な国」として見なされ始めた。さらに各国の間には「中国に対しては共同して当たるしか道はない」との空気が生まれている(チャイナ・ハンズが見る日本(5) 大衆化した「中国VS世界=2008年5月14日参照)。だが、中国は強気の拡張政策を続けるかに見える。 今の中国にも田中香苗のような指摘をする人がいないでもない。ある知識人は小声で語る。 「中国はまだ貧しい。今の国境線の中で国を改造していくだけでも、もっと豊かになれる。もし、海洋国家を目指せば必ず既存の海洋勢力と衝突する。そうなれば、元も子もなくなるかもしれない」。 ただ、彼の意見に代表される「陸権論」は、華々しい「海権論」の前にどんどんかすんでいるという。中国人の自信が高まる中で。 |
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