出さなかったラブレタ
2014.7.10 03:07 [産経抄]
「夜に書き朝に恥じてるラブレター」。小紙の川柳欄で以前に見つけた。夜、感情の赴くままにつづった恋文は、朝、読み返すと顔が赤らむような内容だ。かといって破り捨てる気にもなれず、引き出しの奥にそっとしまっておく。
▼若き日に、似た経験をした人も少なくないはずだ。大正10年、22歳だった作家の川端康成には、どんな事情があったのだろう。神奈川県鎌倉市の川端邸から、初恋の相手だった伊藤初代(15)と交わした書簡11通が見つかった。
▼10通が初代から届いたもので、1通は川端が初代宛てに書いた未投函(とうかん)の手紙だった。「君から返事がないので毎日毎日心配で心配で、ぢつとして居られない」「恋しくつて恋しくつて、早く会はないと僕は何も手につかない」。恋する若者特有の、焦燥感が痛々しい。結局、初代が「ある非常」という不可解な言葉を残して身を引いたために、二人の恋は実らなかった。
▼ノンフィクション作家の梯(かけはし)久美子さんが、明治から平成にかけての日本人の恋文を集めた『世紀のラブレター』(新潮新書)にも、川端の手紙が採用されている。ただし、こちらは昭和9年、執筆のために滞在している群馬県の旅館から、東京の自宅にいる秀子夫人に宛てたものだ。
▼「なぜ報告の手紙をよこさんのだ、馬鹿野郎」「葉書の一本くらゐ書けないか。あきれたもんだ」。打って変わって、罵倒の連続だが、相手を求める気持ちは同じだ。立派な恋文といえる。
▼5月に首都大学東京を視察した舛添要一東京都知事は、仏語の講義に出て、「ラブレターを書くと上達する」とアドバイスしたそうだ。日本語だって上達すると、電車の中でもメール送信に余念のない若者に言いたい。ノーベル文学賞は高望みとしても。
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