演藝, 팻션

「1982年生まれ、ヒョンビン」と半沢直樹と暗号と

이강기 2020. 8. 24. 10:40

「1982年生まれ、ヒョンビン」と半沢直樹と暗号と

 

矢部万紀子 コラムニスト

Ronza, 2020年08月24日

 

 

 

 

 ヒョンビンが1982年生まれだということは、わりと早い段階から知っていた。が、キム・ジヨンと同い年だと気づいたのは、つい最近だ。きっかけは、ドラマ「半沢直樹」。という話を書くのだが、まずは基礎知識を少し。

 

 ヒョンビン=韓国のドラマ「愛の不時着」で北朝鮮の大尉(リ・ジョンヒョク)を演じた俳優。1982年9月生まれ。韓国の財閥令嬢で、北朝鮮に不時着したファッションブランド経営者(ユン・セリ)とのラブストーリーはNetflixで大人気。「総合トップ10(国内)」で不動の上位をキープ中。

 

 キム・ジヨン=韓国の小説『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著)の主人公。1982年4月生まれ。出産を機に広告会社を退社、心を病む。小説は担当精神科医のカルテの形をとり、男性優位社会を描き大人気に。韓国で130万部、日本で18万部を記録。10月に日本でも映画公開予定。

 

 ドラマ「半沢直樹」=「倍返し」が流行語になり、最終回に視聴率42.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録した前作から7年、TBS系でオンエア中。主人公・半沢直樹(堺雅人)は東京中央銀行から子会社に出向、4話で戻る。半沢は前シリーズの原作などにあるように「バブル入行組」だから、1966~70年頃生まれか。

 

 ヒョンビンの生まれ年を知ったのは、5月中旬。緊急事態宣言下、「愛の不時着」を見て感動、調べたのだ。先行き不安だった心が、大人同士のラブストーリーに癒やされた。演じた2人の年齢を調べたらヒョンビンも、セリを演じたソン・イェジンも82年生まれだった。そっかー、2人ともアラフォーなのかー。その事実に感動した。

北朝鮮のエリート将校、リ・ジョンヒョク役のヒョンビン=「愛の不時着」配信中のネットフリックス提供

 

 日本で大人の恋愛ドラマを見ることは、めったにない。それどころか、アラフォー以上の女優は「水戸黄門」になる。かねがねそう思っていた。典型が「ドクターX~外科医・大門未知子~」(テレビ朝日系)。天才外科医を演じる米倉涼子(45)の「私、失敗しないので」は難手術を成功させる合図だから、「助さん、格さん、懲らしめてやりなさい」又は「この紋所が目に入らぬか」といったところ。最近の鈴木京香(52)もそんな感じで、「セカンドバージン」(2010年、NHK)ではあんなにドキドキの恋愛を演じていたのに、この頃は「カリスマ」とか「神様」とかと呼ばれる「仕事をする人」の役ばかりだ。

 

 ドラマ制作者の「年齢を重ねた女優→仕事の達人→高視聴率」という思考回路の前提は、「女性の達人→珍しい存在→恋愛なし」だろう。だが「愛の不時着」は、「年齢を重ねる男女→仕事の達人同士→恋愛」なのだ。なんで日本はそうならないのかなー。

 

 といった感想から2カ月。7月19日に「半沢直樹」の放送が始まった。1話と2話を見てあまりのことに驚き、ヒョンビンとキム・ジヨンが同い年だと気づかされた。激しく心が揺さぶられた。のだが、その前に。

 

ヒョンビンはマッチョ男にならない

 

 「愛の不時着」初見で、ヒョンビンにハマった。185センチ、超ハンサム。「愛の不時着」では「顔天才」と表現された彼の主演ドラマをもっと見るべく、動画配信サイトを渡り歩いた。「愛の不時着」を7巡した人のインタビューもした。わかってきたのが、ハマった理由は「顔天才」だけではないということだった。

「愛の不時着」=ネットフリックス提供

 

 7巡したのは、フェミニズム専門出版社エトセトラブックスの代表・松尾亜紀子さん。「愛の不時着」を「完璧に対等な男女の、壮大な恋愛ファンタジー」と表現、「ジェンダー的な安心感が心地良かった」と語っていたジョンヒョクとセリの対等さはもちろん、北朝鮮で生きる人々のシスターフッド、ブラザーフッド、両方が描かれている、と。

 

 この松尾さんの指摘を胸に、ヒョンビン主演ドラマを次々と見ていき、7月末までに9本をコンプリートした。「愛の不時着」2巡目も含め、168時間超を費やした。わかったのは、松尾さんの言う「ジェンダー的な安心感」が通底していたことだ。

 

 財閥の御曹司というのが彼の当たり役で、「私の名前はキム・サムスン」(05年)と「シークレット・ガーデン」(10〜11年)で2度のブームを起こしている。ヒロインはどちらも、職人的な仕事(パティシエとスタントウーマン)に誇りを持つ気の強い女性。それは「身分違いの恋」を意味するが、次第に御曹司が彼女を愛するようになる。仕事込み、性格込みのありのままの彼女、というところがポイント。こう変われ、などと決して言わない。

 

 もう一つ気づいたのが、彼が演じるとどんな役でもマッチョ男にならないということ。それはヤクザの役でもそうで、「品の良さ」があるからという解説も目にした。その通りと思い、品の良さとは何かと考えていた時、ジャーナリストの治部れんげさんの「愛の不時着」評を読んだ。ジョンヒョクのことを「ポストMe Too時代にふさわしい」と書いていた。「有毒な男らしさ」が一切ないから、と。ああヒョンビンがそうなのだ、だからマッチョ男にならないのだと、膝を打った。

 

 

半沢直樹の妻は、おっさんの妄想

 

 そんな結論に達しつつあったところで「半沢直樹」が始まった。すでに5話までが放送され、すべて視聴率は20%を超え(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と絶好調。個人的には突っ込みどころ満載だろうと思い見たのだが、想像以上だった。

ドラマ「半沢直樹」(主演の堺雅人)=TBS提供

 

 そもそも登場する男たちが皆、揃いも揃って社内政治が好き過ぎる。すごく暑苦しい彼らのやりとりに、今どきの金融業界でそんなことをしてる暇ってあるだろうかとは思ったが、まあそれは想定内といえば想定内。想定外だったのが、半沢の妻・花(上戸彩)。半沢が「花ちゃん」と呼ぶ専業主婦。

 

 わかりやす過ぎるのだ。おっさんの妄想の世界の「理想の妻」ってこういう人なのね、と丸わかりなのだ。可愛い、ちょっと拗ねる、自分の味方。仕事への理解がすごくあって、励ましてくれるが、経済には無知、家事は得意。そのすべてが、具体的に描かれていた。

半沢直樹の妻・花(上戸彩)=TBS提供

 

 1話で結婚記念日のディナーを半沢にドタキャンされ、「来れないって、どういうこと?」と電話口で拗ねる。が、すぐに「その仕事、かなり大きいんじゃない?」と理解を示し、「無理しないでね、おじさんなんだから」と冗談めかして励ます。2話では、お花教室の奥様たちから聞かれているからと「上がる株」を話題にする。半沢はあれこれ答えるが、花は新聞の株式欄を見ながらこう結論する。「みんなよく、こんな暗号みたいなものにお金出せるわねー」。

 

 うわー、暗号と来たかー。こういう幼い天然さがお好みなのね、おっさんは。で、この会話の間、半沢はひとり食事をしている。テーブルにはカツオのたたき、厚揚げの煮物、その他2品のおかずと三つ葉の飾られた赤だしが並ぶ。「料亭か!」と心で叫び、ヒョンビンを思った。ずっと「家事をする男」だったのだ。

 

 「愛の不時着」ではセリのために、豆を煎ってコーヒーをいれ、麺を茹でて錦糸卵を添えた。それ以前の作品でも、例えばテレビ局員を演じたドラマ「彼らが生きる世界」(08年)では、社の後輩の彼女の部屋を掃除し、食器を洗っていた。映画「愛してる、愛してない」(11年)は浮気をして出ていく妻との最後の夕飯に、パスタを料理していた。荷造りを手伝い、食器を丁寧に梱包する指がセクシーだった。井上荒野「帰れない猫」が原作だが、そこで料理をするのは妻だし、梱包シーンはない。ヒョンビンという役者を見ると、家事をさせたくなるのだ、きっと。

『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著、斎藤真理子訳、筑摩書房)

 

 などなどと振り返っているうち、突如、「ヒョンビンは、キム・ジヨンと同じ年だ」と気づいた。圧倒的男性優位社会に生き、心を病んだキム・ジヨンと同じ年。その人がこんなって、すごくないですか?

 

 ジヨンには、二つ上の姉と五つ下の弟がいる。弟と年が離れているのは、3人目も女の子だと知った母が中絶したからだ。炊き上がったご飯は父、祖母、弟の順で供される。病の引き金を引いたのは、公園でコーヒーを飲んでいて言われた「ママ虫」という言葉。「夫のお金で遊びまわる害虫」のネットスラングだそうだ。ジヨンは、夫にこう言う。

 

 「死ぬほど痛い思いをして赤ちゃんを産んで、私の生活も、仕事も、夢も捨てて、自分の人生や私自身のことはほったらかして子どもを育ててるのに、虫だって。害虫なんだって。私、どうすればいい?」

 

 

同い年の女性の葛藤と悔しさを理解し、共感する男性

韓国映画『82年生まれ、キム・ジヨン』のパンフレット。韓国では2019年10月に公開、大ヒットした

 

 実は『1982年生まれ、キム・ジヨン』に82年生まれ男性は登場しない。一番近いのが、ジヨンが就活中に付き合うようになった一つ年上の彼氏だ。同じ大学の学生だが、軍隊生活を終えて復学したので学年は下。ジヨンの卒業式の日の2人のデートが描かれる。雪が降ってくる。ジヨンが彼に、雪に何を願ったかと尋ねる。彼はこう答える。

 

 「君が元気で会社に通えますように。辛いことや悔しいことができるだけ少なくて、できるだけ疲れないですみますように。社会人生活がうまくいき、無事にお給料がもらえて、僕においしいものをおごってくれますように」

 

 「愛の不時着」にハマった女性なら、ジョンヒョクと重なるはずだ。私はセリの誕生日のシーンを思い出した。「今年の誕生日が幸せ過ぎて怖い」と泣くセリに、ジョンヒョクはこう言う。「来年も、その次の年も、その翌年も、幸せな日になる。『生まれてきてくれて、ありがとう。愛する人がこの世にいてくれてうれしい』と、僕が思っているから」。この言葉で、初めて誕生日を祝う意味がわかった気さえした。

 

 ジヨンの彼もジョンヒョク同様、「ポストMe Too時代にふさわしい」男性だ。だが、ジヨンは彼と別れてしまう。別れるからこそ、雪のように消える人だからこそ、彼は優しく甘い言葉をジヨンに残した。そんな作者の意図を感じた。一方「愛の不時着」では、ジョンヒョクとセリは結ばれる。それはドラマだから、「恋愛ファンタジー」だから。脚本家は、『1982年生まれ、キム・ジヨン』の作者と同じアラフォー女性。「理想の男性」を描く2人の視点は同じ。そんなふうにも思う。

「愛の不時着」で経営者ユン・セリ役のソン・イェジン(左)とヒョンビン=ネットフリックス提供

 

 ヒョンビンがどんな風に育ったかはわからない。でも、今を生きる同い年の女性の葛藤と悔しさを理解し、共感する男性なのだと思う。だからこそ、あり得ないほどの「理想の男性」を形にできた。そうでなければ、女性の心はつかめない。女性の視聴者は甘くない。嘘があったら、すぐに見破る。

 

 花ちゃん、「愛の不時着」を見ましたか。まだなら、ぜひ見てください。そして花のような「理想の妻」を妄想しているおっさんたちも、ぜひ。