給料は上がらず、物価だけ上がる…ついに日本を「スタグフレーション」の悪夢が直撃する
加谷 珪一
現代 Business
2022.03.23
日本経済が不景気下の物価上昇、つまりスタグフレーションに陥る可能性が日増しに高まっている。日本は長くデフレが続き、物価上昇などあり得ないという感覚が蔓延していた。筆者はかねてから、こうした認識は危険であり、物価が上昇するリスクについて指摘してきたが、懸念していたリスクは最悪の形で顕在化しそうだ。
不景気下のインフレが現実のものに
日本にも物価上昇の波が押し寄せている最大の原因は、言うまでもなく原油価格の高騰と、それに伴う全世界的なインフレの進行である。米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)は2022年3月16日、いよいよゼロ金利政策を解除し、利上げの実施を決定した。
米国はすでに歴史的なインフレ水準となっており、FRBは金融の引き締めが必須となっている。足元の米国経済は堅調だが、ここで舵取りを誤れば、景気の腰を折ってしまう可能性がある。米国はインフレをうまく抑制し、持続的な成長を維持できるのか、それともスタグフレーションに転落するのかの瀬戸際にある。
米国は健全な成長ができるかどうかという岐路に立たされているわけだが、日本の立ち位置はまったく異なる。日本は長くほぼゼロ成長という状況であり、長期にわたって不景気が続いている。ここで日本の物価が本格的に上昇し、景気が回復しなかった場合、ほぼ自動的に不景気とインフレが共存することになる。
総務省が2022年3月18日に発表した日本の消費者物価(総合)は前年同月比でプラス0.9%だった。この数字には帯電話料金の引き下げ分が反映されており、もしこの引き下げがなければすでに物価は2%の上昇になっていたと考えられる。春以降には携帯電話料金の効果が剥落し、一気に指数が上昇する可能性が高いので、日本の物価はすでに2%以上上がっていると判断してよいだろう。
〔PHOTO〕Gettyimages
スタグフレーションという言葉をどう定義するのかによって解釈は異なるものの、一般論的に不景気下のインフレを指すなら、日本はすでにスタグフレーションに突入していると見なすこともできる。
ここで注意する必要があるのは、今回の物価上昇は、原油価格などモノの値段が上がったことだけが原因ではないという点である。確かに物価上昇の起点となったのは原油価格であり、教科書的に言えば「コストプッシュ・インフレ」ということになる。教科書を見ると、物価上昇に伴うインフレは「コストプッシュ・インフレ」、需要が拡大して起こるインフレは「ディマンドプル・インフレ」などと書いてある。
だが、こうした区分はあくまで教科書的な世界の話であって、現実世界ではたいていの場合、複数要因が絡み合ってインフレが発生する。したがって、今回のインフレをコストプッシュ・インフレと機械的に判断するのは危険である。なぜなら、仮に原油価格が落ち着いたとしても、それでインフレが収束する可能性は低いからだ。
インフレの怖さ
日本は70年代にオイルショックという物価高騰を経験しており、巷では70年代のオイルショックは典型的な「コストプッシュ・インフレ」と説明されている。確かに、物価上昇の起点は原油価格高騰だが、いくつかの品目価格が急上昇しただけで、あれほどの大規模なインフレが発生することは通常、あり得ない。
では、オイルショックによるインフレはなぜ起こったのだろうか。年配の方なら思い出せるかもしれないが、オイルショックの2年前の1971年、もっと重大な出来事が起こっている。それはニクソンショック(つまり米ドルと金の兌換停止)である。当時、価値が下落したドルが市場に大量に流通しており、米国はドルの切り下げを余儀なくされた。日本やドイツは急激な通貨高に対応するため、自国通貨売りの介入を行うとともに、金融市場の混乱を防ぐ目的で、意図的な流動性の供給を行った
カンの良い読者の方ならもうお分かりだろう。オイルショックの前には、現在の量的緩和策と同様、大量のマネーを市場にバラ撒く政策が行われており、通貨価値が毀損しやすい状況にあった。ここに原油価格の高騰というショックが加わったことから、一気にインフレが加速したのである。
現在の世界経済は当時とよく似ており、量的緩和策によって市場は大量のマネーで溢れかえっている。ただでさえ物価が上がりやすかったところに、原油価格をはじめとする原材料価格の高騰というショックが加わった。
つまり、現在の物価上昇の背景には、量的緩和策という貨幣的要因が存在しており、単純なコストプッシュ・インフレではないのだ。原油価格が落ち着けば、インフレも収束するという見通しは立ちにくく、事態は深刻である。そうであればこそ、FRBはインフレ抑制に手段を選ばない姿勢を鮮明にしつつある。
では、日本も今後、米国のような激しい物価上昇に見舞われるのかというと、そうはならないと筆者は見ている。物価は上がっていくが、そのペースは諸外国ほどではなく、一方で、賃金の抑制が進み消費者の購買力がさらに低下していく可能性が高い。その理由は、日本経済がすでに相当なレベルで疲弊しており、もはや仕入れ価格の上昇を製品価格に転嫁する余力がなくなっているからである。
物価は上がるが、賃金は上がらない
通常、インフレというのは、原材料価格のコスト上昇を企業が製品価格に転嫁することで加速していく。物価が上がると生活が苦しくなるので、労働者は賃上げを求め、それがさらに物価上昇に拍車をかけるという流れである。だが経済が疲弊している場合、製品価格を上げると売上高が大きく落ち込んでしまい、企業は思うように価格に転嫁できない。今の日本はまさにそのような状態になっていると考えられる。
物価が上がっていく中で、賃金が上がらないのはまさに地獄だが、直近のGDP統計はその悪夢が到来していることをうかがわせる内容だった。
内閣府が発表した2021年10~12月期のGDP成長率は、物価の影響を考慮した実質で前期比プラス1.1%、年率換算ではプラス4.6%となっている。前期の反動があるとはいえ、数字だけを見るとまずまずの結果だが、物価の影響を考慮しない名目成長率はわずか0.3%にとどまっており、実質値が名目値を上回る、いわゆる「名実逆転」が発生している。
実質値が高かったのは、GDPで用いる物価指標「GDPデフレーター」(GDP算出時に物価変動の影響を取り除くために用いられる指数で、名目GDPを実質GDPで割ることで算出する)がマイナスだったからであり、デフレーターがマイナスになった最大の理由は、国内の物価下落ではなく、輸入価格の大幅な上昇だった。
仮に、企業が輸入価格の上昇を製品価格に転嫁できていれば、国内需要のデフレーターが上昇するので、両者は相殺されていたはずである。全体のデフレーターが下落したということは、企業が物価上昇を製品価格に転嫁できなかったことを示唆している。輸入物価の上昇を製品価格に転嫁できない場合、企業は利益を減らすか、賃金を減らすのかのどちらか、あるいはその両方を選択せざるを得ない。
企業の仕入れに相当する企業物価指数は、歴史的な水準まで上昇しており、企業のコスト削減努力ではどうにもならない段階に入っている。春以降も、製品価格への転嫁が順調に進まなかった場合、確実に賃金は抑制されるだろう。
インフレは多くの国民にとって厳しい事態だが、価格に転嫁できるということは、賃金を上げる原資が確保されるということでもある。インフレが発生しているにもかかわらず、価格に転嫁できないということは、国民全員が貧しくなることとほぼイコールになってしまう。日本経済は、価格転嫁を行って物価上昇を加速させるのか、緩やかな物価上昇と賃金の低下を共存させるのかの分水嶺にさしかかっている。
仮に日本経済が後者を選択した場合、日本の長期金利は米国ほどには上昇しないかもしれない。
大量の国債を抱えた日銀や、利払いの急増に戦々恐々としている政府からすれば好都合だろうが、日本だけが低金利を続ければ、確実に円安を招く。輸入物価はさらに上昇し、消費者の購買力が低下するのはほぼ確実である。いずれにせよ、物価は上がらないという「神話」が終わりつつあるのは間違いない。日本人は過去30年の価値観について抜本的に変える必要があるだろう。
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