レーダー照射問題、防衛省主張の妥当性を改めてファクトチェックしてみた
1/21防衛省最終報告の分析。防衛省は何を主張しているのか
1/21防衛省最終報告の分析。防衛省主張をファクトチェック
あまりにも不誠実な防衛省によるCUESの説明
国内向けプロパガンダとしか思えない「事実の歪曲」
防衛省の「決定的証拠」の無意味さ
韓国側をより硬化させた日本の対応
国内嫌韓感情を煽っただけの政府対応と報道
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第8回から引き続き、防衛省の最終報告に焦点を当てます。(参照:韓国海軍駆逐艦による自衛隊機への火器管制レーダー照射に関する防衛省の最終見解について 防衛省 2019/01/21)
⇒【画像】宮防衛省補足資料説明・自衛隊が慣例として避けている飛行態様(例)
今回は、防衛省側の補足説明についての見解を述べます。(出典:防衛省) なお、記事中のレファレンスについては配信先によってはリンクされなくなる場合があるので、その場合はハーバービジネスオンライン本体サイトからご覧ください。
◆実務者協議で終わる話だった低空哨戒飛行
【海自P-1 哨戒機の飛行について】
17)、18)、19)、21) 脅威飛行か否か
これは本質論ではありません。日韓両国の実務者協議で話し合うべき事です。
低空接触飛行を受けた側が脅威と考えればそれは脅威である可能性が生じます。これはよほど悪質な例を除き多分に主観的問題です。単なる意思疎通の問題であって、二国間でじっくり話し合って意思疎通を行い誤解を解くものです。
ICAOだNATOだというのも単なる釈明であって、協議の中での説明材料とはなっても根拠とはなり得ません。なおこの点においても防衛省の説明には当初に比して後退が見られます*。
*「軍用機の最低安全高度を直接定める国際法はありませんが」(最終見解p5より)
これらは問題となるならば(問題として提起されたなら)二国間の実務者協議で解釈の齟齬をなくすものです。協議を拒否した一方的な主張は、全く無意味であるだけでなく百害あって一利なしです。
なお、500ft,500mというのは、「低高度」で「近い」のは事実でしょう。それが脅威であるか否かは、主観であって、誤解があるなら話し合うべき事です。
一方で、防衛省が主張する自衛隊が慣例として避けている飛行様態(参照:防衛省補足資料説明pp.7)*は妥当です。これらは、前述の「よほど悪質な例」に該当します。
20) 海自 P-1 哨戒機は、韓国側が救助作戦を行っていることを認知できなかったのか
これは海自が、無線傍受によってP-1を現場海域に飛ばしたのか、通常の哨戒飛行中に無線傍受により向かったのか、通常の哨戒飛行中に偶然発見したのかの三点に関わることで、前者二つは自衛隊のSIGINTとP-1の偵察能力に関わることですので開示不能でしょう。本来ならばこのような重要な防秘に関わることは表に出てはいけないことです。日韓軍事インシデントを映像公開によって外交問題化させた安倍晋三氏の失態です(参照:“渋る防衛省、安倍首相が押し切る=日韓対立泥沼化も-映像公開:時事通信 2018年12月28日18時38分”)
本件が解明されることはないでしょう。
22)および23) 今まで何度やっても文句を言われなかった。今回だけなぜだ。
海自の哨戒機が、米ソ冷戦時代から数十年にわたり高度500ft,距離500m,反時計回りでヴィジュアルコンタクトを行ってきたことは周知の事実です。これは徹底かつ執拗であって民間船舶、公船の別がないとされています。また、前掲のように艦尾(船尾)側からの接触を基本としていることも事実でしょう。
これらによってソ連邦極東艦隊の動静をはじめ莫大な情報を得てきたことは事実です。現在もロシア、北朝鮮、中国に加え友邦韓国などの艦船についての情報を膨大に収集しています。一方で合衆国艦船に対して同様にしているかは謎です。
それらの成果の一つとして北朝鮮に対する制裁逃れである密輸船の発見が挙げられます。
▼北朝鮮船籍タンカー「Rye Song Gang 1 号」とドミニカ国船籍タンカー「Yuk Tung 号」による洋上での物資の積替えの疑い 外務省(平成30年1月20日)
▼北朝鮮船籍タンカー「AN SAN 1号」と船籍不明の小型船舶による洋上での物資の積替えの疑い 防衛省 平成31年1月24日
▼我が国における国連安保理決議の実効性の確保のための取組 防衛省
先日、韓国側より抗議のあった海自P-3Cによる韓国海軍駆逐艦大祚栄(KDX-2三番艦)に「威嚇飛行」をしたとされる海域は(参照:日本哨戒機また威嚇飛行…韓国合同参謀本部「再発時は軍規則遵守によって対応」中央日報日本語版 2019年01月24日 06時50分)、上海の北北東約120km中国のEEZ内です。(現場海域は、禁漁区だが荒天時の韓国漁船の待避は認められており、韓国海警が指導にあたっている。海軍艦艇は、2016年に海警船艇が中国漁船により撃沈された事件以降、海警を支援している。なお、現場海域は公海であり且つ、韓国海軍艦艇の作戦海域でもある)
ロシア、中国などからは不評であっても、日本独自と思われるP-3C/P-1による低空接触飛行が、日本の海を守ってきたことには異論はありません。数十年、戦火を交えずに海を守ってきたことは大いに誇り得ることです。しかし、安倍晋三氏がこの日韓軍事インシデントを外交問題化したことで日本名物の哨戒機による低空接触飛行が外交の場に出てしてしまったのです。繰り返し指摘しますが、外交問題化せず、実務者協議の場でなら、「海自さん相変わらずお見事ですね、手加減してくださいよ。」で済むことでした。
自ら外交の場に引き出して、「今までは何も言われなかった」「論点そらしだ」というのは見苦しい泣き言に過ぎません。
◆意思疎通の困難さの教訓とすべきだった
【通信状況について】
24)、25)、26)、27)、28)、29)、30)、31) 通信状況について
広開土大王がP-1の接近に際して無線で呼びかけなかったことは、防衛省が主張するとおり、海自の哨戒機による低空接触飛行は日常的に行われているため別に広開土大王がP-1に呼びかける事はないです。「またか」という状況でしょう。SAR活動についての日本への連絡は、日韓SAR協定*第二条にあるとおり、「必要な場合には、関連する情報を提供すること及び協議を行うこと等の方法によりできる限り相互に協力する。」とありますので、必要なしと判断したのでしょう。(*(略称)韓国との海難救助協定)
しかし今回の日韓軍事インシデントは、そのような中での相互意思疎通の悪さが原因です。日韓双方に重要な教訓を残しています。
「電波照射後」の海自P-1から広開土大王への呼びかけは、航空緊急周波数二波と国際VHF(marine VHF band)の合計三波でそれぞれ一回ずつ行われていますが、航空緊急周波数を艦船が受信している保証はなくあまり意味がありません。国際VHFは艦船による受信が期待されますが、なぜか1回のみの呼びかけで終わっています。
一方で広開土大王も「Korea Coast」とP-1が呼びかけたと誤認しています。
韓国側は、1/22迄に「我々は日本側の主張を深刻に考慮し、細密な検証作業まで行った。当日と同一の条件で実施した2回にわたる戦闘実験、乗組員のインタビュー、戦闘体系および貯蔵された資料分析などを通じ、」(参照:韓国国防部プレスリリース2019年1月22日)というように、再現実験とインタビューによって当時のCIC(戦闘指揮所)の再現をしており、受信した通信内容の誤認を認めています。
誤認の理由が、電波状態の不良か、通信機器の不調か、P-1側の英語が理解不能であったのか、通信士の失敗かヒューマンエラーによるのかは現時点では分かりません。
作戦行動中の通信誤認による偶発戦闘などの深刻な失敗は、歴史上膨大に発生しておりこれは重要な教訓となり得ます。日韓双方実務者による徹底した事実の洗い出しと再発防止のための教訓の共有が必須です。今回の日韓軍事インシデントのなかで、最も重要な教訓を持つのが相互の意思疎通、通信であると私は考えます。
【再発防止等について】
32)および33)
再発防止は、日韓対等な立場で実務者協議を繰り返すことにより真相究明と教訓を引き出すことにのみによってなされます。一方的に日韓軍事インシデントを外交問題化し、一方的に実務者協議をやめる防衛省が最も再発防止に反する行為をしています。
◆日本は何を「失ったのか」
今後の対応について
34)および35)
日韓軍事インシデントを安倍晋三氏の個人的意向に従って外交問題化したのは防衛省です。これによって真相究明と教訓を得ることは極めて困難になりました。
この日韓軍事インシデントにかんする実務者協議の打ち切りは、半島有事における約4万人の在韓法人保護を不可能にしかねません。
ここで再び安倍晋三氏の周辺事態法制制定に向けての「生肉演説」をご紹介します。
▼安倍首相、みんなのニュース生出演 国民のギモンSP その5 FNN 2015/07/20
安倍晋三氏は、スタジオに“生肉”(と揶揄された奇妙な)の模型まで持ち込んで、在外法人保護における自衛隊の活用と日米両軍の連携を力説しました。4万人の在韓邦人を保護せねばならない半島有事において、韓国政府、韓国軍との共同、連携は必須です。在韓法人保護の主役となる自衛隊が韓国に韓国政府の承認なしに上陸することは不可能です。それは侵略行為であって、即座に国連の旧敵国条項を発動され得ます。また、韓国軍、特に韓国海軍との協力なしに上陸することも不可能ですし、そのためには平時から相互交流を怠らないことが必須です。平時における事前の十分な経験なしでは、艦船が座礁や衝突してしまいます。
安倍晋三氏の個人的感情や防衛文官、武官の保身やメンツというくだらないもので日韓関係を決定的に悪化させた安倍晋三氏と官邸、防衛省の責任は極めて重く、この「今後の対応について」という項目は、すべて削除の上、自己批判で書き換えるべきでしょう。
30) 最終報告書の位置づけ
1/21防衛省最終報告は2019/01/21の夕方に発表されました。普通、事前に発表を予告している場合、相手の反応を見るために午前中、遅くともお昼には発表し、相手が午後には反応します。夕刻、終業前という発表時間は、相手の反応を期待しないことを意味します。
これは、この発表を持って韓国との協議を打ち切るという宣言にも現れており、要するに1/21ゴールデンタイムのニュース、具体的にはNHKニュース7での取扱を当て込んだ国内向けエクスキューズです。当日15時までに発表が報じられなかったことから、報告の位置づけは発表前に自明であったと言えます。このあたりは、とくに安倍内閣以降顕著になったとはいえ、日本政府発表を読み解く基本中の基本です。ちなみにできれば知られたくないという内容や相手にできるだけ見られたくないリーク記事は、BSニュースの1時から5時という深夜から未明の時間帯に報じられ、エクスキューズとしていることも豆知識です。
実際にこの最終報告書を見ると、93年半島核危機での北朝鮮政府の対応を思い出します。当時北朝鮮政府がNPT(核拡散防止条約)から脱退を通告し核査察を拒絶したのですが、世界からの批判と圧力に対して、封印を破った使用済み核燃料を査察に提出し、けりをつけようとしました。この不可解で無意味な対応については様々な解釈が生じ、なかには「金日成氏の英断で封印を破った使用済み核燃料を差し出せば、国際社会は納得すると考えたのだろう。」という個人崇拝を強調した説明もありました。
私は、この行為を、北朝鮮の官僚機構が金日成氏と人民に対して、使用済み核燃料を査察に提出したという釈明をするためのものであったと解しています。
今回の防衛省最終報告書も同様に安倍晋三氏と、デマゴギーの氾濫により狂乱状態に誘導された国内世論へのエクスキューズであると私は解しています。
北朝鮮という国家は、大日本帝国を模して作られていると評されることがありますが、今回の政府、防衛省と国内メディアの狂乱は、満州事変や盧溝橋事件を彷彿とさせ、まるで大日本帝国自滅前夜への先祖返りです。
93年当時、IAEA/NPTに対する北朝鮮の対応は、世界に失笑と恐怖をもたらしましたが、今回の防衛省最終報告書は、まさにそれと同じで世界から物笑いの種となり、周辺諸国からは、「あたまのおかしな軍事強国」として脅威と考えられかねません。
情けないことです。
本来ならば二国間の実務者協議によって、何が起きたのか、なぜ起きたのか、教訓は何かなど多くを引き出し、今後の重要な糧とすべき日韓軍事インシデントです。
日本国内報道が片端から政府発の嘘とデマゴギーの寄せ集めで、事実は全くないという世界でも例を見ない歴史学、社会学上の一大珍事が眼前で起きているわけですが、同様のことが生じた90年前を考えるとこのままでは日本の行く末は再度の自滅しかないでしょう。繰り返しますが、日本政府の今回の手口は盧溝橋事件の二番煎じ、そして、マスメディアの狂乱は、満州事変から大日本帝国滅亡までのそれです。まさに世界と歴史への恥さらしです。
この連載では、日韓両政府の公式声明や記者会見をもとに事実の積み重ねをご紹介し、その分析と解釈を述べてきました。日本政府の吉本新喜劇での定番ギャグような退場によって外交問題としては尻切れトンボとなり、事実解明も教訓の取得もなくなりました。日韓関係は、最悪の状況です。関心のそれほど高くない韓国メディアに対して、日本のメディアは世界に極端な醜態を晒ましたが、それが日本の実態なのでしょう。
本連載はここまでで一区切りとし、今後の動向と特にマスメディアの問題について間を開けて分析してゆこうと思います。
『コロラド博士の「私はこの分野は専門外なのですが」』番外編――広開土大王射撃電探照射事件について9
<取材・文・撮影/牧田寛 Twitter ID:@BB45_Colorado>
まきた ひろし●著述家・工学博士。徳島大学助手を経て高知工科大学助教、元コロラド大学コロラドスプリングス校客員教授。勤務先大学との関係が著しく悪化し心身を痛めた後解雇。1年半の沈黙の後著述家として再起。本来の専門は、分子反応論、錯体化学、鉱物化学、ワイドギャップ半導体だが、原子力及び核、軍事については、独自に調査・取材を進めてきた。原発問題についてのメルマガ「コロラド博士メルマガ(定期便)」好評配信中
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