北朝鮮を脱出した医師が見る、金正恩総書記がコロナ・パニックを公表したワケ
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朝鮮中央通信は5月21日、金正恩(キム・ジョンウン)総書記が政治局会議を主宰し、新型コロナは「建国以来の大動乱」であり、防疫対策に総力を尽くせとの指示を出したと伝えた。
最高指導者である金正恩氏から直接、「建国以来の大動乱」という言葉が出てきたことに、多くの人々の関心が高まっている。人民政権が創建されて以降の約70年間、北朝鮮が「大動乱」と公にしたことはただの一度もなかったからだ。
5月21日の同通信では、発熱者が累計で246万640人になったと報じられている。金正恩氏がマスクを着用して会議を開き、薬局を探して視察する姿も報道された。
北朝鮮では、これまでも数多くの伝染病が蔓延し、絶えず発生し続けた。数百万の「餓死者」が出た時も、「大動乱」とは言わなかった。にもかかわらず、今回のコロナ禍を「建国以来の大動乱」と位置付けたのはなぜだろうか。
言論の自由と人権を重視する自由民主主義社会では、真実を知らせることは為政者の責務だが、すべての情報を隠さなければならない北朝鮮のような全体主義の独裁国家では、真実を知らせるなど、とうてい有り得ないことだ。
現在まで3代にわたって世襲している北朝鮮の金王朝は、首領と指導者の指導業績にそぐわないことは、どんな些細なことも報道されることはない。必要な時は嘘をつき、不都合な時には真実を隠し、有利な時も真実を歪曲した。嘘も、真実も、「有利不利」によって、公開あるいは隠蔽してきたのが北朝鮮である。
建国されてから今まで、北朝鮮は一つも真実を話したことはないと言っても過言ではない。北朝鮮の病院で、医師として働いていた時のことを振り返ってもそうだ。
「コレラ撲滅」を宣言した北朝鮮で起きた真逆のこと
1995年のことだと思う。当時の北朝鮮では、伝染病のコレラが猛威をふるっており、多くの人々が感染・死亡していた。
1966年10月、金日成(キム・イルソン)主席は「社会主義医学は予防医学だ」と述べ、「伝染病という古い社会の遺物はなくなることになった」と発表した。それ以降、北朝鮮は、後進国に見られるような伝染病の存在が国外に知られることを敬遠するようになった。
そのため、当時はコレラを「急性下痢症」という病名で治療し、防疫対策を取った。ただ、北朝鮮経済が既に傾いた90年代の状況では、防疫と治療は容易なことではなかった。
コレラかどうかを正しく検査しようにも、試薬と設備不足でままならない。市の防疫所、1カ所だけしか総合的な検査ができなかったため、多くの医者は臨床経験による診断と治療に頼るしかなかった。
その当時、消防局衛生課実験室に、学識があり生真面目な医者が一人いた。彼は急性下痢症患者の大便を検査し、コレラ菌が発見されたことを患者に話した。医者として当然の行為だろう。だが、それが後に問題になった。
彼は、患者家族にコレラについてむやみに話し流布させたかどで、党委員会から叱責を受けた。国民にコレラ伝染病は根絶されたと発表した後だったので、コレラの事実を隠さなければならなかったのだ。コレラが蔓延しているという真実を、公開することが罪になる世の中だった。
北朝鮮の場合、コレラ防疫の基本は飲料水の消毒だった。
汚染された大同江水を飲料水として利用するには、多くの工程を踏まなければならない。具体的には、山頂にあるタンクに水を引き上げて、砂利と砂で濾過し、塩素水で消毒処理して住民の家屋に供給していた。
当時の北朝鮮は中央政府による水の供給体系が崩壊しており、地方自治体が自分ですべてのことを解決しなければならなかった。だが、塩と電気が十分にないため、塩素水を作り、安全な飲料水を供給することは自治体にとって大きな難題だった。
まるで1950年代に逆戻りしたかのような北朝鮮で、コレラは足枷を解かれた獣のように猛威をふるったが、この事実は党として決して公開できない類いのものだ。
結果、自治体も医者も党と口裏を合わせ、コレラ菌を検出しても、コレラだと話すことができず、大同江で獲った魚は「絶対に食べるな」と、取り締まる以外になかった。
コレラは数時間から数日間、水便状の下痢が止まらなくなり、水分を多量投与しなければ、脱水症状で死に至る急性伝染病だ。だが、「点滴」をするにしても、生理食塩水の他に何もなかった。
地方のコロナは「風邪」、平壌のコロナは「大動乱」
金正恩氏が薄い黄砂マスクをふたつ重ねて着用し、「建国以来の大動乱」を公にしたことには、どんな意図があるのだろうか。北朝鮮には、コロナを防ぐための防疫マスクが一つもない。その中で最高指導者が一般的なマスクで新型コロナ対策を喧伝する真意は何だろうか。
北朝鮮では、昨年の段階で新型コロナが蔓延していた。その時に、死ぬ人は死に、生き残った人は生き残った。新型コロナにかかった人に免疫が形成されていることを考えれば、なぜ新型コロナの感染拡大を今、公開する必要があったのだろうか。
北朝鮮の新型コロナは主に地方が中心だったが、現在は首都・平壌で流行しているのが特徴だ。4月25日の軍事パレードが原因と言われている。
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北朝鮮は「平壌は朝鮮の心臓」「革命の首都」と自称している。これは、北朝鮮国民が数百万人死んだとしても、金正恩氏が住む平壌だけはコロナ感染など起きてはならないということだ。
ゆえに、地方での新型コロナは「風邪」と表現され、平壌での新型コロナは「大動乱」と表現されたのではなかろうか。
北朝鮮は建国以来、「大動乱」でない時はなかった。数百万人が飢えて死んだ1990年代中旬から2000年代初頭にかけても、金氏王国はびくともしなかった、そんな独裁国だ。
一部のメディアは今、北朝鮮は経済的な困難とともに、新型コロナによる深刻な生活苦によって、変化が起こるだろうと予測している。
北朝鮮では、反米、反韓、反帝国主義は日に日に高まる国民の不平不満と反政府的感情を押さえ込む、政治的な手段として利用されてきた。新型コロナの公開も、統治手段の一環であると言えるだろう。
90年代の国際人道支援も国内向けプロパガンダに活用
北朝鮮が「建国以来の大動乱」だと発表したのは、新型コロナを利用して支援を受けるためだという見方も除外することはできない。
これまで、北朝鮮は国際社会の支援を受けるたびに、外部情報の遮断に相当な努力を費やしてきた。思想を重視し、真の情報が入ってくるのを極端に恐れたわけだ。
韓国の発展した姿、国際社会の人権や自由民主主義などの情報流入で思想精神が崩壊し、政権が危機にさらされることを望まない。ありとあらゆる手段を総動員して遮断しようとする。
一部の専門家たちは、北朝鮮の自尊心に触れずに(北朝鮮の自尊心とは金正恩氏を意味する)、本当に純粋な人道的な次元で、支援しなければならないと指摘する。
だが、1990年代後半の「苦難の行軍」当時、国連と韓国は北朝鮮に多量の食糧支援を行った。
対外的には感謝の言葉もあったが、北朝鮮国内での党の講演内容は、まさにアイロニーであった。
「親愛なる将軍様の百戦百勝の政治的な実力に頭を下げて、我々に与えられた賠償物資」と歪曲され、称賛されたのだ。韓国が敗戦国と比喩され、指導者のリーダーシップに焦点が合わされた。
北朝鮮が打ち出した「建国以来の大動乱」という政治ショーの結果、韓国による支援が行われるかもしれない。だが、北朝鮮の内部結束が少しでも乱れるような気配があれば、支援を受けることはないだろう。
私は北朝鮮を体験した人間として、韓国の北朝鮮専門家たちに助言したい。
「世界は自分が見たいように見える」という。私たちは、自由民主主義の世の中で、全体主義である独裁国の北朝鮮を正しく見ることから出発しなければならない。
北朝鮮は、3代つづく金氏王と国民は、それぞれ区別して対応しなければならないということだ。
同民族の北朝鮮国民を支援することは、人道的には絶対に必要なことである。ならば、核とミサイルの開発に奔走する北朝鮮を相手に、いったいどんな方法で、どんな物資を、誰に支援すべきなのか。韓国と世界の支援が、核となって、私たちを威嚇することになっては、元も子もない。
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