韓国の首都ソウルの光化門広場で、大韓航空職員らが実施した経営者一族の追放を求めるデモ(2018年5月4日撮影)。(c)AFP PHOTO / Ed JONES〔AFPBB News〕
韓国の財閥オーナーたちの中には、大企業になって持ち株比率がさほどないにもかかわらず、「家業」だと勘違いしている例が少なくない。
無理な世襲経営を続け、公私混同の言動で批判を浴びることも後を絶たない。そんな中で最近、「経営者辞めます」と宣言するオーナーが相次いで話題になっている。
2019年1月4日、韓国のバイオ薬品大手、セルトリオンの創業会長である徐延珍(ソ・ジョンジン=1957年生)氏が韓国メディアの前に久しぶりに顔を見せた。
年頭会見で引退宣言
年頭に事業計画を説明する会見のはずだったが、予想外の話に発展した。「グローバル販売網の構築を進め、2020年末で経営から退く」と引退宣言をしたのだ。 徐延珍会長はこの席で「引退のタイミングをいろいろな経営者の方に相談していた。企業人にとって大切なのは、引き際だ。バリバリやっている時に引退したいと考えていた」と語った。
徐延珍会長は、建国大産業工学科を卒業後、同大学院で経営学を学び、サムスン電子、韓国生産性本部、大宇などで勤務した。
大宇グループ時代は、創業者である金宇中(キム・ウジュン=1936年生)会長(当時)の目に留まり、自動車事業幹部などを担当した。
ところが、IMF(国際通貨基金)危機という通貨経済危機の直撃も受けて大宇グループが解体になり、突然職を失った。
「これからはバイオの時代だ」
大宇時代の同僚とともに全く未知の分野に乗り出した。バイオシミラー(後続薬)事業で成功し、セルトリオンを韓国を代表するバイオ医薬品企業に育て上げた。
セルトリオンは株式上場を果たし、徐延珍会長の持ち株の価値は、一時5兆ウォン(1円=10ウォン)を突破するなど韓国でも指折りの「富豪」になった。
徐延珍会長には息子がいるが、「登記理事(取締役に相当)には就任させるが、経営は専門経営者に任せる。経営と所有の分離を図る」と語った。
ネクソン創業者は株式売却
同じ日、ゲーム大手のNXCは、創業者である金正宙(キム・ジョンジュ=1968年生)会長が、本人と夫人が保有する株式をすべて売却する手続きに入ったことを明らかにした。
NXCは東証に上場するゲーム関連企業、ネクソンの株式47.98%を保有する。金正宙会長と夫人などはNXC株の98.64%を保有している。
株式売却で金正宙会長はゲーム事業から完全に手を引くことになる。韓国メディアでは、売却額は10兆ウォンを超えると予測する報道もある。
売却額がいくらになるかは分からないが、まだ50代前半の金正宙氏は「次の事業」への構想もあるようだ。
韓国メディアによると、金正宙会長は、ブロックチェーン関連分野に最近関心を持っている。
また、新規分野に次々と投資をしているソフトバンクの孫正義会長の動きに共感しているという。このため、株式売却資金を元手に新しい事業に乗り出すとの観測が強い。
金正宙会長は、ソウル大のコンピューター工学科を1991年に卒業した。その後、韓国科学技術院(KAIST)電子科を修了した。
インターネット第1世代であり、韓国のゲーム産業の第1世代でもある。ゲーム分野の企業家としても大成功したとの評価が多く、「売却」を惜しむ声もある。
コーロン会長は自由人に
2018年末には、中堅財閥、コーロンの李雄烈(イ・ウンヨル=1956年生)氏も、突然「2018年末に会長を退く」を宣言して話題になった。
李雄烈氏は、2代目会長として20年間以上にわたってグループを率いてきた。
「財閥オーナーに引退なし」というこれまでの慣例を破って、「自由人として新規事業に挑戦する」という姿勢を示した。
李雄烈氏には30代の息子がいる。グループ企業の役員だが、「後継の経営陣は専門経営者に委ねる」として、「代替わり」はしなかった。これも財閥では珍しいことだ。
サムスングループでも、2018年年末の役員人事で、李健熙(イ・ゴンヒ=1942年生)会長の次女で、サムスン物産ファッション事業担当社長だった李敍顯(イ・ソヒョン=1973年生)氏が退任した。
サムスン福祉財団理事長やサムスン美術館リウム運営委員長など、事業と関係ない役職に就いた。
李敍顯氏は、ファッション事業に関心を持ち、社長まで務めたが、実績を上げることはできずに、静かに退任した。
会社売却や会長退任など続く
このほかにも、最近1~2年の間に、食品グループの創業会長が経営の一線から退いたほか、日用品メーカーの創業会長は、会社を売却して事業から手を引いた。
韓国では、事業の成功すると、息子などに世襲してさらに事業を拡大して「財閥」に浮上することを目指す例が多かった。
徐延珍会長の場合は、引退して経営と所有の分離を進める。金正宙会長の場合は、成功した企業を売却して他の分野への転進を図る。
企業を売却して不動産投資をする例もある。どうしてこういう例が出てきているのか。
世襲への視線厳しく
ある財閥の専門経営者は「韓国社会でオーナー経営に対する視線は、どんどん厳しくなっている。サムスンなどトップ財閥でも世襲経営が続くのは後どのくらいか分からない。韓国の大企業の経営と所有の形態が変化し始めてきた兆候だ」と語る。
たいした持ち株もなく、能力の検証過程も経ずに「子供だから」という理由だけで上場大企業のトップに就任することは、無理だということだ。
韓国紙デスクは、「ある事業で成功したからといって、その成功がいつまで続くか分からない。技術も市場も変化の速度がどんどん上がっており、会社を持ち続け、できれば世襲するということ自体が無理になってきた」と語る。
会社に勢いがあるうちに売却することが賢明だと考える創業者が増えるとの見方だ。
ではこの流れがさらに加速するのか?
大きな方向としては、世襲経営は崩れるだろう。だが、経営と所有の分離といっても創業者が理事会(取締役会)議長などとして残っていては、専門経営者がどこまで自由に経営をできるか。
また、事業を売却しようとしても、大型買収劇の買い手が簡単に見つかるかも分からない。
オーナー企業からオーナーがどう退出するのか。韓国の産業界で新たな注目点である。
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