韓国大統領選で主要2候補にアンチ急増、第三の男・安哲秀が浮上
ここにきて支持率が急浮上している「国民の党」の大統領候補・安哲秀氏(写真:YONHAP NEWS/アフロ)
3月9日に予定されている韓国大統領選挙の情勢は、私が著書『さまよえる韓国人』(WAC)で指摘したように、まさに現在のさまよえる韓国を象徴するような情勢になってきた。当初予想されていた与党「共に民主党」と最大野党「国民の力」の2強対決の様相がここにきて揺らいできているのだ。背景には、国民から嫌われる2人の候補、嫌われる2大政党から大統領を選ぶことに納得しないムードが国民の間に蔓延し始めていることにある。
一方、「国民の力」の内部に目をやれば、尹錫悦候補と李俊錫代表とによる「内紛」がようやく収まりそうな気配もある。こうした目まぐるしい変化は、韓国社会の分断が進み、保守vs革新の2強対立から距離を置こうとする中間層が膨らんできたこと、そのため世論の流動性が極めて大きな社会になったことを表しているのではないだろうか。
急落する尹錫悦氏の支持率
尹錫悦(ユン・ソンヨル)氏が保守系最大野党「国民の力」の大統領候補に決定した2カ月前、その支持率は革新系与党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)氏に大きな差をつけていた。
しかし、現在は尹錫悦氏の支持率下落が止まらない情勢になっている。原因は若者の離反だ。今回の大統領選挙の帰趨を決するのは、支持する候補者を鮮明にしていない若者とそれ以外の中間層であるだけに、「若者離れ」は深刻な問題である。
韓国の世論調査会社リアルメーターがニュース専門テレビ局YTNの依頼で3~4日にかけて行った18歳から39歳の男女1024人を対象とした世論調査では、「共に民主党」の李在明候補が33.4%、中道系野党の「国民の党」の安哲秀候補が1
9.1%、の支持を獲得、18.4%を獲得した尹錫悦氏はなんと3位にまで転落してしまった。
また「最も大統領になってはならないと考える人物」の問いに対しては、尹錫悦氏が48.8%で最も高く、次いで李在明氏が36.2%、「正義党」の沈相ジョン氏が4.5%、安哲秀氏が2.8%という結果になった。このように、とにかく尹錫悦氏の人気急落ぶりがはなはだしいのだ。
尹氏は保守層が拒否する候補でも32.5%、中道層が拒否する候補では50.4%に達した。李在明候補も35.7%の中道層が拒否した。
次期大統領選で「国民の力で政権交代」を挙げた回答も26.8%にとどまり、「与党や第1党でない他の人物・政党での政権交代」が28.3%、「民主党政権の再創出」は29.3%であった。
このような世論の動向を見る限り、こと若者に関しては、<共に民主党vs国民の力>という2党対決の選挙戦の構図は変わったように思われる。尹候補、李候補を拒否する世論ががぜん強くなってきた。これまでも「最悪」ではない「次悪」を選ぶ選挙と言われてきたが、両候補以外の候補にも可能性が出てきつつあるように見える。
若者の「尹錫悦離れ」の背景
まず尹錫悦氏の支持率急落の発端は、妻・金建希(キム・ゴンヒ)氏に発覚した就職活動の際の経歴詐称疑惑だった。「公正」を旗印に支持を集めていた尹錫悦氏にとって、この疑惑はそれまで世論が尹氏に抱いていたイメージをぶち壊すものになった。
この事態に対して「国民の力」の李俊錫(イ・ジュンソク)代表は、選挙対策委員会(選対委)の機敏な対応を求めたのだが、それが尹錫悦氏側近との対立に発展。李代表は昨年12月21日、「すべての選対委の職責から降りる」ことを表明、共同常任選対委員長と広報メディア本部長から引くという事態に発展してしまった。これが尹氏からの若者離れと、支持率の急激な下落を呼び込むことになった。
李代表の選対共同委員長辞任は尹氏陣営に大きなダメージとなった。「中央日報」が世論調査会社エムブレーンパブリックに依頼し、昨年12月30~31日に行った世論調査では、李在明氏は39.4%、尹錫悦氏は29.9%、「国民の党」の安哲秀(アン・チョルス)氏は10.1%、「正義党」の沈相ジョン(シム・サンジョン)氏は5.7%となり、尹錫悦氏は李在明氏に大きくリードを広げられてしまったのだ。
支持率急落に尹錫悦陣営には衝撃が走った。そこで1月3日、選対委の組織刷新のため尹氏が外部活動を一時中断すると発表した。
さらに尹錫悦氏は5日、自ら記者会見に登場して、選対本部を解散すると表明。「実力のある若い実務者が選対本部を引っ張って行くようにする。特に今まで20代、30代を失望させたことを深く反省し、全く違う姿を見せることを約束する」と強調した。党よりも尹錫悦氏本人が中心となった選対本部の立ち上げを模索しているようである。
また尹氏は、経歴詐称で批判されている金夫人に関し、「私が一貫して持ってきた原則と基準は、私と私の家族、私の周囲にもすべて同じく適用する」と反省の弁を述べた。
しかし、選対委の解散も夫人の謝罪も国民の力内部の不協和音を終息に向かわせるのは難しそうである。
深まる尹錫悦氏と「国民の力」の対立
尹候補の支持率急落に直面し、「国民の力」も対応に動いた。1月3日には、尹氏に先立って金鍾仁(キム・ジョンイン)総括選挙対策委員長が「選対委の全面解体」を主張した。しかしこれは「金委員長と李代表の尹候補に対するクーデター」という見方もあった。尹氏も体面を傷つけられたと受け止めたようだ。これに対して金委員長は「(尹錫悦)候補は自分の名誉に大きな傷を負ったという形で考えているようだが、私はそういうものを見て私はこの人とは気が合わず一緒にすることができないという判断をした」と突き放すような発言をした。
そもそも選対委についての構想は尹候補と金前委員長とでは全く違っていた。
昨年7月、「次期大統領候補」として世論の圧倒的支持を背景に鳴り物入りで「国民の力」に入党、さらに党の大統領候補の座を射止めた尹錫悦氏だが、保守系政党の同党には、かつて検察官時代に、朴槿恵大統領を崔順実疑惑で追及する特別検察官捜査チーム長を務めていた尹氏に対して反感を持つものも多い。
そうした背景の下で、選対委について党主導で運営しようという金委員長と、自分自身で主導しようという尹氏とは、これまでも不協和音が続いていた。3日に金委員長が示した改編案にも尹氏は拒否感を示した模様で、ついに5日、金委員長は総括選挙対策委員長を辞任することを表明してしまった。
もはや、尹氏と金氏の関係修復は難しい。政界では「中道の象徴性が大きい」金委員長との決別も尹候補にとってマイナスだとの見方が出ている。
尹氏と李俊錫党代表の対立も昨年末から再び先鋭化し始めていた。
李代表に対して尹候補は「大統領選挙のために党代表として役割をうまくすることを期待する」と述べた。
李俊錫代表は出演したラジオ番組の中で、「明らかに今の(「国民の力」への)支持率やさまざまな指標は悪くなっている。それは『候補者を誤ったからか、それとも補佐する人を誤ったからか』というと、補佐した人を誤ったからであるということを認めるべきだ」として選対委を批判しつつも、自身の選対委復帰については「私が入るかどうかは関係ない。選対委復帰の意思はない」と改めて否定していた。
明らかに党内はガタついていた。そのため「国民の力」の院内指導部では尹氏支持率急落のきっかけを作った李俊錫代表の辞任を求める決議案を提案する動きがあった。それほど党内は紛糾・混乱していた。
ところが、6日になって突然、尹候補と李代表が和解した。この日、「国民の力」は長い議員総会を開催していた。議員総会の議題は、李代表の退任問題だ。当然、議論は紛糾した。
その間、別の場所で30分間ほど、尹候補と李代表、2人の党役員が非公開で会談していた。その後、夜8時近くになって4人は議員総会会場に入り、尹候補と李代表は議員たちの前で抱き合ってみせた。劇的な和解の瞬間だった。
李代表は「(こういうことが)3度目になれば私がすべての責任を取って党代表から退く」と述べた。
尹候補は「すべては私のためだ。議員らも代表に話したいことを話し、李代表も本人の立場を説明したと理解する」。「選挙の勝利という大義のために誤解はすべて忘れよう。李代表は我々が選んだ。みんなが力を合わせて勝利に進もう」と話し、議員らの一斉の拍手を受けた。
尹錫悦氏と李俊錫代表の内紛が長引けば尹錫悦氏に勝ち目はない。李代表もその地位が揺らぐことになる。ギリギリのところで踏みとどまった2人の和解は、選挙戦に新しい局面を作り出す力になるのだろうか。
「第三の男」安哲秀氏の台頭
こうした尹氏陣営のゴタゴタを尻目に急速に支持を集めだしたのが安哲秀氏だ。
安哲秀氏は取材陣と会った際、「私だけが李在明候補に勝てる候補だ」と答えたそうである。
また、最近一部世論調査で尹候補ではなく安候補に野党候補を一本化すべきだという世論が高まったことについて「一喜一憂しない。本当に重要なアジェンダである大韓民国の生存戦略と未来に我々が何を食べ、生きていくのかについての未来談論を持ち、国民に引き続き申し上げたい」と述べた。その一方で、一本化の意思については「私が政権交代の主役になる」と強調した。安氏の支持率が上向きとはいえ、単独で勝利することは難しい。本心では安氏中心の一本化を期待しているのだろう。
安哲秀氏はこれまで2012年の大統領選では一時は出馬の意向を示したが断念、そして2017年の大統領選挙には出馬している。
2012年の選挙では、文在寅氏と会談して候補者登録前までに候補者を一本化することで合意していたが、一本化の手法で折り合わなかったことから、出馬を断念した。
2017年の選挙では、立候補直後に行われた世論調査で保守層や中道層からも支持を得て支持率を大幅に伸ばし、朴槿恵大統領(当時)の弾劾で優勢であった文在寅氏に迫る勢いを示したが、テレビ討論が振るわなかったことから支持率は低下し、選挙では文在寅氏、洪準杓氏に遅れ、3位にとどまる惨敗を喫した。
特に、前回の大統領選挙では、安哲秀氏と洪準杓氏の票の食い合いになり、結果として文在寅氏の当選をアシストする(安氏と洪氏を合わせた得票率は文在寅氏よりも高かった)形となってしまった。逆に言えば、一本化調整がうまく進めば、現在世論調査でトップに立つ李在明氏を上回る支持を獲得することは十分可能なのだ。
野党の候補者一本化は実現するのか
今回は、安哲秀氏も尹錫悦氏も「政権交代を必ず実現する必要がある」ということで立場が同じであるので、候補者一本化の可能性はゼロではない。ただし、それは当初想定していた尹錫悦氏を中心としたものではなく、安哲秀氏を中心としたものになる可能性が出てきた。
安哲秀氏の支持率は直前まで一桁の前半であり、泡沫候補と見られてきたが、ここに来て急激に有力候補になってきた。これまでの大統領選挙でも当初は泡沫候補だった故盧武鉉(ノ・ムヒョン)氏が急浮上、見事に勝利したという実績があるので、先はわからない。
ただ、尹錫悦氏の原則にこだわる頑固な姿勢から、「国民の力」の候補に推された立場を自ら放棄することはないだろう。それは選対本部を自らの主導のもとに変えたことからも明らかである。しかも李代表の協力も得られそうである。となると、尹候補としては安候補の協力を得て自らへの一本化に成功できるかどうかがカギになる。
一方の安哲秀氏の強みは、「最も大統領になってはならない候補」で若者の2.8%しか安氏を選んでいないことだ。尹錫悦氏、李在明氏も共に本人および家族のスキャンダルを抱えている。こうしたスキャンダルからクリーンな候補を選ぶとすれば安哲秀氏にますます注目が集まるだろう。
韓国の大統領選挙は白紙の姿勢で全貌を見直す時が来ているのかもしれない。
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