コロナと徴兵制
韓国や台湾の封じ込めから日本は何を学べるか
朝日新聞
2020年04月23日
韓国の新型コロナウイルスの封じ込め対策が世界から賞賛を浴びている。
当初は韓国第三の都市である大邱でのアウトブレイクが深刻な状態になっていたが、そこからいち早くPCR検査を広く実施するなどの対応を行った。また罹患者の個人情報と行動履歴などを公開し、その接触者に対して検査を徹底的に行うなどの対策が成功したようだ。現在では、国民の行動制限なども緩和することが可能になっている。今後、世界で新型コロナウイルス対策のモデルケースのひとつとなるだろう。
新型コロナ対応に成功した国の共通点
韓国の防疫対策といえば思い出すことがある。昨年、韓国に行った時に、これまで行ったことがなかった北朝鮮との軍事境界線に行ってみようと思い立った。この軍事境界線へ行くのはツアーでないと行けないことになっているため、韓国政府公認の旅行社に連絡すると、ツアーはしばらく中止されているという。豚インフルエンザの流行が確認されているため、その地域はすべて韓国軍によって封鎖されているというのだ。
軍事境界線であるからには軍隊が伝染病対策のための「ロックダウン」をするのは当たり前なのだろうと、この時はさして違和感はもたなかった。しかし、この意味は今になってわかった。
新型コロナウイルスへの対応が成功しているといわれている国には共通点がある。
世評で言われているところでは、韓国・台湾・ベトナム・ノルウェー・イスラエル・フィンランド・デンマーク。
シンガポールもここに加えていいかもしれないが、現在はシンガポールが対策を積極的にこうじなかった外国人労働者の感染クラスターが増えてきているとのこと。ひとまずシンガポールは置いておく。
これらの国の共通点は何かといえば、すべて徴兵制の国だ(台湾は2018年に徴兵を取りやめたが、現在でもその代わりに4カ月の訓練期間を男子に課している)。
もうひとつ、国境を接した他国に比較して封じ込めに成功していると言われている国にはドイツがある。ドイツは現在は徴兵制は施行されていいないが、最近の2014年までは兵役は義務化されていた。
今度は、現在なすすべもなく新型コロナウイルスの猛威が吹き荒れている国々を見てみよう。死者数が1万人を超えているのは、アメリカ・イタリア・スペイン・フランス・イギリス。
この国々に共通なのは、すでに長いこと徴兵制をやめている国か、少なくとも21世紀の初頭に徴兵制を廃止し20年近くが経過した国々である。
徴兵制というのは、国民皆兵のコンセプトでの戦時動員体制の基本である。常備軍として現役兵と、軍事訓練を受けた男性の全国民が有事に動員できる予備役となる。それは国家の存亡をかけた総力戦を可能とする。何時いかなる時でも、国民はすべて戦時体制に移行できるということだ。
軍隊と疫病対策
21世紀になってから軍事分野で特に注目されてきたのはバイオテロである。伝染病などをつかったテロは、被害は小規模にとどまるとはいえ、世界で頻発してきていたからだ。その先駆けとなったのは日本のオウム真理教事件であるが、古代ギリシアの昔から、細菌兵器(生物兵器)といわれるものは使われてきた。旧日本軍の731部隊もこのひとつである。
伝染病対策という観点からいえば、19世紀から一般市民に至るまでの疫病対策が著しく進んだのは軍事に大いに関係がある。20世紀の初頭まで、動員された兵士の死因は、戦場での戦死者よりも、伝染病による病死者のほうが多いのが珍しくなかったからである。
ロバート・マクニールの『疾病と世界史』(中央公論社)では、近代のイギリス軍とフランス軍の事例をあげている。例えばクリミア戦争(1853年)ではイギリス軍は戦死者よりも赤痢での病死者のほうがはるかに多く、ボーア戦争(1899年)では疫病を原因とする病死者が戦死者の5倍にものぼったという。普仏戦争(1870年)のフランス軍は天然痘により2万人の病死者を出した。一方のプロシア軍は兵に予防接種していたため天然痘患者が少なく、これが勝因のひとつとされた。
日露戦争の日本軍は疫病対策に取り組んだ世界のモデルケースとなり、世界最初に戦病者数が戦死者数より少なくなった戦争といわれた。各国はこれを見習い疾病と疫病対策を進めたが、一方で日本軍はこれをアップデートすることはなかった。そうしてマラリアなどの疫病が日常のこととなっている南洋に進出した日本軍の死者のうち、約半数の死者は戦病死であったといわれている。このうちの相当の部分は、マラリアやチフスや赤痢などの伝染病が原因と考えてよいだろう。
国民皆兵制から総力戦体制に至って軍事医学行政は進歩した。それが軍事力を維持するためになくてはならないものと認識されたからである。アメリカはその先進国のひとつであった。
この疫病対策で得られた軍事医学行政を動員して成功をおさめたのが、アメリカの軍事戦略上のパイオニア的な事業であるパナマ運河(1914年)の開通だった。
パナマ運河の工事にとりかかったのは、最初はフランスだった。スエズ運河の建設に成功したフランスは、国家プロジェクトとしてパナマ運河の工事に乗り出したが、当時の熱帯地域の宿痾ともいえるマラリアと黄熱病ウイルスにより労働者が次々と死んでいくことになって挫折した。
一方、後を引き継いだアメリカは、徹底的に蚊の駆除をした。マラリアも黄熱病ウイルスも蚊を媒介とした伝染病である。これによりパナマ運河は太平洋と大西洋を結ぶ、アメリカの経済と軍事の拠点となって現在に至る。アメリカの現在の覇権は、梅毒の薬であるペニシリン、マラリアの特効薬キニーネ、蚊の駆除剤であるDDTなどの疫病対策とともにつくられたといっても過言ではない。
総力戦体制のなかで、国家の軍事力は現役兵と予備役からなる兵力が担保していた。大きな常備軍を平時でも維持するのは、コスト的には却って国力を消耗する。そのため、一定の訓練を施した国民をストックとして、社会活動をしながら保持する。いざというときには、これらを動員して難局にあたるのが経済的である。
医師の「戦時動員」
各国によって徴兵制には様々なバリエーションがある。韓国の場合は陸海空の兵種によって違うが2年前後の兵役が義務付けられている。このなかで注目されるのは、医師がこのシステムのなかに位置づけられているということだ。
そして、今回の新型コロナウイルスのパンデミックにおいて、この医師の「戦時動員」を行ったのが韓国というわけである。
公衆保険医は、徴兵制に基づいて生まれた存在だ。韓国では男性に対して徴兵が義務付けられているが、医学部を卒業して医師国家試験に合格した男性の場合、医療が整っていない地方などで医師として3年間診療すれば、兵役を務めたと見なされるのだ。新型コロナウイルスの蔓延を受けて、韓国政府はこの公衆保険医をコロナ対策の最前線で働くよう命じた。しかも今年公衆保険医になる予定だった人も、講習をすっ飛ばして現場に派遣したのだ。最前線に投入された人数は、何と合計2700人以上である。日本全国の保健所に常勤する医師が728人(平成30年厚生労働白書より)である事を見れば、その数がいかに膨大か分かる
「韓国式大量検査は徴兵制の賜物…新型コロナが揺さぶる「自由」の価値 」(FNN PRIME onLINE)
バイオテロや生物兵器に対する対策は、現代の軍隊では必須のものだろう。クルーズ船のダイヤモンドプリンセス号で罹患者が続発して、乗客が隔離された際には様々な混乱を招いた。厚生労働省はこれで世界中から非難を浴びた。そこで出てきたのが自衛隊である。
のべ2700人の自衛隊員を投入し、さらには「対特殊武器衛生隊」も投入された。一般の自衛隊員はもちろん基本的に防疫対策を訓練されているだろうし、さらには「対特殊武器衛生隊」はバイオテロや生物兵器のスペシャリストである。おそらく、日本国内でさらなるオーバーシュートが起き、地方行政が「医療崩壊」により対応が不可能になるようなことがあれば、自衛隊はもう一度出てくるのではないかとも想像できる。
韓国でもこの自衛隊と同種のスペシャリストの部隊は投入されているだろう。さらには戦時体制のなかにある公衆保険医も動員された。そしてこの防疫体制は、国境を面した北朝鮮との有事に想定されていたものだろう。北朝鮮がバイオテロや生物兵器の使用を行うのではないかというのは、すでに指摘されつづけてきたことである。
韓国は、それでなくとも2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)、2015年の中東呼吸器症候群(MERS)を経験し、高病原性鳥インフルエンザは最近でも韓国国内に頻発している。2013年に公開された韓国映画『FLU 運命の36時間』は、鳥インフルエンザの変種が韓国の都市でアウトブレイクし、そのために都市が封鎖されるパニック映画である。観客動員300万人の大ヒットとなったということだ。それぐらいに伝染病については身近に感じているのかれしれない。この映画の中の強いリーダーシップをもって事態の解決に奮闘する大統領の姿を、現実の文在寅大統領に重ね合わせた人も韓国では多いのではないか。
徴兵制に基づいた戦時動員ができる国で、この20年に幾度も中国発の疫病の対策に追われたということでは、台湾もシンガポールも同様である。SARSがアウトブレイク寸前になった経験があるベトナムも、疫病に対する備えは国家レベルで行ってきているはずだ。さらには、いざという時の総力戦のシミュレーションで、21世紀になってから必須となったバイオテロや生物兵器に対する対策や動員の方法も計画されているだろう。
これが日本との決定的な違いである。
10年以上前から認識されていた日本の弱点
日本では、1997年の致死性の高い鳥インフルエンザの流行によって、抗ウイルス薬やワクチン、さらには行動計画までもがつくられるようになった。しかし、それは必ずしもその必要性が共有されたわけではない。そこで2009年に「新型インフルエンザ対策行動計画」が厚労省によって作られた。その時点で、現在の新型コロナウイルス対策に通じる弱点は認識されていた。
新型インフルエンザにより日本国内で危機的な状況になるとするシミュレーションはもちろんあった。
新型コロナウイルス感染症対策専門家会議のメンバーでメディアなどでも知られるようになった東北大学の押谷仁教授は、日本において次にパンデミックが来たときの想定として、罹患率が全国民の20%でのシミュレーションで軽度の致死率0.1%の場合は死亡者は2500人、スペイン風邪の2.0%の場合は50万人としている。
「九都県市共同での新型インフルエンザ等対策研修会資料」
押谷教授は、パンデミックは歴史上繰り返し起きてきていて、パンデミックが出現しなくなる理由は何もないともこの資料では付け加えている。
日本は感染症の危機管理が遅れています。日本では、感染症の危機というものがここ十数年ありませんでした。そういうなかで、感染症の危機管理体制が十分に構築されてこなかった面があると思います。
(中略)
日本では、医療の効率化の問題でICUが削減される傾向にあります。地方によってはICUのベッドがまったくないところもあります。大都市でもベッドの空きが非常に少ない状況にあります。また、医師不足や医療崩壊といったことも近年大きな社会問題になっています。
『パンデミックとたたかう(岩波新書)』(押谷仁・瀬名秀明著)
人工呼吸器を含め重症者に対する医療体制の確保は日本でも大きな問題だと思います。患者が重症化した場合、生存の可能性が1%でもある限り救命措置をします。ところが日本では、ICUは収支の見合わない医療のため、数が減少しています。たくさんの医師、看護師を雇ってICUを維持するのは大きな負担なのです。
『新型インフルエンザはなせ恐ろしいのか(NHK出版)』(押谷仁・瀬名秀明著)
パンデミックが起きたとき、医師も人工呼吸器もICUも、さらにはその他の医療品も足りないのは10年以上前からわかっていたことなのである。
戦時体制をとれない日本ではどうすればよいのか
2009年の「新型インフルエンザ対策行動計画」は、その後法的な整備につながり「新型インフルエンザ等対策特別措置法感染症法」が2013年に施行される。この法案の参議院本会議の採決では共産党と社民党は反対票を投じ、自民党は欠席している。共産党と社民党の反対理由は、緊急時の私権の制限についての審議が不十分であるということであった。
この法律によれば、新型インフルエンザ等の対策の実施主体は各都道府県の自治体である。だが、次の波に備える対策の必要性が自治体や医療現場に伝わったとはいえない。現在、前述のパンデミックの様々な医療機器や設備が不足しつつあることを見ればわかるとおりだ。
しかも前述の次のパンデミック危機のシミュレーションの規模にまだほど遠いのに、この状態である。疫病管理を訓練された医師も人工呼吸器もICUもその他の医療用品の備蓄も足りないのは、皆知っていた話なのにである。
韓国にしろ台湾にしろ、このようなパンデミックの時に医療リソースの不足は戦時体制として総動員で対処することが出来たのである。日本の場合は、そのような戦時体制はとれない。すると、どうすればよいのであろうか。どうすればよかったのであろうか。
念のために断っておくが、日本でも徴兵制が必要だとか、非常時の国防の一環として防疫を組み入れるべきだ、というような主張を私はしているわけではない。
この新型コロナウイルスパニックをうまく対応している国は、戦争時の総動員のシステムと準軍事力のリソースと、さらには生物兵器やバイオテロを想定した知識を使って対応しているという事実をまずは確認したいのである。
そうしないと韓国や台湾のような優れた新型コロナウイルスの封じ込め対策のうち、何が日本で適用できるかはわからないし、政府や地方行政や諮問機関などに過剰な期待や、それが裏返った無闇な批判や意味のない精神論が横行してしまうだけだろう。
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