韓国的新型コロナ対策――監視と感染抑止のジレンマ
日本でもできること、できないこと
朝日新聞, 2020年04月07日
白服に制圧される街、地下にもぐる人々
新型コロナウイルス対策で加速する韓国政府はコーナーを曲がりきれるか
3月末、韓国南部の大邱市で起きた新興宗教団体での集団感染は、それまでスマートな対応を見せてきた韓国政府・疾病管理本部を大混乱に陥れた。
「あの31番患者が原因なのよね」
当時の韓国ではそう言われもしたが、それは確定診断の結果の順番にすぎず、31番、33番、34番、35番……と続く「確定診断者」(確診者、日本でいう「感染者」)のほとんどが新天地イエス教大邱教会の信者たちだった。人口250万の都市に連日100人、200人と新規の「確診者」が発生した。病院はどこもパンク状態となり、あわや医療崩壊とまでいわれた。
そこから危機を脱するまでの10日の間、政府は大きなルール変更を行った。病院とは別の隔離施設(生活治療センター)を開設し、軽症者はそちらで管理することで病床を確保した。また屋外テントなどを利用しての外来の分離、さらに医療従事者と患者の双方を感染から守るための「ドライブスルー検査」も世界に先駆けて実施された。
「スピード」が医療崩壊を食い止めた。
政府当局と医療関係者が奮闘する一方で、一般の人々は恐怖した。集団感染の現場となった新興宗教団体は、韓国で暮らしていれば誰もが一度は聞いたことがある団体で、若い信者も多い。新天地の教会は全国にあり、それは感染の全国拡大を意味するかもしれないと思ったのだ。
ところで、私が「怖い」と思ったのは、それとは全く別の理由だった。
それは2月下旬に韓国人がツイッターにアップした動画だった。釜山にあるチムジルバン(韓国式サウナ)の休憩室、いきなり入ってきた白い防護服の男に、くつろいでいた人々は凍りついた。
実は大邱市の新興宗教団体関係の「確診者」の1人は中国から来た信者で、このチムジルバンに泊まっていた。そこでここが防疫の対象となったのだ。韓国のチムジルバンは24時間営業のため、終電後の宿泊や休憩に利用されることも多い。
「これ、仕事サボっている営業さんとかもいたよね」
「みんなチムジル服のまま、隔離されちゃったのかな?」
前回も書いたように、今回の新型コロナ対策において、韓国政府の方針は「徹底的な情報公開」だった。そこで感染の確定診断をうけた人々の動線は全て、細かく公開されるのが原則だ。名前こそ伏せられ、代わりに通し番号での公開だったが、それでも家族や同僚など身近な人はそれが誰だが知っている。
新型コロナウイルス対策で加速する韓国政府はコーナーを曲がりきれるか
「◯番患者さんは、何時にどの地下鉄に乗って、どこで何を食べて、どこで買い物をして……」
「買い物した後で、そのまま家に帰ったのですか?」
「そこは、現在確認中です」
まだ確診者が少なかった初期の段階では、疾病管理本部は記者会見で細かく質問に答えていた。それが31番患者(つまり大邱市での集団感染)以降は、ホームページでの発表に切り替わった。ただ、その詳細さについては、4月3日に確診者が全国で1万人を超えた現在も同じだ。ひとりひとりの動線の細かい確認と公開は続いている。
それは地域ごとの検索も可能であり、たとえば◯◯市◯◯区をクリックすれば、自分のエリア近くの確診者の動きが確認できる。立ち寄った食堂やスーパーなども「◯月◯日に確診者が立ち寄り、その後の店舗は休業措置。消毒作業などを済ませた後、◯月◯日に再オープン」といった具合だ。ちなみに、先のチムジルパンを利用した人は「釜山7番患者」として検索が可能だ。
プライバシー保護と徹底検疫のジレンマ
この公開原則がどれほど徹底しているか、具体的な例として3月21日に最寄りのスーパーから私のスマホにきたメッセージを日本語に翻訳してみる。すでに他でも紹介したが、これが一番わかりやすいようだ。
3月21日に保健所から、「新型コロナ19確診者」が当店に立ち寄ったとの通報を受けました。以下がその内容です。
(監視カメラによる確認事項)
①3月18日午後4時12分頃 駐車場側の入口から来店(接触者なし/マスクおよび手袋着用)
②3月18日午後4時12分~15分 干し唐辛子を購入後、セルフ計算台を利用(接触者なし/マスクおよび手袋着用)
③3月18日午後4時15分~16分 正面玄関から退店 (接触者なし/マスクおよび手袋着用)
総滞在時間4分
当店では、以下の措置を実行します。
1. 臨時休業 3月21日20時~22日
A.防疫専門業者による防疫および消毒
B.職員と店主の健康状態の確認
C.店舗の安全点検
2. 再開店日 3月23日(10:00)
この情報は、保健所でのPCR検査(陽性)→保険証→住民番号→クレジットカード→監視カメラで得られている。韓国の住民番号はクレジットカードはもちろん、携帯電話やパスポートなど、すべてのものにつながっている。現在は、住民番号さえあれば、保健所や病院で、その個人の海外渡航歴まですべて知ることができる。
台湾なども同じシステムのようだが、日本のマイナンバーにはこのような機能はないだろう。別のメディアで紹介したところ様々な疑問が寄せられたが、主な関心は次の3つだと思う。
1、韓国の人は1つの番号ですべて管理されることに抵抗感はないのか?
2、個人のプライバシー保護という観点は考慮しないのか?3、さらされるのが怖くて、地下に潜伏する人がいるんじゃないか?
答えは総選挙で
このうち3については、冒頭に記した2月末の釜山のチムジルバンの画像を見た時に、いちばん心配になったことだ。実際に集団感染の原因を作った宗教団体の信者の中には、行方がわからなくなった人たちもいた。家族に内緒で入信した若者たちも少なくなかったのだ。
宗教活動に限らず、家族や会社に知られたくない行動をとる人もいるだろう。
「それはいるでしょうね。そういう人たちにとっては、病気になるよりも自分の行動がバレることの方が怖いかもしれない」
「そうですよ。だから絶対にコロナに罹りたくない」
友人たちとそんな会話をする中で気がついた。ああ、これは抑止力にもなる。理由はともあれ「コロナに罹りたくない」と感染を警戒して、注意深い生活をすることは、感染拡大の防止に効果がある。怪しい行動が自粛されることは、政府が望むところだ。ちなみに韓国政府は欧米式ロックダウン(都市封鎖)のような強制措置はとっていない。人々の移動や、商業施設の営業なども、全て自主判断に任されている(学校だけは休校措置が延長している)。
「それが、韓国民主主義の誇りなんです」
現政権を強く支持する韓国人の友人は、そう言って胸を張る。したがって、4月15日の総選挙も実施される。
では、1と2に関してはどうだろう? 私個人は1には慣れてしまった。日本のように印鑑がどうとか、戸籍抄本がどうとか、と手続きのたびに言われる方がストレスになる。一方で2に関しては、非常に抵抗感がある。
この件に関して、ニューヨーク・タイムズの3月23日付の記事、「韓国はどうやって感染拡大を抑えたか」にも言及がある。
記事では韓国のとった対策を3つに分けている。
レッスン1:危機に瀕する前に、迅速に介入する
レッスン2:検査は早期に、頻繁に、安全に
レッスン3:追跡、隔離、監視
レッスン1、2までは今すぐにでも参考にすべきだが、3についてはやはり躊躇する。
「韓国人はプライバシーの喪失を必要なトレードオフとして広く受け入れています」
さて、これらについての韓国の人々の総意は、4月15日の総選挙にどのように反映されるだろうか? ちなみに4月に入ってから、韓国での確定診断者数は1日100名ほどで落ち着いており、日本のような上昇カーブは出ていない。また、首都ソウルの累積患者数は4月6日現在563名、東京は1116名と発表されており、既にソウルを超えてしまっている。
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