ニコラス・グヴォスデフ米海軍大学教授が、7月11日付のナショナル・インタレスト誌に「アジアにおける米国の支配を挫く中国の基本計画」と題する論説を書いています。グヴォスデフ教授の論旨は、次の通りです。
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すなわち、中国の戦略目標は米国のアジア・太平洋地域へのリバランスを挫くことである。最近、ロシアのウファでのBRICSと上海協力機構(SCO)の首脳会議で、習近平は3つのアプローチを示した。
第1は、ロシアの衰退を止めること。米国の安保関係者がロシアはいまや米国の主要な脅威と言うのを中国は注目している。これは欧州への軸足移動を意味し、太平洋での米国のプレゼンスの希薄化を意味するからである。中国はエネルギーや貿易取引やロシア国債購入でロシアを助け、プーチンがウクライナでの立場を維持できるようにしている。ロシアが西側とパートナーを組み、中央アジアに米国のプレゼンスができることは中国にとり好ましくない。ウクライナ危機は、ロシアと西側の関係を決裂させ、ロシアと中国の関係を近づけた。
第2は、インドを中立に保つこと。米国のアジアへの軸足移動は、アジア諸国との連携があってこそ効果がでる。日本だけでは不十分で、インド、豪州、ベトナムやフィリピンとの協力が必要である。
インドは中国の脅威を意識しているが、米国の代わりに中国と戦う気はない。習近平はインドのモディ首相との関係に配慮し、領土問題や中国のパキスタン支持などの摩擦の原因を押さえて、インドと一時的な和解を作ろうとしている。
第3は、インドとの「上海プロセス」がうまく行けば、中国は領土・海洋紛争を外交的に解決する意思があると、アジア諸国に示し得ることである。加えて、陸と海のシルクロード構想やAIIBなどで、地域の成長・繁栄をはかり得ると説得できることである。
中露両国にとり、ウファ首脳会議は世界で地政学的変動が起こっていることを示すものになった。プーチンにとっては、ロシアは西側の言うように孤立などしていないことを示すものになった。
しかし、中国とロシアは、ガス価格で合意できず、インフラ・プロジェクトへの資金提供の問題も解決されなかった。新しい開発銀行と外貨準備金基金は合意されたが、新しいインフラ・プロジェクトの発表はなかった。
ウファでは、印パ首脳会談、会談もあった。インドとパキスタンは上海協力機構の加盟国になった。
ウファでは決定的なことは起こらなかったが、アジアでのパワー・バランスの変化への基盤が作られた。習近平とプーチンは今後の力関係について自信を付けてウファを後にしただろう、と述べています。
出 典:Nikolas Gvosdev‘China's Master Plan to Thwart American
Dominance in Asia’(National Interest, July 11, 2015)
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この論説は、BRICS首脳会議とSCO首脳会議に臨んだ中国の意図についてよく描写しています。ロシアを更に抱き込もうとしたこと、これまで反対してきたインドのSCO加盟をパキスタンの加盟と抱き合わせで実現し、インドとの関係改善を図ろうとしたことはそのとおりです。それが米国のアジアでの軸足移動を念頭に行われたことも疑いありません。しかし、これでアジアでのパワー・バランス変化への基盤が作られたというのは、過大評価でしょう。
中ロ関係については、ロシアは、経済的苦境、国際的孤立のなか、中国のジュニア・パートナーになることへの大きな心理的抵抗を乗り越えて、中国に擦り寄らざるを得ない状況だったでしょう。しかし、中印関係については、そういう事情はなく、パキスタン問題、領土問題などを考えると、関係の改善はそう簡単にはいかないと思われます。
開発金融、インフラ金融の分野で、中国はブレトン・ウッズ体制に挑戦するようなことをAIIB設立などでしています。BRICS首脳会議やSCO首脳会議がそういうことを推進する場になってきています。ウファの会合の意味を過大評価してあわてる必要はありませんが、今後の動向にはそれなりの注意を払う必要があります。
インド、パキスタンがSCOの加盟国になったことはそれなりに重要なことです。SCOは主としてユーラシア諸国を対象とする機関でありましたが、それがインド亜大陸をも対象とすることになりました。世界人口のかなりの部分がカバーされます。インドとパキスタンとの関係に及ぼす影響を含め、その影響を幅広く考えてみる必要があるでしょう。