イワン4世とプーチンに共通する残忍性の源流を探る

イワン4世とプーチンに共通する残忍性の源流を探る

古代から続くDVの伝統、「家長権」がロシアを亡ぼす

 

伊東 乾

JB Press, 2022.5.12（木）

                                    対独戦勝77周年軍事パレードを見るプーチン大統領

 

　5月9日、ロシアの戦勝記念日は、お通夜のような軍事パレードと、内容と精彩を欠くプーチンの演説が印象的でした。

 

　戦勝記念日の前も後も、最前線では激しい白兵戦が展開され、参加した将兵は一定の確率で生涯PTSDに苦しむことになりますから、こういう場を作り出すこと自体が、大変に罪作りです。

　米軍は21世紀初頭「第2次湾岸戦争」での白兵戦を最後に、ドローン／AIの無人戦闘にシフトしています。

 

　2022年にプーチンが始めた「ウクライナ戦争」は、機械対人間の殺し合いという、手塚治虫が「鉄腕アトム」で憂慮したディストピア、暗黒の未来が形を変えて実現している側面があると感じます。

 

　ここで「人間」はロシア兵、「機械」は西側攻撃武力。

　報道は「ロシアの侵略武力」VS「ウクライナの愛国防衛」というシナリオありきで報じますが、焼け焦げた戦車1台には、最低3人の若いロシア兵の死が付随しているわけで、正直、私は正視に耐えない思いを持ちます。

　ブチャの虐殺や拷問・レイプ死など論外なのは言うまでもありません。

 

　そのような戦場に投入される兵士の命の軽さに、平和な第三局にある私たちは、もっと敏感であるべきではないでしょうか？　

 

　ソ連＝ロシアは、敵も味方も一様に「命の値段」が軽い。人を人と思っていない面があります。

 

　これを「家長権」という＜生殺与奪の権利＞いわばDV権を振り回していた近代以前の悪弊、陋習の観点から、検討してみたいと思います。

 

　ウラジーミル・プーチンはこの「家長権」を振り回し過ぎて、自ら墓穴を掘り続けている最中の可能性があります。

 

 

平将門に続いて自衛官は戦地に赴けるか？

　5月9日、プーチンの演説を一目見て、個人的に一番強く感じたのは「爺さんになったな」という点でした。

 

　40代で銀の匙を咥えるように権力を掌握したプーチンは、精悍な壮年を自ら演出していました。

 

　半裸姿や柔道シーンなどマッチョな見せつけ方は、三島由紀夫を想起させるナルシズムの臭気があり私は苦手だったのですが、2022年戦勝記念日の写真は「老人」の風貌で、この人の「終わり」を連想させるものでした。

 

　ガンの手術予定、あるいはタブロイド紙には愛人アリーナ・カバエワの妊娠ゴシップ

（https://www.dailystar.co.uk/news/world-news/putin-fuming-secret-gymnast-lover-26909077）など、スクープの絶えないプーチンですが・・・。

 

　今回演説の全文（https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220509/k10013618261000.html）をご覧いただければ、その支離滅裂さと無内容さは、かなりのものと言わざるを得ません。具体的に見てみましょう。

 

　今回の演説、プーチンは「宣戦布告」もなければ「勝利宣言もできない」だまし続けるにしても限界があるロシア戦争指導部の現状を、国内向けにもさらさざるを得ませんでした。

 

　冒頭いきなり「祖国の命運が決するとき、祖国を守ることは、常に神聖なことだった」とぶち上げたプーチンは、すぐ続けて「ミーニンとポジャルスキー」「ボロディノの草原」と固有名詞だけを頭ごなしに挙げていきます。

 

　これらは各々「ロシア・ポーランド戦争」(1611-12)「ナポレオン戦争」(1812）でのロシア勝利を指しているわけですが・・・。

 

　日本で言うなら、いきなり岸田文雄首相が「諸君は大坂夏の陣(1615)でもよく戦った。大塩平八郎の乱（1837）も鎮圧した・・・」とぶち上げている状態にやや近い。

 

　いや、もっと実際は良くなかった。

 

　プーチンの口調は「祖国の命運が決するとき、祖国を守ることは、常に神聖なことだった。例えば、かの山本勘助は・・・はたまた川中島では・・・」と言っているのに近い。

 

現役辣腕のFSBなどであれば、ロシア人でも鼻白むと思います。続いてプーチンは「祖国ロシアの安全のため」と呼びかけた直後いきなり、「1945年5月9日は『わがソビエト国民』」の団結と精神力の勝利がどうたら・・・と続けます。

 

　正直、吉本新喜劇化と思いました。

「どっちなん、お前の祖国。ロシアなのソ連なの」とツッコミ芸人に頭を叩かれそうなボケぶりです。

　こういうダブルスタンダードを生きてきた69年の人生だったわけですプーチンという人物は。

 

　こののち、NATO（北大西洋条約機構）や「キエフの核」などを無根拠に列挙、お決まりの戦没者慰霊、1分間の黙祷を捧げるに当たって、祖国の脅威に対して戦った先人として以下の名前を挙げています。

 

　スビャトスラフ（945-972）、ウラジーミル・モノマフ（1053-1125）、ルミャンツェフ（1726-96）、ポチョムキン（1739-91）、スボロフ（1729-1800）、ブルシロフ（1853-1926）。

 

　そしてスターリングラード戦の英雄たち「ロシアの偉人」の名をプーチンは挙げています。

 

　ここで皆さん、仮に自衛隊の壮行式典とか、靖国神社の儀礼、あるいは戦没者慰霊の場で、日本が「外的」と戦った先人として「坂上田村麻呂、源頼朝、北条時宗、加藤清正、西郷隆盛、大山巌を思って・・・」などと並べ立てられたら、どう反応できるでしょう？

 

　時代的にも意味合い的にもめちゃくちゃな羅列は、むしろ「ふざけてんのか？」と疑いたくなるかもしれません。

 

　同時に、戦地に送られる18～27歳の兵士にはちんぷんかんぷんなのは、まず間違いありません。

 

　まあ、プーチンが挙げたのと完全に同様の列挙は、島国日本の歴史では困難ですが、ここでは時代劇ファンの高齢者にターゲットを絞って、こんな名前を挙げているのでしょう。

 

　少なくとも私は、卑弥呼と神功皇后と第2次世界大戦の戦死者をごっちゃにしたいとは思いません。

 

この懐古趣味の後、プーチンは「われわれの勇敢な軍に栄光あれ！ロシアのために！勝利のために！ウラ！（万歳）」と御託宣。

 

　これに応じて、かき集められた「1万人以上」だという若い軍人が斉唱する「ウラー　ウラー　ウラー」の三唱。

 

　折り重なるように演奏される軍楽と、ぶっ放される礼砲という場面はリンク（https://www.youtube.com/watch?v=bl65rAV1Ctg）の41分41秒以降でご確認いただけます。

 

　これが2022年5月9日時点、まだ地球上に残っている「ファシズム」です。

 

　なお前稿でも触れましたが、注目すべき点として、この演説の中には一か所として「ウクライナ」という名が出てきません。徹頭徹尾「ドンバス」です。

 

　また、前稿の公開以降も日本の報道で複数目にし、非常に良くないと感じたのですが、ロシアは5月9日を「全体主義への勝利」などと位置付けてはいません。

 

　ナチスはあくまで「ロシア」の敵で、この日は「大祖国戦争」勝利の日、ロシアが大事、ロシアが一番というお祭りでしかありません。

 

　ロシアの民族主義者が、ウクライナやチェチェンの民族自決に「ナチズム」のレッテルを貼っているだけ。意味などありません。

 

ロシアの独善的残忍さの根源

　明らかに老人の顔貌に変わってきたプーチンを見ながら、私が想起したのは「イワン雷帝」こと、ロシアの実質初代ツァーリ・イワン4世の末路でした。

　イワン4世はスターリンが規範とした「ロシアツァーリズム」の原点です。

 

　第2次大戦中の大粛清は元より、2022年5月にも続くプーチンの政敵暗殺

（https://gendai.ismedia.jp/articles/-/95107）のモデルそのものでもあり、また「タタールのくびき」に対してシベリア侵略を開始した張本人でもありますので、別稿でも検討したいと思います。

 

　以下では、プーチンと重なる末路として「家長権濫用による息子殺し」と、狂死に近い最期から、ロシアの業病「家長権」を確認しておきたいと思います。

 

「家長権」

 

　権といっても今日の法治国家で認められる権利とは程遠い、DVを全面肯定する古代の悪習です。

 

　古代ローマ法でパトリア・ポテスタス（patria potestas）（https://www.britannica.com/topic/patria-potestas）と呼ばれた「それ」は、一家の父、家長に「生殺与奪の権」を与えます。

 

　要するに「死刑」の宣告や執行の権利すら、一家の長、父親には認められている。

　別段古代ローマだけではなく、日本でも明治以前までは、共同体内部での生殺与奪は名主その他に任され、代官や奉行所が関わらないケースが大半であったことなど、もっと今日の日本社会は明確に認識した方が良いように思います。

 

　こういう実例を露骨に示す例としては、全国各地の「人柱」を調べてみるとよく分かります。

 

　村落の寄り合いで誰かを人柱にすることに「なった」。そこで、どこの家の子が埋められた・・・みたいな話、お聞きになったことがあるかもしれません。

「人柱」の咎で役人に名主以下全員が罰せられた、などという話はほぼありません。

 

　村のことは村で治めよ、でお咎めなし。基本的人権のない原始社会とは、つまり、こういうものです。

 

　これを大規模に行ったのがイワン「雷帝」であり、それを真似したのがスターリンであり、今現在プーチンがしでかしている私的戦争そのものという側面が、ロシアの社会意識底流を流れ続けている。

 

　21世紀の国際社会は、この前近代性を断ち切る必要があります。

 

　具体的に記しましょう。ロシア・リュ―リク王朝3代目にあたる、イワン雷帝ことイワン4世は父王逝去のため3歳で「モスクワ大公」に即位。

 

　政治的な背景から「神に選ばれたツァーリ」であると教え込まれたのは、イワンにとっては不幸でしかなかったように思われます。

 

　特殊な環境下、クレムリンの壁、断崖絶壁のような塀の上から犬や猫を落として殺害するなど、幼児期から猟奇的な逸話も伝えられています。

 

これはその後の行状があまりにも悪かったので、後年、そのような脚色がなされたのかもしれません。

 

　13歳にして「モスクワ大公権」を行使、かつての摂政である大貴族の長アンドレイ・シュイスキーを処刑、粛清します。

　シュイスキーも残忍で知られた人物でしたが、モスクワ大公の13歳イワン少年は丸裸のシュイスキー公の死体を門前に放置、恐怖をもって恐怖を制する圧政に思春期前から手を染めていきます。

 

　度重なる虐殺やシベリア侵略などイワンの暴政については別稿に譲るとして、ここではイワンが「神に選ばれたツァーリ」として「国家に対する家長権」を宗教的に認められていたと思い込んでいたことを確認しておきましょう。

 

　イワンは、前近代的な社会では一家の中で「普通」と思われていた「家長権」つまり親が子供を殺しても構わないという「DV前提」の「常識」を「国家」全体に拡大して勘違いしました。

　それが「ツァーリズム」と呼ばれる野蛮の核心です。

 

　今日ただ今でもプーチンの脳内に残っている、一掃すべき中世の陋習と考えられます。

　なぜロシアはあのように平気で人を殺すのか。

 

　ブチャで抵抗した市民を試しに数人殺してみて、その死体をずっと路上に放置するといった悪事を働けるのか？

 

　その背景に「神に認められた国家の家長」は、自国民でも属州植民地の大衆でも、統治のためには誰をどのように殺しても構わないという草の根の意識を指摘する必要があります。

 

　そんな・・・と思われる人は、織田信長を想起してください。

 

「長島一向一揆」「越前一向一揆」などの鎮圧で、信長は女性子供の区別なく文字通りの「皆殺し」で討伐しています。

　もちろん、一向一揆の子供たちが何か悪いことをしたわけではない。

 

　ただ宗教で精神的に統一された共同体なので、子供が笑顔で自爆特攻といったことが現実にあったのが一向一揆です。

 

　こういう話題にご興味の方は、「笑う親鸞」など私の浄土真宗（一向宗）説教のフィールドワークをご参照下さい。

 

「神」が悪く出てくると、途端に「人」の命が極端に軽くなる傾向に注意しなければなりません。残念ながらこの問題は今世紀の国際社会で、いまだ解決を見ていません。

 

　21世紀に入っても「イスラム原理主義」は自爆特攻が常態でした。

 

　イワン4世が侵略した中央アジアのイスラム諸国で何があったかは、別の機会に記します。同じことが21世紀に入ってもチェチェンなどでは繰り返されていることに注意しておきましょう。

 

家長権で自滅：プーチンとイワンの共通点

　さてこのイワン4世、愚かなことに後継者であったはずの次男イワン（紛らわしいですね）を自らの手で撲殺してしまいます。

 

　ここで初めて人間らしい罪の意識にさいなまれ、不眠症など精神障害を引き起こし、最後はチェスを指している途中に発作を起こして頓死、ということになっています。

 

　しかし、何せ当時のロシアですから、毒殺その他陰謀の可能性も否定できない急死でした。

 

　なぜイワン雷帝は次男イワンを撲殺したのか・・・実に家庭的な出来事なのです。

 

　国家に家長権を行使し、虐殺を「神に認められた特権」と思っていた愚かなイワン雷帝、自分の家族にも当然「家長権」を行使し、息子の嫁など気に入らないと何回も挿げ替えるなど、21世紀の日本で考えても「DV」の限界を超える行状が日常化していました。

 

　跡継ぎと目されていた次男イワンの妻も、雷オヤジの機嫌で挿げ替えられ、3人目の皇太子妃エレナが待望の妊娠。おめでたです。

 

　本来なら爺さんとして愛でてやらねばならない。ところが、エレナがロシア正教で定められた妊婦の服を着ず、部屋着で普通にくつろいでいたことに「家長権」の雷はキレてしまい、何と、妊婦の嫁エレナに手を上げる、暴力を振るい始めます。

（似たようなことは日本でもありそうな気がします）

 

　家長権があるので、何でもOKなんですねこのオヤジには。1581年、51歳のイワンは十分ヤキが回っていたらしい。

　妊娠している妻が、実の父親に殴打されているのを見たら、息子はどう反応するでしょう。

 

　普通、止めますよね。「家長権があるから黙って見てた」という男がいたら、その方がどうかしている。息子イワンも当然そのようにした。

 

　ところがこれに、幼児期から「神の認めたツァーリ」と教育されてきたイワンのバカは完全に切れてしまったわけです。

 

「俺はツァーリだ、神の認めた家長だ、息子のお前が俺の手を止めていいと思ってるのか！

 

「このやろ、このやろ、このやろ・・・」とバカなイワンは跡継ぎの次男を、ツァーリ権威の象徴である錫杖で叩きのめします。

 

　撲殺だったものと思われます。もしかしたら出血多量その他かもしれない。

 

　イワンはツァーリの位を継がせるはずだった息子を殴り殺し、妊娠していた嫁は殴打で流産、つまり自分の血統を継ぐはずだった胎児も、嫁も殺してしまった。

 

　ここまできて、初めてイワンは人間に少し戻ったようで、正気を失い、不眠症でボロボロになり始め、3年後に頓死。

 

　リュ―リク王家は結局、3男で知的障害が認められ、継嗣には不適格と見なされていたフョードルが後継ツァーリに即位しますが、実権はフョードルの妃イリナの兄であった「タタール」ボリス・ゴドゥノフが掌握します。

 

「ボリス・ゴドゥノフ」この名前、ムソルグスキーのオペラとしてご存じの方もおられると思います。

 

　男ばかりで花のないこのオペラは、ロシア軍人でもあったモデスト・ムソルグスキーが絵空事でなく渾身で取り組んだ作品であり、私自身のスタンスと重なるところも多いので、これも別の機会に譲ります。

 

　ここでは唯一「タタール出身のボリス・ゴドゥノフ」は、蒲柳の質であったフョードルが亡くなった後「ツァーリ」の位に就いたことのみ、確認しておきましょう。

 

　タタールつまり「モンゴル／テュルク／ツングース」という分かりやすい東アジア人ルール、つまり私たち日本人や隣国韓国と生物学的には血統の繋がる人物が、中央アジアからロシア宮廷に関係を持ち、ロシア正教に改宗し、姻戚関係をもって「皇太兄」となり、ついには「第5代ツァーリ」にまで就任している事実。

 

　ツァーリズムはその成立時点から、単にロシアというだけでなく、キプチャク・ハン国時代から混淆の進んでいた「正教徒化した草原騎馬民族」の文化・政治伝統、すなわち粛清・暗殺・皆殺しの習慣がど真ん中に存在していたことが重要です。

 

　プーチン政権がいま現在でも容赦なく政敵を暗殺し、占領地で虐殺を続けられるのは「ツァーリズム」そのものであること、そしてその悪習はキプチャク・ハン国時代に同化が進んだ遊牧民族の「粛清伝統」に源流を求められます。

 

「タタールのツァーリ」ボリス・ゴドゥノフの治世は混乱を極め、最終的にボリスの政敵で追放されたモスクワ総主教フィラレート＝フョードル・ロマノフの息子、ミハイル・ロマノフ（1596-1645）が即位して、ちょうど江戸幕府と同じような時期「ロマノフ朝ロシア」が成立した時点では、ツァーリズムの残虐体質は完全に固定化していたわけです。

 

　生気を失ったプーチンの「老相」は、ツァーリの「家長権」を振り回しすぎ、殴ってはいけなかったはずのミンスク合意、ウクライナ和平を叩き壊して自滅の道に歩み続ける「21世紀のイワン雷帝」の末路と言うべきかもしれません。

 

　西側からは5月9日のロシアへのプレゼントとして石油の全面禁輸措置が送られました。この状況が長く続けば続くほど、ロシア連邦は現在のレジーム維持が困難になるでしょう。

 

　来年の「5月9日」、こうしたパレードを開くことができるのか？

 

　またそこにプーチンの姿を見ることができるかなど、注視すべき点と思われます。