オンラインがあぶり出す大学の真の課題
教員個人の問題ではなく、組織の在り方が問われている
朝日新聞
2020年09月23日
例年よりも人数を大幅に減らして実施された名古屋学院大・名古屋キャンパスのオープンキャンパス・模擬講義=2020年7月11日、名古屋市熱田区、佐藤剛志撮影
「授業の質が学費に見合っていない」という怒りの声がついに学生たちから上がった(MBSニュース9月14日)。関西学院大学4年生が学生や保護者137人を対象に行ったアンケートの結果、「コロナ禍での授業は学費にふさわしいか?」で84%が「いいえ」と答えたという。8月には立命館大学でも学部生の約1割が退学を考えているというアンケート結果が公表され、その背景として「対面授業や課外活動が制限された上、学費への不満や経済的な不安が大きいこと」が挙げられている(日本経済新聞8月20日)。
2020年度前期はとにかくオンラインでもなんでも授業をやるしかない!とそれまで対面授業しか行ったことのない多くの大学教員が必死で遠隔授業に取り組んできた。学生もその大変さをよくわかってくれていたと思う。しかし、後期が始まりつつある今、「あの授業をまた受けるのか」という、いよいよ「授業そのもの」に対する学生の失望が冒頭のアンケートの結果に表れたのであろう。
遠隔授業があぶり出す教員の授業力
正直なところ、コロナ禍の影響によって強いられた突然の授業形態の変更は、教員がそれまでどの程度、授業のデザインを丁寧に行っていたか否かをあぶり出す結果となっている(立教大学経営学部中原淳研究室ブログ)。立教大学教授の中原淳氏の「元々あった能力差がさらに広がっている」という指摘は、筆者も様々なエピソードを聞くにつれ、また自分自身が改めてオンライン授業を企画・実施する際にも同感する。
筆者が講師となって大学の教員対象に行ったオンライン授業の研修においても、全体の約3割が「コロナ禍以前から授業全体、および毎回の授業デザインを丁寧に行っていた」と答えている一方で、約1/4は「授業シラバスを作るくらい」、7%は「行き当たりばったりだった」と回答した(図1)。さらに、「回答せず」が全体の1/4もあった。
自由参加形態のこのような研修に参加している教員は「オンライン授業を何とかうまくやりたい」という意欲を持った、いわゆる意識が高いグループであり、その陰には研修に参加しない何倍もの教員が実際は存在していた。そのことを加味すると、全体のごく少数がコロナ禍以前から授業をしっかり行っていたと推測される。残りの大多数は、シラバス程度、あるいは行き当たりばったりな授業を行っていても、何とかなっていたのがこれまでの「対面授業」なのである。
「その場しのぎの授業」から「新しいスタイルの授業」を模索する転換点
この半年、授業をどう守るかはひとえに教員個人の力量に委ねられていたと言っても過言ではないだろう。いきなりコロナ禍の波にもまれた大学教員の様々な苦悩がネット上にも溢れ(論座『コロナ禍の大学、教員コミュニティが映す現実』)、なんとか良いオンライン授業を展開しようという教員の苦労が垣間見える。しかし、その実態はオンライン授業―ここでは「ライブ配信」、及び録画して配信する「オンデマンド」の2つを指す―以外に「課題が提出されるだけの授業」まで含めて「遠隔授業」と位置づけられ、多くの大学ではこの3つのスタイルから教員がどれかを選んで、あるいは大学から指定されて、授業を行っていた。
後期が始まろうとしている今、そしてコロナ禍がいつまで続くかわからないという不確定な要素を抱えている現状で、「とりあえず、その場しのぎのオンライン」というこの半年のやり方をいつまでも続ける訳にはいかないだろう。「今」が、これまでの大学教育の在り方を根本から見直し、具体的な指針を考え、大きな転換を図る、まさにその「タイミング」なのである。
政府の教育再生実行会議では9月半ばに「オンラインと対面授業の在り方を議論する」ワーキンググループが始まった。しかし提言が発表されるのは、来年の5月である。この提言を「待って」動いているようでは、遅すぎる。そもそも自分の大学の実態に合った形で新しい教育の在り方を作るには、各大学が自ら考え、模索するしかない。
受講生の人数別、授業形態別に表にして分析を
そのためにはまず前期の授業の省察をしっかり行うことを提案したい。単に「遠隔授業」と十把一絡げにして、「良かった」「悪かった」と論じてはいけない。表1は、授業評価の結果を整理するためのフレームの一例を示したものである。この程度の分類はした上で、分析する必要がある。一口にオンライン授業といっても、特に「受講生の数」というのは授業運営において大きな要因となっている。50人まで、つまり例えばZoomなどのオンライン会議システムであれば一画面で大体全員を見渡せる人数だったのか、画面を数回めくれば見えたのか(51~99名)、100人以上の大人数であったのか、という点は授業実施に際して労力の違いを相当もたらす。
したがって、全授業を、まず受講者数によって大きく三つに分類する(表内(a)に記入)。それぞれの授業がライブ、オンデマンド、課題配布のみ、のどのスタイルで実施されたのか、それぞれの授業における学生による授業評価アンケートの結果を「分けて」集計する必要がある。表には、様々なところから聞こえてくる学生や保護者の声から推測される結果をデモ的に示してある。空欄になっているオンデマンドについては、作成された動画の質によって満足度は大きく左右されると推察される。
中には例外的にかなり過酷な条件(大人数、かつライブ配信授業)であっても、学生から満足度の高いアンケート結果を得られる教員もいるだろう。そういう教員の授業デザイン・実践は元々対面のときからしっかりファシリテーションの力を駆使して実践されているのである。図2は受講者数308名の授業アンケートの結果で、8割以上が「満足」と回答している。自由記述では「授業内でミニワーク、アンケートに参加させるなどの取り組みでオンラインでも私たち⽣徒が⼀ ⽅的に受けるという形にならなかったので、⾮常に良かった。 時間配分も毎回きちんとしてい て、計画的な授業であった」と学生にも担当教員がしっかりと授業をデザインしていることが伝わっていた。
大まかな傾向としては、おそらく「少人数で」「ライブ配信」であれば、対面に近い形を担保でき、学生の満足度はそれほどは下がらない、逆にライブ・オンデマンドといった映像の配信が全くなく、課題だけが次々提示され、かつ教員に課題を提出してもそれに対する教員からのレスポンスが何もないというスタイルについては、学生の不満度が高いだろう。しかし、教員の立場からすれば、表の3つの授業スタイルのうち最も楽なもの、つまり労力がかからないのは、「課題を配布する」である。そして、行動分析学によれば、人はいわゆる「楽な方に」流れるから、そのままでは学生たちの不満は高まるばかりとなる。
必要なのは、大学の組織としての分析と判断である。一体どのような授業が学生の満足度が高かったのか、そうでなかったのかの要因の分析をしないままに、再び「対面に戻せば何とかなる」という淡い期待に頼っているのでは、大学組織自体が思考停止していると言われても仕方がないだろう。
教育の基本である「個別最適化」を取り戻すオンラインの可能性
名古屋商科大でのオンライン授業の様子=2020年4月7日、名古屋市中区、佐藤剛志撮影
今回、ライブ配信、オンデマンド配信をやむなく実施した教員たちが思わぬメリットに気づいていることもまた確かである。例えば、「対面の大人数授業ではなかなか学生からの質問が引き出せないが、オンラインであればチャット等を使って質問・意見が多く出た」「一人一人の表情が案外よく見える」などである。これは、1950年代に行動分析学の創設者スキナーがすでに指摘していた「大人数授業では奪われてしまった、学生―教員の生産的なやりとり」の復権に他ならない。
また、学生の側からも「オンデマンドについては、一度聞いて理解できなかったところを繰り返し視聴できてよい」「画面に大きくスライドも映るので見やすい」といった声が聞かれており(自分自身もオンラインセミナーを受講する際に感じるところである)、これは教育の基本である「個別最適化」の復権と言えよう。
本来、教育は一人一人の学生の実態に応じた教材・課題の提示、その取り組み具合に応じた適切な教師からのフィードバックというサイクルが回ることで、その学生の力を最大限に伸ばせる。しかし、その手間が叶わないために講義という形で大勢に対して教えるというスタイルが出来上がってきている。
今回のコロナ禍の影響を受けて、オンラインの様々なメリットに気づき始め、対面授業とのハイブリッド型での実現に可能性を見出した教員、その方向に舵をきりつつある大学と、元通りの「対面復活を夢見る」教員・大学当局の教育に対する姿勢はますます乖離していく可能性がある。この「個別最適化」を軸に教育を転換することは教員個人の力でどうにかなるものではなく、大学組織全体が今後100年の教育をどう見据えるかという長期的な視点を持って抜本的に検討することが必須であろう。その舵を切れる大学こそが、生き残れる大学ではないか、そう考えている。
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