2020年2月9日、ハリウッドで開かれた第92回アカデミー賞授賞式は、韓国映画「パラサイト 半地下の家族」が外国語(非英語)の映画として初めて作品賞など4部門を受賞した。
アジア映画の快挙だが、受賞の陰には、韓国の財閥CJグループの全面的な支援があった。
アカデミー賞作品賞が決まって奉俊昊(ポン・ジュノ=1969年生)監督や出演者が壇上に駆け上がった際、周辺に促されて一人の女性も壇上に上がり涙を流して喜んだ。
受賞の陰の主役
この女性こそ、韓国CJグループの李美敬(イ・ミギョン=1958年生)副会長だ。
同氏は、「パラサイト」のチーフ・プロデューサー(CP)という肩書も持つ。だが、それ以上の全面的な支援があって今回の受賞が実現した。
CJグループは、「パラサイト」の制作配給会社だ。制作費を投資し、配給、興行業務などもすべて支援した。
映画がヒットしたのは、もちろん、監督、脚本、俳優、その他スタッフの力によるが、それだけではない。国際的な賞の受賞となると、さらに「大きな支援」が欠かせない。
韓国メディアによれば、アカデミー賞の場合、8400人もの映画芸術科学アカデミー会員の投票で決まるという。
ということは、巨額の資金を使った広報宣伝業務が必要だが、これをすべてCJグループが引き受けた。
韓国の産業界では「アカデミー賞受賞の陰の主役はCJと李美敬副会長」という見方が多い。
サムスンから分離 14位の財閥に
では、このCJグループとは一体何か?
2019年5月に韓国公正取引委員会がまとめた「大規模企業集団現況」によると、CJグループの資産規模は31兆1360億ウォン(1円=11ウォン)。韓国で14位の「大規模企業集団」だ。
CJというのは、韓国語で「チェイルチェダン」が語源だ。日本語に訳すと第一製糖、つまり砂糖を主力とする企業だったという意味だ。
第一製糖は実は、サムスングループの主力企業の一つだったのだ。
サムスングループから系列分離を経て今のCJになった。
この経緯は興味深い。サムスングループの創業者は、李秉喆(イ・ビョンチョル=1910~87年)氏。
当初は、長男の李孟熙(イ・メンヒ=1931~2015年)氏を後継者と考えていたが、親子間で対立が起き、結局、三男だった李健熙(イ・ゴンヒ=1942年生)氏が後継者になった。
李秉喆氏と長男の李孟熙氏は1987年に李秉喆氏が死去するまで和解することはなかった。父親の逆鱗に触れた李孟熙氏は2015年に死去するまで経営の一線に戻ることはなかった。
李健熙体制が確立した後、サムスングループは、兄弟間で事業の分離を進める。この一環で、第一製糖は、1993年に李孟熙氏の子供たちに継承させることになった。
ちなみに、李秉喆氏の長男だった李孟熙氏と李健熙氏もその後、資産相続をめぐって対立し、李孟熙氏が死去するまで2人が和解することもなかった。
姉弟で協力
第一製糖を継承したのは、李孟熙氏の長男である李在賢(イ・ジェヒョン=1960年生)氏(現在の会長)。同氏の姉が、今の副会長である李美敬氏だった。
姉弟関係といえば、激しく対立する大韓航空オーナー家を思い出すが、この2人はお互いに協力しながらグループを大きくしていく。
さて、第一製糖を継承した李在賢氏と姉の李美敬氏は何を考えたか。
グループ名を「CJ」として、成長戦略を描く。
砂糖という安定事業と関連の調味料、食品事業に加えて何を新たな成長分野に育てるか。物流、バイオなどと並んで姉弟が目をつけたのが、エンターテインメントだった。
その原点は、2人の祖父で、サムスン創業者である李秉喆氏の哲学があった。
「事業報国」
「文化報国」
李秉喆氏は、事業を成功させることで国全体を発展させることを夢見た。同時に「文化が発展しない国は発展しない」と語り、文化事業に高い関心を示していた。
美術館を開設するなど社会活動を積極化させたほか、今は独立している「中央日報」を創刊し、放送事業にも乗り出した。
CJグループにとっても創業者は李秉喆氏だ。姉弟は「文化」をキーワードに事業化を進めた。
先兵となったのは、米国生活が長い李美敬氏だった。ハリウッドで人脈を築く。
1995年、まだ無名だったCJはエンターテインメント業界を驚かせる。設立したばかりのドリームワークスに3億ドルの出資を発表したからだ。
李美敬氏は、以降もハリウッドで着々と人脈を広げる。
2019年秋、映画芸術科学アカデミーは、アカデミー博物館の理事を選任した。この一人に李美敬氏の名前もあった。李美敬氏は今やハリウッドの有力者として定着しているのだ。
一方で、李在賢会長は、韓国内では、シネマコンプレックス「CGV」事業をスタートさせる。さらに、映画制作にも積極的に乗り出す。
また、CATV向けの番組供給会社を次々と設立し、メディア企業としても急拡大する。25年間にわたって、着々と投資を重ねてきたのだ。
韓国メディアによると、この間にCJグループによるこうした「文化事業」対する投資額は累計で7兆5000億ウォンに達するという。300本以上の映画に投資もしている。
こうした中で、今回アカデミー賞を受賞したポン・ジュノ監督の作品にも相次いで投資して支援してきた。
売上高1兆2000億から30兆ウォンに
CJグループの役員はこう話す。
「1993年に第一製糖が分離した時の売上高は1兆2000億ウォンだった。2018年基準で、CJグループの売上高は30兆ウォンに急成長した」
「食料・食品、物流が手堅く成長し、投資がかさむ文化事業を支えた。文化事業も6兆ウォン近い売上高に達している」
25年間でものすごい成長ぶりで、多角化とM&Aによる拡大戦略がこれまでのところ大成功した。
もちろん、独立以降、姉弟にとって良いことばかりが続いたわけではない。
李在賢会長は、背任や横領で2015年に懲役2年6か月、罰金252億ウォンという実刑判決を受け、2016年8月に特赦を受けるまで経営の一線から離れた。
この間、健康状態も悪化し、一時は経営復帰を危ぶむ声さえあった。
一方で弟を支えるべきはずだった李美敬氏は、「左派偏向の映画やテレビ番組を制作した」などの理由で朴槿恵(パク・クネ=1952年生)政権からにらまれた。
「退任」を要求され、事実上、一時的に経営の一線から離れざるを得なかった。
事業面でも、超積極投資を加速させ食品分野で相次いで積極的なM&Aを仕かけ、借入金が膨れ上がって一時は「財務健全性」を問われることになった。