(古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)
米国で、新型コロナウイルスの地球規模の大感染について中国政府の責任を追及し、損害賠償を求める動きが高まっている。その動きが米国のみならずオーストラリア、イギリス、ドイツ、フランスなどでも顕著となってきた。一方、中国政府はその動きを不当だとして、強硬な反撃を展開している。
オーストラリアで賠償金を求める動き
コロナウイルスの各国への感染が中国政府の当初の隠蔽工作によって加速され、拡大されたとする非難は、まず米国で激しくなった。連邦議会で非難の声が高まると同時に、各州の民間団体、さらには州当局が実際に中国政府に損害賠償金の支払いを求める訴訟を起こした。たとえばミズーリ州当局による訴訟は中国の政府や武漢市に総額440億ドルに達する賠償金支払いを要求した。
この種の動きでとくに注視されたのは4月17日のトランプ大統領の言明だった。同日の記者会見でトランプ大統領は、「中国当局は武漢で発生したこのウイルスの拡大を効果的に防ぐことができたはずだ」と述べ、「中国政府の責任は多様な方法で追及されなければならない」と強調した。その責任追及には米国が受けた被害への賠償金支払いも含まれるとし、米国政府は今そのための「真剣な調査」を進めているとも述べた。
コロナウイルスの各国への感染拡大に対して中国政府の責任を問い、賠償金を求める動きはオーストラリアでも現れた。
4月中旬、オーストラリア与党の有力下院議員ジョージ・クリステンセン氏が「コロナウイルス感染によるオーストラリアの被害は中国政府の隠蔽工作に原因があるのだから、中国に被害への賠償を求めるべきだ」と公式に主張した。そのうえで同議員は、「中国政府が支払いに応じない場合、中国の国有、国営企業がオーストラリアで保有する土地などの資産を没収して、賠償に替えるべきだ」とも述べた。
また、4月17日にピーター・ダットン内務相が中国政府に対して「武漢ウイルスの発生源についての透明性」を要求した。続いて4月21日にはスコット・モリソン首相が米国のトランプ政権と協議を重ねた結果として「コロナウイルス感染に関する中国政府の責任の解明と追及」を進める方針を発表した。ここで言う「責任」には“賠償”も含まれることになる。
英、独、仏も中国の責任追及へ
イギリスでは4月上旬、保守党のボリス・ジョンソン首相にも近い大手研究機関の「ヘンリー・ジャクソン協会」が、コロナウイルス感染に関して中国政府の責任を指摘し、被害の重大なイギリスは中国に補償金の請求を求めるべきだという政策提案を発表した。
同協会は、中国にその補償金を支払わせる方法として、中国政府や国有企業が保有するイギリス政府の各種債券やイギリス側の対中債務から取り立てることなど提示していた。
またイギリスのドミニク・ラーブ外相は、事実関係を徹底的に調査して中国の責任を解明する、という方針を明らかにした。その背景には、国政レベルで中国との関係の根本的な見直しや中国企業ファーウェイとの取引の再検討を求める意見が高まってきたことが挙げられる。
ドイツでは最大手の日刊新聞「ビルト」が4月中旬、中国政府に対してコロナウイルス感染被害の賠償を請求すべきだという社説を掲載した。社説は同紙の編集主幹によって書かれ、ドイツが受けた被害への賠償金として総額1650億ドルを請求していた。
ドイツのアンゲラ・メルケル首相も同じ時期に、習近平政権がコロナウイルス発生時に情報を隠したことを批判した。メルケル首相はこれまで中国に友好姿勢を示していたが、その姿勢が一転した形である。
その後、中国側の政府関係者がビルト紙の社説への強硬な反論をぶつけ、それを受けてビルト紙側がまた反論するという険悪な言論戦が続いている。
フランスでも中国に法的な責任を追及する動きが表面化してきた。エマニュエル・マクロン大統領は4月中旬、イギリスのフィナンシャル・タイムズ紙のインタビューで中国の新型ウイルスへの対応を明確に批判した。「独裁的な国では私たちの知らないことが起きる。中国の武漢でのコロナウイルスへの中国政府の対応に疑問があることは明らかだ」と述べ、中国政府の責任をはっきりと指摘した。
その直前、フランス外務省はパリ駐在の中国大使を召還して、中国大使館のウェブサイトに載った“欧米諸国のコロナウイルス対策への批判”に抗議した。同サイトは、「欧米諸国政府の対応は欠陥があり、多数の高齢者が施設内で次々に死ぬのを放置している」という趣旨の文章を掲載し、それに比べて中国のウイルス対処法はより効果的でより人道的だ、と記していた。フランス政府はその記述は事実に反しているとして抗議したという。
中国は「嘘やデマ」と激しく反発
諸外国のこうした動きに対して中国政府は反撃姿勢をますます強めるようになった。
米国での訴訟の動きに対しては中国外務省の耿爽報道官が連日のように「まったく事実に反する、くだらない訴えだ」と一蹴する対応をみせている。同報道官は米国議会で中国訴訟活動の先頭に立つ議員らの実名を挙げて、「嘘やデマに基づいている」と激しい表現で米国側の主張を否定する。
またオーストラリアに対しては、オーストラリア駐在の成競業大使が「コロナウイルスに関する中国の責任追及の調査」を止めるよう要求した。オーストラリア政府がその要求に応じない場合はオーストラリア産のワインや穀物などの輸入をボイコットするかもしれない、というような威迫まで露わにしている。
このように新型コロナウイルス感染のグローバルな拡大は、その発生源の中国と感染を受けた諸国との間で前例のないほど険しい対立を生むようになってきた。