中国の映画・漫画に東南アジア猛反発
事業収益の6割を海外市場で占める中国の通信機器メーカー、ファーウェイの「5G覇権」は現代のコミンテルン。経済投資の裏でソフトパワーにより東南アジアなどを”侵略”しようと画策しているといわれる(マレーシア・クアラルンプール、筆者撮影)
東南アジアで中国共産党の共産主義や覇権主義の台頭に反発する動きが続発している。
米中合作のアニメ映画「アボミナブル」で中国が独自に主張する「九段線」*1が登場することから、領有権を争うベトナム、フィリピン、マレーシアの東南アジア諸国で相次ぎ上映禁止が決定され、公開中止の事態が続出している。
*1=中国が主張する南シナ海の領海を断続する9つの線(破線)によって示したもの。
同作品は、米映画制作大手ドリームワークスと中国のパール・スタジオが共同制作した子供向けアニメで、10代の中国人少女がヒマラヤの伝説の雪男イエティの帰郷を手助けするというストーリー。
映画の冒頭シーンで、主人公の少女が、中国の地図を広げると、地図上には中国南岸を起点に南シナ海全域を包囲するU字形の破線が描写されている部分がクローズアップされる。
米ハリウッド映画界は、中国最大財閥の王健林率いる不動産コングロマリット「大連万達集団」が映画館大手チェーンや映画製作会社を買収するなどチャイナマネーが流入。
こうした中国によるハリウッド爆買いの影響で、中国からの投資を目論み、中国的価値観や嗜好を反映した映画制作が急増している。
この影響で、中国からの独立を主張するチベットのダライ・ラマ氏と親交が深いベテラン俳優で、渋谷に銅像がある忠犬ハチ公をテーマにした映画にも主演したリチャード・ギアがハリウッドで起用されなくなっている。
中国政府の意向や趣向に沿った映画作りや俳優が登用される事態が国際社会から憂慮され始めている中での出来事だった。
とりわけ今回のケースでは、洗脳教育の一環とも思われる子供対象のアニメ映画にまで中国共産主義の覇権を拡大させていることが問題視されている。
東南アジア諸国で上映禁止された今回のアニメ映画に登場するこの破線(九段線)は、同主張を巡って2016年7月に、オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所が、「国際法上の根拠はない」と違法であると判断している。
ベトナムを含む同地域のマレーシア、フィリピン、ブルネイなど少なくとも4か国は、国際法上の自国領域を侵害するとして中国が主張する九段線に異議を唱えてきた。
しかし、中国は、国内で販売されるすべての地図に九段線を描き、国際法の決定を無視続けるどころか、今年7月からはベトナムの排他的経済水域(EEZ)内で石油探査活動を強行している。
さらに、現地メディアなどによると、ベトナムでは中国からの輸入車に搭載されたカーナビの地図に、今回の映画と同様、南シナ海で中国が独自に主張する「九段線」が示されていることが先週末、明らかになった。
このため、ベトナム政府は自動車輸入関係業者や団体に対して、地図のアプリを直ちに削除するよう指示した。
東南アジアの中でも、特にベトナムと中国は南シナ海の領有権争いで激しく対立している。
今回の映画や中国輸入車の九段線問題が拍車をかけ、2国間に新たな軋轢を生むのではないかと懸念されている。
一方、同じく南シナ海の領有権で中国と対立するマレーシアは、11月7日から上映されることになっていた九段線が描かれた南シナ海の地図をアニメ映画で使用した映画の上映を急遽、中止した。
さらに、これと前後して、サイフディン外相が10月17日、「南シナ海で想定する衝突に備えるため、海軍の軍事力強化が必要」と域内の活発化する中国の覇権拡大に懸念を表明。
同外相は「中国海警局がマレーシア東部サラワク州沖の南ルコニア礁の周辺で24時間活動している」と明らかにした。
南シナ海では今年9月、米海軍駆逐艦が中国が領有権を主張する西沙(英語名;パラセル)諸島の周辺海域を航行し、緊張が高まっている。
これを受けて同外相は「(衝突は)避けるべきだが、南シナ海で大国同士が衝突した場合、マレーシア海域の管理能力を高めるため、我々の(軍事的)資産を強化する必要がある」と述べた。
こうした事態が続く中、マレーシア政府は10月23日、習近平国家主席が主導する経済圏構想「一帯一路」を推進する漫画本「相互利益になるウィンウィンの一帯一路(原題;Belt and Road Initiative for Win-Winism)」を発禁処分にした。
その理由として、「共産主義と社会主義を宣伝し、マレーシアの公共秩序と社会的安全に危害を与える危険性がある」としている。同漫画の製作者と漫画家ら関係者が警察当局の取調べを受けている。
この漫画は今年4月、習国家主席の肝煎りで北京で開催された一帯一路関連の国際会議の席上、マハティール首相らマレーシア政府団が、習国家主席に贈呈したもの。
マレーシアでは、昨年5月に61年ぶりに政権交代し、財政逼迫、国益に相当しないなどの理由で一帯一路の大型プロジェクトを中止した経緯などから、両国間に暗雲が立ち込めていた。
こうした背景から、同漫画が習国家主席に手渡された際、習氏がその場で目を通し、満面の笑みを浮かべる様子は中国の国営メディアなどで大きく報道された。
折しも、両国は今年、国交樹立45周年の記念すべき年を迎え、同漫画は「二国間の雪解けの象徴」として、中国政府も歓迎していた。
しかし、それから半年足らずで二国間の友好の証とみなされた一帯一路漫画が発禁処分となったのだ。
マレーシア首相府は「同漫画の制作に首相府は一切関与しておらず、マハティール首相の顔写真が使われているが、許可は与えていない」と説明。「マハティール首相はその内容について把握していなかった」としている。
実は、23日に政府が発禁処分を発表する直前の21日、マハティール首相が「中国は友好国で一帯一路の開発には賛同するが、中国の思想や共産主義は受け入れられない」と同漫画を批判していた。
同国政府は昨年12月にも、マラヤ共産党の歴史書「マラヤ共産党歴史画集(一)」を発売禁止処分とした。
その理由は、「共産主義運動を推進する意図があり、国家の独立は共産党のおかげであったとした虚偽の記載があり、共産党に対する同情と支持を呼び込む内容が見られた」というものだ。
今回、発禁処分になった一帯一路の漫画本は、北京に本部を置くマレーシア・中国商務理事会の首席理事で、華人系マレーシア人の丘光耀氏が編集を担当、同じくマレーシア人の張宝玲氏が作画を担当した。
丘氏は、香港中文大学の博士号を取得、スーパーマンのTシャツを好んで着用することから「スーパーマン」としてマレーシアの華人界では知られる弁舌家。
マレーシアの華人を支持基盤にする現与党の一角、民主行動党(DAP)の元党員で、過去の演説で「南シナ海は中国の領土」と発言し、DAPを除名されている。
今回、一帯一路の漫画が発禁処分となった直接の引き金は、処分の前週にマレーシアの2500校の中学校や高校に同漫画(中国語、英語、マレー語版)が寄贈されたこと。
SNSなどで内容などに関して、国内から批判や不満が噴出、警察に通報する父母も多かった。教育省はこうした批判を受け、すでに各学校から漫画の回収を命じている。
さらに、国内の出版法に基づき、同漫画の3カ国語版の発行を禁止した。不法に印刷、出版、販売、保有した場合、最高3年の実刑判決などが言い渡されることになる。
政府は「特に若い世代がマレーシアの歴史について正しくない認識を得る危険性がある」とする声明を発表。
マレーシアは共産党と共産主義を禁止している国家の一つだからだ。
その背景には、他の東南アジア諸国と同様、独立の過程で中国共産党や共産主義ゲリラと闘ってきた歴史がある。
マラヤ連邦は、のちの初代首相となるトゥンク・アブドゥル・ラーマンの下、1957年8月31日に独立したが、マラヤ共産党は1948年から41年間にわたり武装闘争を行ってきた。
マラヤ共産党は1930年代にコミンテルン代表のホーチミンのもとで結成され、中国共産党の海外支部として、中国共産党南洋臨時委員会と称された。
1955年、英国統治下のマレーシアで初の普通選挙が行われ、連邦自治政府が誕生、自治政府とマラヤ共産党は和平会談を行ったが、共産党は共産党のイデオロギーを放棄せず、合法的地位を求めたため、決別。
第2次世界大戦中は、日本軍がマラヤで中国人敵視政策を導入。マラヤ共産党はマラヤ人民反日軍を組織し、反日運動を展開したが、親日的なマレー人は日本軍に協力した背景がある。
しかし、中国共産党の毛沢東や鄧小平国家主席が陳平らを北京に招聘し、資金や武器などで支援し、武装闘争はその後も20年間続いた。
中国の策謀家で知られる「陳平」の名を借り、「マラヤの陳平」と呼ばれ、1947年3月、23歳の若さで総書記となり、共産化した中国と連携を図った。
1989年12月のマレーシア政府との和平協定で闘争が終焉を迎え、陳平は「最後のコミュニスト」と呼ばれた。
今回の一帯一路漫画は、こうしたマレーシアの共産主義との長年にわたる暗く長い闘いを彷彿させるからだ。
同漫画には中国が弾圧するイスラム系民族のウイグル人に関して、「中国の国家融和を破壊する分離独立主義者」との記述がある。
さらに「マレーシアのマレー系は、ウイグル人を支援するラディカルな民族」とマレー系を批判している。
こうしたこともマレーシア政府が発禁処分を行った理由の一つと見られる。
マハティール首相は国連総会でも、中国のウイグル人への弾圧を非難しているほか、マレーシア国内のウイグル人引き渡しを拒否するなど、中国との経済投資を重要視する一方、共産主義に対する断固たる姿勢を崩していない。
圧倒的な経済と軍事力だけでなく、映画や漫画などというソフトパワーを駆使して中国の体制を正当化し、経済や政治体制が脆弱な国を覇権下に置こうと企む中国。
しかし、中国の共産主義と長年闘ってきた歴史をもつ東南アジアの国々はそうやすやすと中国の軍門に下ることはない。
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