米朝首脳会談は「驚くべき想像力」の結果、韓国・文大統領が称賛

北朝鮮には微笑み、日本には鉄拳で臨む文在寅大統領。写真は南北軍事境界線の韓国側の施設で、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(右)と面会する韓国の文在寅大統領(中央)と米国のドナルド・トランプ大統領(2019年6月30日撮影)。(c)AFP PHOTO/KCNA VIA KNS〔AFPBB News

文在寅「自由民主主義」の仮面

 韓国の文在寅大統領は、7月15日、日本の輸出規制阻止に対して「過去の問題を経済問題と連携させて両国の発展の歴史に逆行する賢明でない措置だ。日本の狙いは成功しない」と、3回目の警告を発した。


 対日政策解消に向けた退路を絶った感すらする。これほどまでに文氏を反日に追い込む政治スタンスの要因は何か。


 米主要シンクタンクの北朝鮮研究者の一人は、筆者にこう語っている。


「文氏の反日の原点は、両親が北朝鮮・咸鏡南道から戦火をくぐって避難した『脱北者』、祖父母は在留という離散家庭に生まれ育った生い立ちにあるのではないだろうか」

「屈折したナショナリズム(朝鮮民族主義)が文氏の反日の原点であり、原動力になっている。日韓併合はコリアンにとっての共通の過去だからだ」


 その一方で戦後米国流民主主義の洗礼を受けた文氏は、政治活動のバックボーンとして「Liberal Democracy(自由民主主義)」を政治理念として標榜している。


 つまりナショナリズムと自由民主主義という両輪が文政権の反日路線を突き動かしている。


 政権安定にとって「朝鮮民族第一主義」と「反日スタンス」は不可欠なものになってしまっている。


 その意味では、「文氏の反日路線は日本との純然たる外交問題ではなく、国内の問題、さらに言えば文氏自身の問題になってしまっている」(米有力紙の元ソウル特派員)と言える。



トランプ・文在寅両氏の類似点:前任者全面否定

 文政権の反日スタンスには韓国の歴代政権と際立って異なる点がある。


 韓国で博士号を取り、現在米国中西部の大学でアジア史を教える、韓国籍で保守政党を支持する韓国人学者は筆者にこう解説する。


「文在寅氏にはドナルド・トランプ大統領に似たところがいくつもある。その一つは徹底した前任者批判だ」


「トランプ氏は前任者だったバラク・オバマ第44代大統領の諸政策すべてをどぶに捨てようとしている」


「文氏も朴槿恵前大統領のやったことを全面否定しようとしている。慰安婦問題で韓日和解し、過去を清算したはずの韓日問題をちゃぶ台返したのは、その最たるものだ」


「外交というものは、両国の歴代政権が厳しい交渉を経て築き上げてきた賜物だ。文氏も一応、インテリだし、廬武鉉政権の中核として外交問題を扱ってきたのだからそんなことは百も承知なはずだ」


「文氏はいみじくも17日の青瓦台の会議でこう述べている。『(日本の措置は)相互依存と相互共生で半世紀間にわたって両国が蓄積してきた韓日経済協力の枠組みを壊すものだ』」

「韓日経済協力システムは歴代政権が日本政府との間で築き上げてきた外交の一部であって独立したものではない」


「徴用工問題を巡る処理に失敗したために外交問題にしてしまい、そのシステムをぶち壊したのは文氏自身」


「その認識はあっても自覚と反省をする勇気がないのだ。政治的リスクを避けるのに必死なだけだ」


 こうした見解は、朝鮮日報や中央日報といった保守系主要紙も指摘している。



ナショナリズム、自由民主主義、愛国心の相関関係

 文在寅大統領を太平洋の対岸から見ていると、もう一つ気づくことがある。


 韓国の一般大衆心理をつかむうえで文氏は、ナショナリズムを「Patroitism (愛国心)」に巧みにすり替えている点だ。


 その一方、過去において韓国政治にはつきものだった軍事独裁政権や大企業癒着政権ではない「Liberal Democracy(自由民主主義)」に立脚した政権であることを錦の御旗にしてきた。


「欧米の世論にはアジアやアフリカなどに極右政権ができることを忌み嫌うが、リベラルの仮面をつけた左派を大目にみるところがある。政権当初、文在寅氏がある程度歓迎されたのはそのためだ」(前述の韓国人教授)


 日頃、我々がさりげなく使っている「ナショナリズム」「自由民主主義」「愛国心(愛国主義)」――。この関係はどう絡み合っているのか。


 ハーバード大学の教授でジャーナリストのジル・レポア博士が、この問いかけに新著の中で一つの回答を出している。


 本のタイトルは、『This America: The Case for the Nation』(このアメリカ:国家としての十分な論拠)。


 ルポア博士は長年ハーバード大学で近代史を教える傍ら高級誌「ニューヨーカー」に寄稿を続けるる著名な女流学者。ピューリッツアー賞歴史部門で何度かノミネートされている。


 政治思想的には中道リベラル派、反トランプ大統領であることは言うまでもない。


 著者は、1989年に歴史学者フランシス・フクヤマ氏が著した『The End of History and the Last Man』(歴史の終わり)を取り上げてこう書き始める。



「フクヤマ氏は、冷戦構造の崩壊によりファシズムもコミュニズムも死滅し、欧州ではナショナリズムも古びたものになってしまったと言い切った」


「だがその後の世界はどうだったか」


「ロシアにはウラジーミル・プーチン大統領、トルコではレジエップ・タイイップ・エルドアン大統領、ハンガリーにはオルバン・ビクトル首相、フランスにはマリーヌ・ル・ペン国民戦線党首、ポーランドにはヤロスワフ・カチンスキ大統領(すでに墜落死)、フィリピンにはロドリゴ・デテルテ大統領がそれぞれ権力の座を占めた」


「みなナショナリズムを旗印に堂々と選挙に挑み、国民の審判を受けて選ばれたナショナリストたちだ」


「だがこれらの指導者たちは政権に就くや、反対勢力を排除した。中には抑圧や弾圧をする為政者も出ている」


「英国は欧州連合(EU)離脱を決定、米国にはドナルド・トランプ氏が大統領に当選した」


「英国はナショナリズムを唱える一般大衆が国民投票でEU離脱を指導者に突きつけた。米国でも一般大衆が『米国第一主義』を訴えるトランプ氏に票を投じた」


「フクヤマ氏の予言とは裏腹にナショナリズムは古びるどころか再生し、勢いを増しているのだ」

 彼女の論理を東アジアに当てはめてみれば、韓国の文在寅大統領も就任後、徹底した反日路線を進め、過去において日本と関係のあった韓国人を追放したり、処罰している。反対勢力を排除する手口は他の右翼独裁者とあまり変わりはない。


 また中国の習近平国家主席の場合は一般国民による選挙はまさに見せかけの選挙に過ぎない。中国共産党一党独裁体制は自由民主主義とは程遠いとしか言いようがない。




歴史学者ディグラー博士の警告


 「ナショナリズムは死滅せず」

 いったいなぜ、フクシマ氏は間違ってしまったのか。著者は米歴史学者カール・ディグラー教授を引用してこう指摘している。


「フクヤマ氏よりも30年も前に警鐘を鳴らしていたのは米歴史学者のカール・ディグラー博士*1だった」


 ディグラ―博士はこう述べていた。


「『ナショナリズムは死滅などしない。知識人たちがナショナリズムは再生などしないと憂慮せず、無視していれば、やがて我々はナショナリズムの台頭を許すだけでなく、闘う能力すらなくしてしまうだろう』」


*1=ディグラ―博士(1921~2014)はスタンフォード大学名誉教授。『Neither Black nor White』(1971)ピューリッツアー賞を受賞。1959年に著した『Out of Our Past』は全米の高校、大学で米国歴史の参考書として今も使われている。米歴史協会会長。


 そのうえで著者は、こう言い切る。


「コミュニズムの崩壊は、『Liberal Democracy(自由民主主義)』を劇的に増進させるか、あるいはナショナリズムの反乱を呼び覚ますかだった」


「一部識者はコミュニズムの崩壊は矛盾した事象を生じさせると予見した。つまりナショナリズムは根本的には自由民主主義に相反するものだからだというのだった」


 ナショナリズムと自由民主主義との関係について著者はこう述べている。


「ナショナリズムには後ろ向きで、野蛮で、非合理的、未成熟といった語彙と関連づけられる」

「これに対して自由民主主義という言葉には、『優れたこと、上品なこと、プログレッシブで合理的』といった響きとニュアンスがある」


「不合理なナショナリズムは民主主義にとって信頼できる選択肢とはなり得ないということだ。両者は水と油なのだ」




自由主義的と偏狭的ナショナリズム

 もっとも著者はナショナリズムにはいくつかの類型がある点を指摘することを忘れていない。


「一つは、『Liberal Nationalism(自由主義的ナショナリズム)』。もう一つは『Intolerant Nationalism(偏狭的ナショナリズム)』だ」


「前者は自由、公正で、包含的。そしてリベラルな政府を支持する国民の抱いているナショナリズム」


「後者は、自己中心的で排他主義、偏狭な民族愛・郷土愛としてのナショナリズムだ。この種のナショナリズムは時として攻撃的となる」


「ただ施政者がナショナリズムを標榜する場合、常に普遍的ではない。時と場合によってはこの2つのナショナリズムが同じ施政者の決定過程で変わってくるからだ」


「米国のナショナリズムは20世紀の初頭10年間は、経済面からのナショナリズムに終始した。その後第1次大戦では一般大衆によって掻き立てられたナショナリズムによって米国は参戦した」


「第2次大戦時に米国が見せたナショナリズムはまさに2面性を露呈した」


「参戦を決断したフランクリン・ルーズベルト第32代大統領はまさに『Patriotic Dr.Jekyll』(愛国主義的ジキル博士)だったが、戦時中日系人を強制収容所にぶち込んだ大統領は、『Nationalist Mr.Hyde』(ナショナリスト的ハイド氏)だった」


 ここに登場するPatriotism(愛国心、愛国主義)と Nationalism(ナショナリズム)とはどこが、どう違うのか。


 著者によれば、「愛によって吹き込まれ、愛が宿ってその働きを司る」のが愛国心だという。


 これに対して「憎しみ、憎悪によって吹き込まれ、活気づけられている」のがナショナリズムだというのだ。


 ルーズベルト大統領の日系人に対する非人道的な措置は、言ってれば、真珠湾攻撃を仕かけた日本人に対する憎悪から生まれたというわけだ。




韓国ナショナリズムの底辺に潜む「恨」思想

 だが、愛国心にもいくつかの類型はある。


 ナショナリズムと相通ずる「Fanatic Patriotism (狂信的愛国心)」もあれば、「Level-headed Patriot(コモンセンスのある穏健な愛国心)」や「Civic Patriotism(市民的愛国心)」もある。


 今、文在寅大統領および文政権に見られる強硬な反日スタンスは、「憎悪によって吹き込まれたナショナリズム」あるいは「狂信的な愛国心」から出ていることは明らかだ。


 コリアンの場合、その憎悪が朝鮮文化の思考様式の根幹になっている「恨」(ハン)と結びついているところに根の深さがあるに違いない。


 歴史学者の古田博司氏*2は、「恨」について「責任を他者に押しつけられない状況の下で階層型秩序で下位に置かれた不満の累積とその解消願望だ」と分析している。


*2=著書『朝鮮民族を読み解く』(ちくま学芸文庫、2005年)


 最後に前述の米主要紙の前ソウル特派員の岡目八目的な解説だ。


「文在寅大統領の政権がいかに自由民主主義体制を確立させようとしても、底流に『恨』思想が潜んでいる偏狭的ナショナリズムが存在する限り、欧米型『自由民主主義』の具現化は難しいだろう」

 こう見てくると、文在寅大統領とその側近、そして司法、立法に携わる韓国エリートが直面する日韓問題を解決する道は、文氏自身、韓国人自身の「恨」思考のコペルニクス的転換以外にないような気がしてならない。


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