プーチン大統領は知っている《対ロシア経済制裁が“無意味”なワケ》 砂糖争奪戦、物価上昇、海外ブランド閉店でも「大丈夫、何とかなるさ」
侵攻開始から1か月が過ぎた。
現在、ロシアに対してさまざまな制裁が課されているが、実際のところ、ロシア人の生活にどれほどの影響が出ているのだろうか。
ウクライナの人々の明日をも知れぬ生活を思えば、ここロシアでの日常について書くことに心苦しさを覚えるが、日本に伝わっている情報とロシアで実際に起きていることに多少のずれがあるように感じ、そこを埋めることができたらと筆を執ることにした。
モスクワの生活が「落ち着いている」ワケ
諸外国ではロシアへの経済制裁を大々的に報じている。しかし、ロシアに住んでいる身としては、危機的な状況にあるとは言えない。ロシアでは大きな混乱は起きていなく、ことにモスクワでは3月15日から公共の場でのマスク着用義務が解除され、人々の生活は比較的落ち着いている。
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「制裁で圧力をかければロシア国民は目を覚ますはずだ」
「反プーチンの機運が高まり、戦争を止められる」
世界ではさまざまな議論が湧き起こっているが、そこまで期待できなそうだ。
たしかに、多少の混乱はあった。
2月24日、プーチン大統領が言うところの“特別軍事作戦”の開始が伝えられると、人々は預金を手元に確保しようと銀行に走った。ロシア中央銀行によると、2月25日には実に1兆4000億ルーブル(約1兆9000億円)もの現金が引き出されたという。ATMへの現金の補充が追いつかず一部店舗では長い行列ができたが、それも数日で収束した。
経済制裁下でも「МИР(ミール)」があれば大丈夫
毎日の買い物は、Apple Pay、Google Payなどの非接触型決済こそ利用できなくなったものの、カードでの支払いはこれまで通りできている。3月6日、ビザとマスターカードはロシアでの業務停止を発表したが、これは国をまたいでの使用ができなくなっただけで、ロシアで発行されたカードは国内においては有効期限まで問題なく使うことができる。今後、制裁の範囲が広がることを見越して、ロシア独自のカード決済システムであるМИР(ミール)に切り替える者も増えている。
ちなみに、このМИРは2014年のクリミア併合で経済制裁を受けたロシアが、欧米依存から脱却すべく新たな決済システムを立ち上げたもので、これまで1億1200万枚が発行され、国内シェアは30%を超えるまでに成長している。ロシア人がよく訪れるキプロス、トルコ、アラブ首長国連邦、アルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、キルギス、ベトナムなどでも使用可能で、今後はエジプトやキューバなどに拡大される予定という。
物価の上昇も起きている。
ロシア経済発展省の発表によると、3月25日時点のインフレ率は前年比15.7%ほど。モスクワで毎日買い物している者の肌感覚としても、全体的に10~15%ほど上昇したように感じている。食品ではトマトとバナナの値上がりが際立っている。ちなみに、先のクリミア併合の際のインフレ率は最大で15.6%であった。
インフレ率15.7%でもロシア国民は「慣れている」
もともとロシアのインフレ率は高めで、侵攻前の1月の段階ですでに8.7%、2月には9.2%であった。率直な反応としては「また上がったか」というものだ。振り返れば1998年、2008年、2014年とロシアは何度となく経済危機に瀕しては、そのたびにどうにかこうにか乗り越えてきた過去がある。国民は、いい意味でも悪い意味でも、慣れてしまっている。
下落するルーブルを車や宝飾品など物に換えるのはもはや手慣れたものだし、知り合いには、株価が暴落するや、石油大手ロスネフチの株を底値で仕込んだしたたかな者もいる。
店内に目を向けても、ソ連末期のように商品棚がまったくの空ということはない。野菜や果物、精肉・加工肉、乳製品などのコーナーはこれまで通りの品揃えである。
一部の品物が入手困難になっているが、これは物価上昇への危機感から来る買い占めによるところが大きい。人々が小麦粉やパスタ類など長期保存が可能な品物を備蓄し始めたからだ。「お一人様3点まで」などと購入制限を設けている店もある。
穀物・砂糖の国外への輸出を制限すると発表
パンと並ぶ主食とも言えるロシア人の毎日の糧、グレーチカ(蕎麦の実)や砂糖はほとんど買えない状態が続いている。生理用品も品薄状態が続いている。しかし、市内のどこかしらに入荷はしているので、何店舗か回って運が良ければ買い占めを免れた商品にありつける。日本であったトイレットペーパーの買い占めと同じような状況だ。
事態を受けて、ロシア政府は3月14日、小麦、ライ麦、大麦、トウモロコシなどの穀物は6月30日まで、砂糖は8月31日まで国外への輸出を制限すると発表。国内には十分な在庫があり、品不足は買い占めによる人為的なものだと説明した。
物価上昇を引き起こす「年金生活者のおばあさん方」
事実、問題を引き起こしているのは年金生活者のおばあさん方で、ペレストロイカ時代から染みついた習性なのだろう。砂糖が入荷したと知るや我先にと売り場になだれ込み、瞬く間に買い占めてしまう。その異様な光景はYouTubeやツイッターに動画が上げられていて、#сахар(砂糖)や#дефицит(不足)などのハッシュタグから見ることができる。
この状況下でロシア人の口から出てくるのは「大丈夫、何とかなるさ(Всё нормально будет)」。ある程度の強がりも含まれるだろうが、経験から来る自信のようなものが感じられる。それは肝が据わっていると言うこともできれば、感覚が麻痺しているとも言える。
ロシア人の危機を救う「ダーチャ文化」
基本的にロシア人は、こうした困難な事態に直面した場合、(1)代わりの物を見つける、(2)直して使う、(3)自分で作る、で対処しようとする(それでも無理な場合は「(4)あきらめる」もある)。そこはやはりお国柄なのだと思う。編み物をしている女性もいまだに電車で見かけるし、男性はアパートや車の修理など大抵のことは自分でやってしまう。
根底にあるのはソ連時代から続くダーチャ文化だ。ダーチャとは郊外にある菜園付きセカンドハウスのことで、そこで夏の間、野菜や果物を栽培し、冬に備えて保存食を作る。先の砂糖の買い占めが起きた理由も、ジャム作りやコンポート作りに欠かせないからだ。これは半分冗談のような話だが、SNSでは「ニワトリの飼い方」が一時期トレンド入りしていた。今年の夏のロシア人は例年に増して忙しくなりそうだ。
「マクドナルド閉店」へのロシア国民の“本音”
3月に入ると外国企業の事業休止が相次ぎ、3日IKEA、9日スターバックス、14日マクドナルド、20日ユニクロと、ロシア人に愛されるブランドが次々と閉店した。
なかでも話題となったのはマクドナルドである。1990年1月、プーシキン広場近くにオープンした1号店は、冷戦終焉の象徴的な存在だった。以降、多くのロシア人に親しまれ、全国847店にまで拡大していたが、3月14日をもって休業となった。
閉店2日前に1号店を訪れてみたが、店内は大変な混雑ぶりで、友人たちとセルフィーを撮る光景があちらこちらで見られた。しかし、ひとつの時代が終わったと感傷的になっている人は少なく、「なくなったらなくなったで他の店に行くよ」とあっけらかんとした声が多かった。
というのも、KFCやバーガーキングは通常通り営業中だからだ。国内に1100店以上あるKFCは、70の直営店は閉店したものの、それ以外はロシア人オーナーのフランチャイズ店であり、契約上は営業を続けることができるのだという。バーガーキングも然りである。コカ・コーラもペプシも、いまだに販売されている。
高級デパートは9割の店舗がそのまま営業
赤の広場に面する130年の伝統を誇るグム百貨店では、ルイ・ヴィトン、ディオール、ブルガリ、カルティエ、エルメス、グッチ、シャネルなどの高級ブランドが軒並み店を閉じ、何ともきらびやかなシャッター商店街が誕生している(実際はガラス張りだが)。
一方で、業務停止を発表してから3、4週間が経つものの、ナイキ、ニューバランス、ギャップなどはまだ営業を続けている。店員に訊ねてみたが、閉店の具体的な時期についてはまだ何も情報がないという。
外資ブランド「ロシア撤退」の打撃は少なめ?
ボリショイ劇場そばのツム百貨店は、日本で言えば新宿伊勢丹のような品揃えの高級デパートだが、9割方の店舗がそのまま営業を続けている。プーチン大統領御用達のイタリア高級ブランド、ロロ・ピアーナもそこで営業中だ。ルーブル安による大幅価格改定で客足こそ鈍っているが、それでもお金があるところにはあるのだろう。買い物を楽しむ客がまだいる。
そして注意すべきは、「ロシアから撤退」と報じられることが多いが、正しくはどの企業も「一時休業」であるという点だ。
たとえば、IKEAは国内17店舗を閉じたが、詳細を確認すると、休業は5月31日まで、1万5000人の従業員の雇用は継続、ロシアから撤退はしないとしている。マクドナルドなど他企業も同様である。
ロシアには、企業側の理由で従業員を解雇する場合、次の仕事が見つかるまでの期間、最大3か月は給与を補償しなければならないという法律がある。仮に今から企業が一時休業ではなく完全撤退を決めたとしても、ロシアで失業問題が本格化するのは6月かそれ以降になるだろう。
制裁は効果が現れるまでに時間がかかると言われているが、現在のところロシアの状況はこのようになっていることをお伝えしたい。
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