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国産第1号ワクチンの挫折から見える日本の医療行政の惨状

이강기 2021. 11. 22. 11:11

科学・環境

国産第1号ワクチンの挫折から見える日本の医療行政の惨状

 

「医者がもうかれば国民が健康になる社会」は実現可能か?

 

 

川口浩 東京脳神経センター整形外科・脊椎外科部長

朝日新聞, 2021年11月22日

 
 
 

 医療ベンチャー企業アンジェスは11月5日、開発中の新型コロナウイルスワクチンについて、昨年6月から今春にかけて実施していた治験で十分な効果を得られなかったとして「治験継続の断念」を発表した。

 

 このワクチンは「国産第1号」のワクチンとしてメディアで大々的に取り上げられ、多くの国民から期待されていた。しかしながら、科学的視点から見ると、このnaked plasmid DNA(キャリアを用いない裸のプラスミドDNA)ワクチンの実用化の可能性は当初よりかなり低かったと言わざるを得ない。Naked plasmid DNAの体内動態・動力学、遺伝子導入効率、標的指向性の制御には、いまだに克服できない大きな障壁が立ちはだかっているのだ。事実、これまで他の感染症を含めて世界中でプラスミドDNAワクチンの複数の臨床試験が行われたが、どれも免疫原性が低く、承認されたものは皆無である。

再生医療の早期承認制度の重罪

記者会見する大阪大学寄付講座の森下竜一教授(左)とアンジェスの山田英社長、タカラバイオの峰野純一取締役=2020年3月5日、東京都千代田区

 

 アンジェス社は従来よりこのnaked plasmid DNAによる治療法の開発を行ってきた企業である。唯一、市場に出ている同社の製品は、下肢の動脈硬化が進行し血管が狭くなる疾患である慢性動脈閉塞(へいそく)症の治療法「コラテジェン」である。肝細胞増殖因子(HGF)を発現するnaked plasmid DNAを筋肉注射する遺伝子治療で、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)によって審査され、2019年に再生医療等製品として承認されている。

 しかしながら、この承認は「条件および期限付き早期承認制度」による「仮承認」であり、「本承認」の可否はその後5年以内の市販後試験の結果によって決定される。そして、このPMDA再生医療部の「条件および期限付き早期承認制度」こそ、「premature and unfair(未熟で不公正)」世界中から痛烈な批判を浴びた制度である。

 

 この制度の創設の背景には再生医療を経済成長の原動力にしようという日本の国家戦略がある。ノーベル賞を受けたiPS細胞研究が大きな契機となって、政府は薬事法まで改正してそれまでの医薬品や医療機器とは別に「再生医療等製品」という分類を新設した。そして、この再生医療分野の関連製品を迅速に実用化するためにこの制度が創設された。

 

 厳正な臨床試験もなくスピードと利益を優先し、患者と国民の負担を強いるこの制度が、国際的バッシングにさらされたのは当然である。この制度によって不十分な治験のまま見切り発車で仮承認された製品としては、心不全治療ハートシート(治験症例数7例)と脊髄(せきずい)損傷治療ステミラック(治験症例数13例)があるが、アンジェス社のコラテジェンも30例弱の治験症例数で仮承認されて市場に出た。

 

アンジェス社は今度はnaked plasmid DNAワクチンを「国産第1号」の新型コロナウイルスワクチンとしての開発に着手し、当初は小規模の治験で「条件および期限付き早期承認」を目指していた。しかしながら、国際的バッシングを浴びて懲り懲りのPMDAは「新型コロナワクチンの評価方針」で数万人規模の治験を求めたため、アンジェス社の当初のもくろみは外れてしまった。同社は昨年6月に初期段階の治験を国内で開始し、治験に参加した計560例のデータを分析した結果、十分な効果を得られなかったとして「治験継続の断念」を発表したという経緯である。

 

科学的根拠が希薄なワクチン開発に投入された巨額の国費

 科学的見地から今回の「治験継続の断念」は十分予想されていた結果と言えるが、この過程には、今の日本の医療行政の惨状が顕著にあらわれている。まず、この科学的根拠が希薄なワクチン開発に、生産体制等緊急整備事業費として93.8億円という巨額の国費が投入されているのだ。日本の医療行政にサイエンスのプロ、「目利き」がいないことが露呈した結果と言えるのではないか。

 アンジェス社は昨年5月にはこの巨額の公費助成を受けながら今回の発表まで中間報告などのデータを公開していない。仮にデータを公表しても、第三者が検証できるシステムも存在しない。維新の吉村大阪府知事は「2020年7月には大阪発のワクチン」と胸を張っていたが、その後は急にトーンダウンしていつの間にかシオノギワクチンに宗旨替えした。

吉村洋文・大阪府知事=2020年

 

そして、総選挙で大勝した余韻が覚めた後の今回の発表である。国費が投入されて政治ショーに利用されたといううがった見方をするのは私だけだろうか。

 

 政府のコロナ対策専門家会議や対策分科会は、サイエンスの素養も業績も豊富なメンバーで構成されているはずである。素朴な疑問は、メンバーの中に、このプラスミドDNAワクチンへの実現性、そして巨額の国費投入に疑義を唱える先生はいなかったのか、ということである。政府専門家には第一線の科学に基づいた提言が求められているはずであるが、聞こえてくるのは科学的根拠のない「人流抑制」に拘泥した主張のみである。

 

 1年半に及ぶ活動を俯瞰(ふかん)すると、むしろ政府の方針を正当化するための御用機関の様な印象しか受けない。たまに分科会の尾身会長が、政府の行動制限緩和方針や五輪開催などに異議を唱えて不自然なデモンストレーションをしたが、これもすぐにフェードアウト。結局は、「ガス抜き」を繰り返して蛇行しながら政府の決めた方向に進めてきた。「意見対立」と見せかけた二人三脚の出来レースによる「世論誘導」と疑われても仕方がない気がする。

 

 最近の第5波の急速な収束についても政府専門家は、科学的検証もうやむやなままに相変わらず「人流一本足打法」を貫徹して「今回の感染者数の減少は国民の意識と協力のお陰」と「根性論」を繰り返している。次の波が来ると、この「根性論」は例によって「国民の意識が緩んで人流が増えた」という表現に変わるのだろう。

 

 

医療側の利益」と「社会全体の利益・国益」とのアンバランス

緊急事態宣言の期限延長と地域の追加を決め、記者会見で記者の質問に答える菅義偉首相。右は政府分科会の尾身茂会長=2021年8月17日、首相官邸

 

 私はアンジェス社の1999年の創業以来、同じ医療人としてそのパイオニア精神に陰ながら声援を送ってきた。それだけに、同社が近年「悪魔の増資」と呼ばれるMSワラントを繰り返し、市場関係者の間で「株券印刷が本業」と揶揄されているのを耳にするのはやりきれない気がする。

 つくづく痛感するのは、「医療と資本主義とは相性が悪い」という、歴史を通じて世界共通の普遍的真実である。遡ると、最近になってその綻びが目立ち始めた小泉・竹中の新自由主義経済による「小さな政府」のスタンスは当時は国民から熱狂的に支持されたが、医療制度改革だけは当初から躓いている。「医療側の利益」が「社会全体の利益・国益」に繋がる、換言すると「医者が儲かれば国民が健康になる」のが理想的な福祉国家の姿だと思うが、現実はそう甘くはない。

 

 断っておくが、私は医療体制の拡充の見返りに政府から多額の補助金を拠出させた医師会幹部の姿勢を支持しているわけではない。むしろ今回の医師会幹部の浅慮な行動は、医療人に対する国民の不信感を生み、「医療を政治の支配下に置くべき」と言う世論を誘導してしまった。我々の先達が死守してきた「医療の政治からの独立」が危機に陥っているのだ。

 

 今回のコロナ禍で、日本の科学技術の凋落ぶり、不適切かつ無計画な公的研究費・医療費のバラ撒きが露呈した。科学的根拠の希薄なワクチン開発や不毛な幽霊病床確保に盲目的に投入する資金があれば、国民の健康を直視した堅実で真摯(しんし)な研究、更には確固たる科学的基盤のある医療の診療報酬に充填(じゅうてん)すべきである。ウィズコロナの時代にはこの反省を生かして、再生医療神話の契機となった例の「本丸」にもメスを入れていただきたい。

 

 「医療側の利益」を「社会全体の利益・国益」につなげるためには、本物のサイエンスのプロフェッショナルによる医療行政の改革が焦眉(しょうび)の課題である。