なぜこんなに弱いのか、ロシア軍の正体を給与面から解剖する
徴兵の最低給与、月1780円では
現代ビジネス, 2022.05.01
あっという間にウクライナを占領してしまうと思っていたら、攻めあぐねている。ロシア軍はなぜこんなに弱いのか。給料の分析から明かす本質的な弱点。
実は弱かったロシア軍
ウクライナに侵攻したロシア軍が苦戦している。すでに多数の将兵が死亡したと言われる。
4月13日には、黒海艦隊の旗艦モスクワが沈没した。ロシア側は認めていないが、ウクライナ軍のミサイルによって撃沈されたのは、間違いない。旗艦がかくもあっさりと葬られてしまうとは、誠に面目ないことだ。
多くの人が、ロシアはアメリカにつぐ世界第2の軍事強国だと思っていた。しかし、その実態はイメージとだいぶ離れていることが分かった。
ロシア軍はなぜ弱いのか?
軍事費が大きな経済負担になっている
ロシアの軍事費は、世界第4位だ。しかし、GDPに対する軍事費の比率を見ると、図表1のとおり、ロシアでは他国に比べて、圧倒的に高い(2020年。世界銀行のデータによる)。ロシアは4.3%。イスラエルとヨルダンを除けば世界1位 。
異常な高さだ。
■GDPに占める軍事費の比率
いうまでもないことだが、軍事活動は、何の経済的価値も生み出さない。だから、そのウエイトが高いことは、経済にとって大きな負担になる。
3月6日公開の「なぜウクライナに侵攻したのか、極端に臆病で貧しい軍事大国ロシア」で、「ロシアは先進国の仲間には入らない貧しい国だ」と述べた。その基本的な理由がここにある。
軍人の給料が高くないから優秀な人材が集まらない
単に軍事費のウエイトが大きいだけではない。給与の面での軍の位置が、それほど高いものではない。
salary explorerというウエブサイトによると、ロシア軍将校の給与は、4万ルーブルから30万ルーブルだ。他方で、UNICEFのデータによると、2021年におけるロシアの平均給与は、月額5.5万ルーブル程度である。
だから、給与の点から見て、ロシア軍の将校になるのは格別魅力的なこととは思えない。
ソ連の時代には、軍の給与を民間と比較するというようなことはなかった。しかし、いまは違う。民間企業と競合できる給与を支払えなければ、優秀な人材を獲得できない。
民間企業と違って軍の場合には、解雇されないというメリットがあると言われるかもしれない。しかし、軍は無用の長物だとの考えが人々の間で広がれば、将来、人員整理が行なわれても不思議ではない。
ロシアに限らず言えることだが、軍は、社会に向かって、国防の必要性と軍の必要性を認識させ続ける必要がある。そのため、自ら安全保障上の危機を作り出す傾向がある。
今回のウクライナ侵攻が、プーチンの独断的な決定によるのか、あるいは軍の意向によるのかは知るべくもないが、軍の好戦派が影響を与えた可能性は否定できない。
月給1780円!
上で述べたのは将校の給与である。兵士の給与はもっと低い。最低レベルは、月給約3万ルーブルだ。これは、ロシアの平均給与の半分程度でしかない。
徴兵の場合にはもっと低い。徴兵されれば、民間企業で働く機会を強制的に奪われることになる。だから、もともと徴兵されることに対する不満は強いはずだ。そのうえ給与が低ければ、不満は強められる。
徴兵された兵士は戦闘の前線には送られないこととされているのだが、ウクライナ侵攻軍の中にかなりいるのではないかとの報道がある。
大義のない戦争で命を捧げられるか?
「戦意は給与によって左右されるようなものではない」と言われるかもしれない 。確かにその通りだ。しかし、ウクライナ侵攻での戦死者の家族にロシア政府から出される弔慰金は、極めてわずかだと言われている。真偽のほどは確認できないのだが、戦死者1人当たり12000円との情報がSNSで飛び交っている。
他方、これも真偽のほどは確認できないのだが、ウクライナ国防相が、武器を捨てて投降したロシア兵に530万円を給付すると言明したという情報もある。
これらの情報の真偽とは別に、こうしたことは、実際に起こりうる。ウクライナには世界中の同情が集まっているから、多額の寄付が集まるだろう。それを原資として、ロシア兵士に投降を促すことを始めたら、実際にロシア兵は投降するかもしれない。
しかし、殺されて12000円を受け取るか、生き延びて530万円を受け取るかという選択肢を示されたら、合理的な人なら後者を選択するだろう。
第2次大戦の対独戦で、ソ連の兵士は、家族をナチに虐殺された復讐心に燃えていた。しかし、今回のウクライナ侵攻では、大義名分が全くない。
いくら政府がプロパガンダを流しても、真実は隠しおおせまい。大義のない戦争で国に忠誠を誓うより、経済的合理性が優先してしまっても当然のことだ。
大きすぎる軍隊を経済が支えられない。
では、ロシア軍が給与を引上げて、兵の士気を高めたら良いのだろうか? しかし、給与を引上げようにも、上げようがない。なぜなら、軍隊の規模が大きすぎるからだ。
ロシア軍の人員101万人がロシアの労働人口6964万人に占める比率は、1.5%だ。日本では、労働人口6814万人のうち、自衛官の現員22.7万人は、0.3%に過ぎない。
上で示したような給与のデータをいちいち示さなくても、このように過大な規模の軍隊を維持し、しかも、軍人の給料を引上げるのが不可能であることは、すぐにわかる。
ロシアは国力にくらべてあまりに巨大な軍隊を抱えているために、悪循環に陥っているのだ。
ロシアの貧しさを他山の石に
ロシアが貧しいのは、高い付加価値を生み出す産業が存在しないからだ。
「なぜウクライナに侵攻したのか、極端に臆病で貧しい軍事大国ロシア」で述べたように、ロシアの輸出品に目ぼしい工業製品はなく、原油・石炭、天然ガスなどの鉱物性燃料が中心だ。
しかし、これらはオルガルヒと呼ばれる特権集団によって支配されている。だから、その利益が国民の手にわたることはない。
ここで、振り返って日本を見よう。日本の軍事費の比率は、ロシアのように高くはない。また、オルガルヒもいない。
しかし、高い付加価値を生み出す産業が成長していないという点で、日本はロシアほどではないとはいえ、大同小異の状態にある。このため、世界での地位が低下し続けている。
この数ヵ月間の円の暴落ぶりは、「恐怖」としか形容しようがない。3月初めから4月半ばまでに9.1%も減価した。ロシアのルーブルは、3月には経済制裁の影響で大きく減価したが、その後増価し、いまのレートは2月とあまり変わらない。
「もって他山の石となせ」とは、こういう場合に使う言葉なのだろう。
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