シアヌークビルやプノンペンなどでは、一帯一路関連のプロジェクトの投資拡大で建設ラッシュが続く一方、犯罪が急増し、深刻な問題に発展している(筆者撮影)

 

カンボジア有数のリゾート観光地、シアヌークビルで6月22日未明、中国企業が所有する完成間近の7階建てビルが崩壊した(ビデオ:https://www.youtube.com/watch?v=MjAXLORl4a4 )。


 6月25日時点で死者28人を数え、犠牲者はさらに増える見通し。カンボジア史上最悪のビル倒壊事故となった。


 ビル内には、中国人の電気技師ら作業員約80人が寝泊まりしていた。カンボジア当局が当初から違法建築で建設中止を勧告していた中で発生した事故だった

 ビルを建設していた中国企業はこの勧告を無視、違法建築を続行していた模様だ。

 米ワシントン・ポスト紙などによると25日、シアヌーク地裁で事故直後から拘束されていた中国人のビル所有者1人が過失致死罪の容疑で、さらに中国人の建設会社社長1人と中国人の現場責任者2人が共謀罪容疑で中国人計4人がそれぞれ起訴された。


 有罪判決を受ければ、過失致死罪で最大3年、重大化過失が認められれば5年から10年の刑に服すことになる。


 この最悪の事態に、タイ・バンコクで23日まで開催されていた東南アジア諸国連合首脳会議に出席していたカンボジアのフン・セン首相は24日、急遽現地入り、シアヌークビル市内全域の建設状況の検査を直ちに指示した。


 シアヌークビルは、カンボジアで唯一の深水港を要する港湾都市。カンボジアで崇拝されている故国王にちなみ、名づけられたシアヌークビル州の州都でもある。


 首都・プノンペンから飛行機で約40分、バスで約5時間のところにある。


 風光明媚なビーチが売り物で、カンボジア人が憧れる観光地だ。数年前まではカンボジアのエリートたちの新婚旅行でも人気のスポットだった。


 地元の漁師らが獲ったイカやシャコの炭焼きを頬張りながら、地平線に沈むオレンジ色の夕日を堪能することができるなど、筆者もその手つかずの自然に魅了された一人だ。


 自然にあふれ、アジアには数少なくなったちょっとした隠れ家的リゾートとして、日本人にも人気があった。


カンボジア屈指の美しい海岸で知られるこの長閑な港町は、かつてはロシア人富裕層や欧米諸国からのバックパッカーの秘境だった。


 しかし、数年前から中国の企業が巨額な投資を続け、中国本土からの移住者や観光客のための「カジノの町」に変貌。シアヌークビルの「中国化」が始まった。


 実は、ギャンブル好きの中国人は中国ではカジノで遊べない。中国本土ではカジノが禁止されているからである。


 その反動もあるのか、アジアのラスベガスと呼ばれる中国特別行政区のマカオは、今や米国のラスベガスを大きく引き離す世界一のカジノ都市へと成長した。


 中国政府は、世界一の収益を上げるマカオのギャンブルビジネスを特別な法律運用で認可している。


 シアヌークビルはそのマカオでは飽き足らない中国人向けのカジノ&リゾートとして人気が急上昇中なのだ。


 そもそもカンボジアは、中国の習近平国家主席が提唱する一帯一路の重要拠点。


 シアヌークビルには、「大型船停泊可能な同国唯一の深海港があるだけでなく、国際空港も備える物流の要衝。首都・プノンペンとシアヌークビル間の貨物量はカンボジア最大規模で、国内最大の輸出拠点として重要性が急速に増している」(ASEAN=東南アジア諸国連合の経済投資アナリスト)。


 中国からの投資が最も顕著で急拡大しており、建設ラッシュに沸くシアヌークビルは、中国人移住者や急増する中国人観光客目当ての大小含め約90のカジノが乱立。


 シアヌークビルの将来性に着目した中国企業の投資は、2016年10月に習近平国家主席がカンボジアを訪問した直後から急増。「中国は、インフラ整備などに巨額支援し、中国本土の企業進出を後押ししている」(同アナリスト)。


 シアヌークビル経済特区への進出企業の約90%が中国企業で約150社ほどに上る。


 1985年以来、独裁国家を率いる親中のフン・セン首相の盟友、かつては地方軍司令官だったユン・ミン・シアヌークビル州知事は次のように話す。


「2010年以降、中国はカンボジアの最大支援国で最大貿易相手国。カンボジアへの中国の投資額も最大で、2016年から2018年で10億ドルに達した」


 投資額だけでなく、債務も破格だ。対外債務約60億ドルの約半分を対中債務で占め、他のどの国より断然に多い。


 とりわけ、シアヌークビルは、タイ湾やマラッカ海峡進出への足がかりとなるカンボジアの要衝として、一帯一路における最重要戦略拠点の一つ。軍事的にも、極めて戦略的位置づけにある。

 今年に入って、シアヌークビルの港に中国海軍のミサイル護衛艦「邯鄲」「蕪湖」(双方とも、全長約140メートル、排水量約4000トン)、補給艦「東平湖」(全長180 メートル、同2万トン)の巨大軍艦3隻がドック入りした。


 「中国政府が周辺国と領有権を争っている南シナ海へのアクセスが簡単なシアヌークビルの北部・ココン州沿岸沖に海軍基地の建設を目論んでいる」と噂されるが、フン・セン首相は、今のところ否定している。


 しかし、筆者の知人の地元メディアのベテラン記者は「シアヌークビルは、すでに中国企業の租借地で挟まれていて、カンボジアの海岸線の3分の1以上は中国企業に支配されている」と言う。


 中国の軍事的戦略が粛々と進められているとみて間違いないだろう。


 一方、中国からのヒト、モノ、カネが流入するなか、深刻化しているのが中国化による社会問題と凶悪犯罪の急増だ。


 シアヌークビル市は人口が約10万人(同州は約25万人)。その街に中国人が7万人(2018年10月、プノンペン・ポスト紙)も大量移住しているとされる。


 さらに、カジノ目当てに年間、数百万の中国人観光客が押し寄せる(2018年の外国人観光客は約630万人で、国別首位の中国人は前年比約70%増の約200万人に達した)。


 シアヌークビルは、まるで 中国の中の”カンボジア村”のようだ。


アンコール遺跡群のほか、カンボジアには手つかずの海や自然などの歴史的自然・文化遺産が残され、アジアの秘境が多い(筆者撮影)


 そのため、現在シアヌークビルは建設ラッシュが続き、浜辺が埋め立てられている。


 カンボジア人に人気だった海水浴場は中国人に買い占められ、海の家は中国人経営で、中国人のためのメニューが並び、中国語しか通じなくなっている有様。


 さらに、中国人経営の中国人のための病院、ヘアサロン、スーパーなど中国人向けのサービスが完備されている。


 知人の地元メディア記者によると、カンボジアでは法律で看板などの表示はクメール語で表示されなければいけないが、自動翻訳された意味不明なクメール語を付記した中国語看板が散乱しているという。


 カンボジア人の多くが「カンボジア文化への冒涜だ」と非難している。


 こうした事態に、ユン・ミン知事がクメール語の間違いなどを含む中国語の看板をすべて撤去するよう命令したが、収拾には至っていない。


 さらに、ホテルやレストランが出すごみに加え、観光客が捨てるごみで、美しかった海岸線は汚され、同知事や地元職員などが清掃の陣頭指揮を執らなければいけない危機的事態にも陥っている。


「チャイナ・タウン化」したシアヌークビルは、こうした問題以外に、土地価格の急騰、ごみ処理場や水不足、宿泊料高騰によるホテル不足なども深刻化している。


 それだけではなく、最近急増しているのが中国人が引き起こす犯罪だ。


 地元の交通ルールを無視し引き起こされる交通事故でカンボジア人の犠牲が絶えないのはまだ序の口。


 中国で犯罪を起こしたマフィアグループが流入し、詐欺、殺人、麻薬密輸、人身売買、誘拐、違法賭博などの凶悪犯罪が後を絶たないのだ。


 5月にカンボジア当局が発表した3月までの直近3か月の逮捕数は、外国人341人中、中国人は241人で、2位のベトナム人(49人)をはるかに上回った。


そして、地元当局が中国人のカジノ関係者や犯罪グループから賄賂を受け取り、悪質な犯罪が野放しにされている。


 見かねたカンボジア政府はこのほど、国家レベルの警察、移民局、法律専門家の支援部隊をシアヌークビルへ派遣することを決定した。


 一方、中国政府も治安悪化などの犯罪解決に地元当局などと連携強化することを明らかにしている。


 しかし、こうした中国の反応に地元メディアは「シアヌークビルの治安維持に、中国政府がどうして乗り出すのか」「治外法権を逸脱した中国による支配強化に過ぎない」と強い反発が起きている。


 さらに、恐るべき中国犯罪の流入も明らかになってきた。


 中国では、国が主導し軍病院などで組織的に臓器を収奪する「臓器狩り」が横行しているといわれる。


 英国の保守党人権委員会委員長代行のベネディクト・ロジャース氏は「法輪功メンバーやチベットの仏教徒、ムスリムのウイグル人らの臓器が大量に売買されてきた」と告発する。


 中国は、アジア最大の自主的臓器提供システムがあるというが、もちろん中国国内には存在しない。


 2015年には廃止されたといわれていたが、中国衛生部(厚労省に相当)の元副部長で、中国人体器官損献与移植委員会委員長の黄潔夫氏は、「2020年には、中国では世界最多の臓器移植がなされ、年間4万件の米国をも上回るだろう」と強調する。


 そうした臓器売買がシアヌークビルなどカンボジアの都市でも行われている実態が明らかになってきたのだ。



「プノンペンポスト」「カンボジア日報」など地元メディアによると、これまでにカンボジアの陸軍病院などで、臓器を違法に売買した罪で臓器移植の技術指導を行った中国人教授や医師、医療関係者が逮捕される事件が相次いでいる。


 例えば、腎臓は約4万ドルで中国人患者に売られ、臓器提供したカンボジア人には、わずか5000ドルの謝礼しか支払われず、中国人医師らが暴利を得ているという。


 臓器売買を調査する国連関連機関などの専門家は、「中国が臓器収奪の犯行モデルをカンボジアへ組織的に輸出している可能性がある」と警告する。


 しかし、こうした事態を踏まえながらも、親中のフン・セン首相は、頻繁に北京を訪問し、習国家主席や李克強首相のご機嫌取りに余念がない。


 今年早々には北京を訪問し、両国間の貿易額を2023年までに100億ドルに引き上げ、さらに、経済支援として5億8800万ドルを受ける約束を携え、上機嫌で帰国した。


 しかし、今回のビル倒壊事故も含め、深刻になる一方の中国化問題は、カンボジアの自主統治を危うくする。


 そればかりか、国民からの批判や、それに押された軍部の反発を招く危険性もある。

 カンボジアは急速な中国化で、国の繁栄や安全も脅かされない状況に直面している。

(取材・文・撮影 末永 恵)


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