中国の偵察気球から得られる教訓
(英エコノミスト誌 2023年2月11日付)
米中の相互不信が新冷戦に変容しつつある。
中国と米国が冷戦に向かっている。相互不信がはるかに破壊的なものへと変わりつつある。
互いに折り合うことができず、相手は自国の中核的な野心と利益を阻止する決意だと信じて疑わない2大国間の争いだ。
米サウスカロライナ州沖における中国の気球の撃墜は、対立が手に負えなくなるのを食い止める知恵と意思を米中両国が持ち合わせているか否かを占う試金石だ。
今のところ、その結果はまだら模様だ。
気球撃墜で傷ついたのは中国のプライド
楽観的な見方をするなら、今回の気球撃墜は予期せぬ幸運だった。
もっとひどい事態に発展しかねなかった危機でありながら、失うものが少なく教訓が得られるタイプだったからだ。
中国の戦闘機や軍艦はここ数年、恐ろしいリスクを冒し、米国やその同盟国に所属する航空機や船舶に嫌がらせをしてきた。
大抵は、西側の軍隊が中国の沿岸に近い国際空域や国際海域で旗幟(きし)を鮮明にしたり情報収集を行ったりするときに行っている。
また、中国の司令官たちは台湾の近くに派遣する飛行機の数を増やし、衝突の危険性を一段と高めている。
米国のミサイルが気球を破壊したことで中国が被った最大の被害は、そのプライドが傷ついたことだった。
両国軍の装備の衝突のうち、分かっている限りで最新のもの――米国の電子偵察機「EP3」と中国の戦闘機が空中で衝突し、中国機のパイロットが死亡した一方、米軍機は中国に緊急着陸し、乗員24人が拘束された2001年の事件――とはまさに好対照だ。
中国側の落ち着いた反応に楽観論
事態を楽観する観測筋は、飛行船を破裂させたことについて中国の宣伝機関は中国国民の怒りをさほどあおらなかったと指摘するかもしれない。
なるほど、主要なニュースメディアはこの件を控えめにしか報じていない。
準国営メディアは笑いのネタにし、中国側が航路を外れた気象観測用の気球と呼ぶものに米国が過剰反応したと茶化している。
本稿を執筆していた時点で、中国側は補償を要求しておらず、少なくとも当初は遺憾の意を表明していた。
楽観論者なら、中国軍が米国の国民と政治家が怒る様子を見て、衝突すればただではすまないことを学ぶだろうと期待するかもしれない。
中国の政府当局者はもう何年間も、危うい事態が生じたときの取り決めについて外国政府と話し合うことを拒んでいる。
よそ者は近づくな、近づかなければ安全だと怒鳴るばかりだ。
2001年当時とは違う米国政治
しかし、今回の一件は悲観的に見ることもできる。
2001年の衝突で、当時のジョージ・W・ブッシュ大統領がEP3の乗組員を解放させるために中国軍パイロットの死去について遺憾の意を表明した際には、連邦議会は不満を漏らすだけだった。
今日のワシントンでは、党派的な怒りはそれほど抑制されないだろう。
共和党が気球をすぐに破壊するようジョー・バイデン大統領に求めるなか、中国政府は2月上旬に出した独善的な声明文で、大統領に加わる政治的な圧力を考慮していなかった。
それどころか、最終的に気球が撃墜されるとおおっぴらに抗議した。おまけに、米国は事件を「でっち上げた」と非難した。
あたかも、戸建て住宅ほどの大きさで地上からでも見ることのできる敵国の風船を自由社会が隠蔽できるだろうと言わんばかりだった。
鼻持ちならないメッセージの代償
中国のメッセージ発信の鈍感な不快さには代償が伴う。
気球が米国本土を横断している最中に、アントニー・ブリンケン米国務長官が2月5~6日に予定していた中国訪問を延期した。
バイデン氏とその側近が、ブリンケン氏が習近平国家主席やそのほかの政府幹部と行いたいと思っていた率直な話し合いに集中できる政治状況ではないと判断したと言われている。
対話の狙いは、二国間の緊張を緩和したいとしている中国の本気度を試すことと、米中関係にささった最も鋭いトゲに対するバイデン氏の見方を習氏の耳に直接入れることにあった。
ここで言うトゲとは、米国の台湾支援、軍事利用できる先端技術への中国のアクセスを制限しようとするバイデン政権の取り組み、ウクライナで戦うロシアへの中国からの支援などを指す。
米国務長官の訪中の意図
かつてオバマ政権で国務次官補とアジア問題のアドバイザーを務め、現在はアジア協会政策研究所に籍を置くダニエル・ラッセル氏は、ブリンケン氏の訪中は両陣営が「行儀よくプレー」できる政策分野を提案する「ボーイスカウト」的な訪問を意図したわけではなかったと語る。
本当の目的は、緊張をじわじわと高めがちな中国の振る舞いが何であるかを詳細に説明し、緊張を逆に低下させるような行動を提案することだったという。
ラッセル氏によれば、米中は「海図のない」領域に入っており、かみ合わないことが多い両国の目標や世界観と深い経済統合とのバランスを取りつつ、新たな均衡を求めて手探りで進んでいる。
ブリンケン氏の訪中は「冗談なしに、習氏に米国の方針を丁寧に教えるためのものだった。自分の部下から歪んだ解釈が上がってきているかもしれないからだ」。
この訪中の日程が近いうちに再調整されることをラッセル氏は望んでいる。
中国側の真意は?
米中対話の機会を再度設けてほしいという声は、中国の学者からも上がっている。
清華大学戦略安全研究センターの達巍主任は、中国は中米関係の安定化を望んでおり、紛争回避にとどまらず正常な通商関係と人材交流を求めている主張している。
そして、中国は以前の強硬姿勢を後悔しているからチャームオフェンシブ(魅力攻勢)を仕掛けていると考える西側のアナリストに異議を唱えている。
実態はそうではなく、バイデン政権が国内基盤を強化して同盟国への信頼感も高めたうえで中国に関与する準備を整えるのを中国側は待っているのだという。
達氏はさらに、米大統領選挙の前年に当たる今年が対話のチャンスだと見ており、今でも米中の協力を望んでいる両サイドの「分別のある」官僚や企業経営者、学者に慎重な期待をかけている。
だが、今回の気球危機を両国がうまく処理できる兆しはほとんど見られないと言う。
「中国にも米国にも安定した二国間関係のためにまだ骨を折っている人はいるが、少数派だ」と懸念している。
危機管理の必要性
新たな冷戦は最初のそれとは異なるものになるだろう。
米国と旧ソビエト連邦の間には、ビジネスの関係がほとんどなかった。対照的に、米中間では1日当たりで約20億ドルもの輸出入が行われている。
ところが今日では、たとえ商業関係を深めても、以前のように相互理解につながる道にならない。
一つには、ハイテク産業から農地に至る中国の米国投資に対して、米国の政治家たちが慎重な見方をますます強めていることがある。
2020年には、中国人所有の企業が米国で雇用する従業員の数がわずか12万人に急減した。
また中国共産党の幹部たちは、米国人が抱いている不信感を「反中ヒステリー」と呼んでいる。
もし習氏が危険な衝突を回避したいのであれば、ガードレールを備えた関係を築こうというバイデン氏の呼びかけに答えるべきだ。
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