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「団派」の排除完了…! 習近平「超一強体制」の中国で「21世紀の毛沢東時代」が始動する

이강기 2022. 10. 25. 21:56
 
 

「団派」の排除完了…! 習近平「超一強体制」の中国で「21世紀の毛沢東時代」が始動する

先週一週間の第20回中国共産党大会を見ていて思った。中国は、まったくもって「ふしぎな国」であると。

 

このたび、34個の中国の新語・流行語・隠語を駆使して、この「ふしぎの国」を解き明かそうと試みた新著を出した。題して、『ふしぎな中国』(講談社現代新書)。共産党大会で中国の「ふしぎさ」をたっぷりお感じになった方の中国理解の助力になれば幸いである。

 

 

習近平「超一強体制」の確立

10月16日から22日まで開かれた第20回中国共産党大会と、23日に開かれた「1中全会」(中国共産党第20期中央委員会第1回全体会議)を、一言で表すなら、「『団派』の排除」と、それによる「習近平『超一強体制』の確立」だった。

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団派とは、共産党の下部エリート青年組織(2018年時点で団員数8124万人)の中国共産主義青年団出身者たちのことだ。長く胡錦濤前総書記を頂点としてきた。

 

習近平総書記が誕生した10年前の第18回中国共産党大会は、私は北京の人民大会堂で取材したので、よく覚えている。江沢民元総書記が率いる「上海閥」(江沢民派)と、胡錦濤前総書記が率いる「団派」(胡錦濤派)との、長く激しい権力闘争の結果として、習近平新総書記が誕生した。

 

習仲勲元副首相という中国共産党史に名を残す魁偉な政治家の息子である習近平氏は、「太子党」(革命元老の子息)と呼ばれてきた。と言っても、こう呼ばれる政治家たちは、「我こそは中国共産党」という自負心が強いので、まとまりに欠ける一匹狼が多い。

 

習近平氏も同様だが、他の「太子党」と異なっていたのは、「強烈な自負心」をのんべんだらりとした風貌の奥に隠すことができた点だ。それで江沢民側も胡錦濤側も、「まあ習近平なら、群れていないし、おとなしそうだからよかろう」ということで、「神輿」の上に乗せたのだ。

 

当時、中国政界を長年取材してきた中国大手メディアのベテラン記者は、私に次のように解説した。

 

「革命第一世代の毛沢東は、『9割皇帝』(物事の9割を一人で決めるリーダー)だった。革命第二世代の鄧小平は、『7割皇帝』。革命第三世代の江沢民は、『5割皇帝』。革命第四世代の胡錦濤は、『3割皇帝』だった。

 

今回総書記に就いた革命第五世代の習近平は、『1割皇帝』だろう。江沢民派と胡錦濤派の間に挟まれて、何もできない史上最弱の『皇帝様』だ」

 

こうした見方が、10年前の北京では主流だったのだ。そのため習近平新総書記は、1期目の5年を、「反腐敗闘争」の名のもとで、主に多くの党内の利権を牛耳っていた「上海閥」を排除することに費やした。彼らは、いわば「反習近平派」だった。

 

 

全ては「半永久政権」を築くため

5年が過ぎた2017年10月の第19回共産党大会で、党中央紀律検査委員会は、「153万7000人を立件した」と誇った。「トラ(大幹部)もハエ(小役人)も同時に叩く」というスローガンを掲げた反腐敗闘争で、見事に「上海閥」を、ほぼ根絶やしにしたのだった。

 

そこで習近平総書記は、次なる5年を、「団派」の排除と共青団の完全掌握を主目的とする政治闘争に打って出た。彼らは「反習近平派」ではないが、「非習近平派」だった。「2期10年で後身に道を譲る」という前例を覆して半永久政権を築くには、「親習近平派」で周囲を固める必要があった。

 

今回、党中央規律検査委員会は「この10年で464万8000人を立件した」と発表した。そして習近平総書記は、その総仕上げとして、第20回共産党大会を「『団派』排除の大会」に定めたのだ。

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主な標的は、胡錦濤前総書記、その弟分の李克強首相(党内序列2位)と汪洋中国政治協商会議主席(党内序列4位)、それに「革命第六世代」を背負う逸材と言われてきた「胡錦濤の息子」こと胡春華副首相(党内序列22位)の4幹部である。

このことを広く党幹部たちに印象づけるため、習近平総書記は10月22日の党大会閉幕日に、一つの「仕掛け」を実行した。それは「主席団」の一員として壇上中央に習近平総書記とともに座る胡錦濤前総書記を「退席」させることだった。

 

前任の総書記が現職の総書記の隣に座るのは、共産党大会の慣例である。10年前の18回大会で、胡錦濤前総書記の横には、常に江沢民元総書記が座っていたのを、私は現場で目撃している。

 

その理由を共産党関係者に訊ねたら、「平和的で順調な総書記のバトンタッチを内外に印象づけるため」と言われた。なるほど、革命やクーデターなど、血なまぐさい党史を顧みれば、それは重要な儀式かもしれなかった。

 

だが今回の習近平総書記は、そもそも「平和的で順調なバトンタッチ」など一顧だにしていないのだから、胡錦濤総書記が横に座り続けることは、迷惑千万な話なのだ。開幕の時は仕方ないにしても、閉幕の日は「習近平新時代」をアピールする「晴れの日」なのだから、退席してもらおうというわけだ。

 

これは憶測だが、用意周到な習近平総書記がこうしたことをアドリブで行うはずはないので、少なくとも会議の直前には、胡錦濤前総書記サイドに伝えておいたはずだ。だが胡氏は難色を示し、そのまま「本番」に突入してしまったのではないか。

 

 

 

北朝鮮の「張成沢粛清」にソックリ

10月22日午前9時(北京時間)から、最終日を迎えた第20回共産党大会が、人民大会堂で始まった。この日は、共産党規約を改正し、205名の中央委員を選出した。決議の模様は非公開である。

 

すべての議案が無事、採択されたところで、内外の報道陣が、人民大会堂2階の記者席に通された。あとは、壇上の習近平総書記が総括スピーチを行い、閉会を宣言しておしまいである。

 

「事件」は、報道陣が入ってきた時に起こった。壇上には、「主席団」の42人が座っていた。「主席団」は、現役が党中央政治局委員の25人プラス王岐山副主席、長老が20人の計46人で構成されていた。だが健康のすぐれない人もいて、長老の出席者は胡錦濤前総書記以下、16人だった。最長老は、105歳になる宋平元常務委員だ。

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その中で、習近平総書記の向かって右手に座っていた胡錦濤前総書記の後ろに、係員の男性が突然やって来て、退席を促した。「なぜだ?」という表情で拒絶するそぶりを見せる胡氏。ごねているうちに、胡氏の向かって右手に座る栗戦書全国人民代表大会常務委員長(党内序列3位で約40年にわたる習近平氏の忠臣)も、胡氏の退席をサポートしようとする。

 

ようやく立ち上がった胡氏は、前を向いている習近平総書記に何か話しかけるが、習氏は無視。肩を叩いたりしていると、ようやく習氏が軽く頷く仕草をした。胡氏は、その左隣で唇を横に真一文字に結び、無念さを表している「弟分」の李克強首相の肩をポンと叩いて、そそくさと壇上から去っていった。

 

私は30年前の第14回党大会から見てきたが、こんな光景は前代未聞だった。同じく30年見てきている同世代の中国ウォッチャー・武田一顕氏が、息せき切って電話をかけてきた。武田氏は「国会王子」のニックネームを持つTBSの名物記者だ。

 

「今日の胡錦濤は、まるで9年前の張成沢(チャン・ソンテク)だ。あんなおぞましいことが起きても、周囲の幹部たちが皆、見て見ぬフリをしていたところもソックリだ」

 

張成沢朝鮮労働党行政部長は、北朝鮮の先代の指導者・金正日(キム・ジョンイル)総書記の妹婿で、長年にわたって「不動のナンバー2」として君臨した。だが金正恩(キム・ジョンウン)新時代になって丸2年を経た2013年12月8日、金正恩氏か招集した朝鮮労働党政治局拡大会議で、突然糾弾され、警備員に引っ立てられて議場から追い出されてしまった。そしてその4日後に、火炎放射器で燃やされてしまったのである。 

 

北朝鮮当局は、処刑した翌13日に、張成沢氏が議場から追い出されるシーンを写した写真を公開した。武田氏曰く、10月22日の胡錦濤前総書記の「強制退席」の様子が、それとソックリだというのである。

 

 

「団派」一掃の仕上げとして

そもそも、中国共産党の規則に照らすなら、胡前総書記は「主席団」のメンバー46人に選ばれているのだから、退席させられる理由はない。もし習総書記がどうしてもそうしたいなら、「退席のための決議」が必要なはずである。だが、そんな決議は行っていない。

 

また、「ここからの議事進行は現役だけで行う」というのなら、宋平元常務委員以下、他の長老たち16人に一斉にご退席願うはずである。だが「強制退席」を言い渡されたのは、胡錦濤前総書記一人だけなのだ。

 

この模様を世界のメディアが大々的に報じたため、新華社通信は「健康がすぐれなかったため退席した」と釈明の記事を出した。だが映像が示しているように、胡氏は男に退出を促されたのであり、かつ拒絶しているのである。最後は仕方なく立ち上がったが、その後、スタスタと速足で舞台左手に向かっている。「健康問題で退出」というのは甚だ無理がある。

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おそらく習近平総書記は、この「胡錦濤退席」を、あくまでも「非公開の演出」と見立てていたはずだ。なぜならこの光景を、CCTV(中国中央広播電視総台)など中国メディアは放映していないからだ。だが図らずも、かつて10年間にわたって共産党総書記と国家主席を務めた79歳の男が「さらし者」にされる場面が、「世界の目」に留まってしまったのである。

 

この日、胡錦濤前総書記ばかりが注目されたが、「一掃」された「団派」は、他にもいた。李克強首相(序列2位)と、汪洋政協主席(序列4位)を、次の20期中央委員会のメンバーに選ばなかったのである。このことは、ともに現在67歳の両者が、来年3月の任期満了をもって、政界を完全引退することを意味する。

 

こうした一連の過程を経て、中央に一人デンと鎮座した習近平総書記は、満足そうな表情を浮かべて、「勝利のうちに閉幕する!」と言い放ったのだった。

 

こうして第20回共産党大会は閉幕したが、習近平総書記は翌23日午前中に「1中全会」を招集。「『団派』一掃の仕上げ」を行った。

 

何と、自分より10歳若く、「革命第六世代のホープ」「21世紀の鄧小平」などと称される胡春華副首相を、パージしてしまったのである。「パージ」という意味は、それまで党中央政治局委員(党内序列22位)だった胡春華副首相を、常務委員(トップ7)に引き上げないどころか、党中央政治局委員(トップ25)からも排除してしまったのだ。

 

ちなみに、これまで伝統的に「25人」が定員だった党中央政治局だが、今回は「24人」と一人減った。中国共産党は「多数決による表決」を標榜しているので、基本的に定員は奇数である。そのため、24人というのはいかにも不自然だ。

 

これは、党中央政治局委員を決議する際かその直前に、習近平総書記が「鶴の一声」で、胡春華副首相だけを排除した可能性がある。そのことがもしも事前に漏れ伝わると、胡春華サイドも当日までに反撃してきて、やっかいなことになるからだ。

 

胡春華副首相は、党中央委員(トップ205)には選ばれているから、「政界引退」とはならない。だが来年3月に副首相の任期を終えると、かなり「格落ち」の左遷ポストが用意され、政界から忘れ去られるのは必至の情勢だ。

 

 

 

新たな党常務委員(トップ7)の面々

この胡春華副首相の「パージ」は、これまで30年以上にわたって中国政界を見続けてきた私にとっても、大変な衝撃だった。

だが同様に、10月23日昼の12時5分(北京時間)に、習近平総書記が人民大会堂3階の金色大庁に引き連れてきた、新たな党常務委員(トップ7)の面々にも、驚きを隠せなかった。

 

1位 習近平 総書記(69歳) 再任
2位 李強 上海市党委書記(63歳) 新任→首相へ
3位 趙楽際 中央紀律検査委員会書記(65歳) 再任→全国人民代表大会常務委員長(国会議長)へ
4位 王滬寧 中央書記処書記(67歳) 再任→中国人民政治協商会議主席へ
5位 蔡奇 北京市党委書記(66歳) 新任
6位 丁薛祥 党中央弁公庁主任(60歳) 新任
7位 李希 広東省党委書記(66歳) 新任→中央紀律検査委員会書記へ
 

2位の李強氏は、習近平総書記の浙江省時代の「大番頭」で、来年3月に首相になることが確実だ。今年4月と5月にロックダウンを喰らった2500万上海人たちが、「ミスター・ゼロコロナ」と呼んで怒りを爆発させた指導者だ。

 

3位の趙楽際氏は、青海省の地味な政治家だったが、2007年に陝西省党委書記になった時、2005年に故郷の陝西省富平県に移した習仲勲元副首相の墓を、大々的に改装。息子の習近平常務委員(当時)が感謝し、目を留めた。 

 

4位の王滬寧氏は、江沢民、胡錦濤、習近平と3代にわたって仕えたブレーン。現夫人は習近平夫人(国民的歌手の彭麗媛氏)が紹介したという説がある。

 

5位の蔡奇氏は、習総書記の福建省及び浙江省時代の部下。5年前に「景観が悪い」と言って北京市の計1万7000本もの広告看板を撤去させ、2300万北京市民から「北京をハゲにするハゲ」と揶揄された。

 

今年2月の北京冬季五輪の大組織委員長を務めたが、大会会期中もオリンピックそっちのけで、習近平総書記を礼賛するイベントや会議を連日開き、顰蹙を買った。

 

6位の丁薛祥氏は、2007年に習氏が上海市党委書記を務めた際、見初めた。この5年、習総書記の「秘書長」を務め、すべての公務に同行してきた。

 

7位の李希氏も、甘粛省の地味な政治家だったが、2004年から陝西省に移り、習近平氏が青年時代に7年近く「下放」された陝西省梁家河を「聖地」にして、習氏に喜ばれた。習氏はトップに立った2015年の春節前に、梁家河に凱旋している。

 

現在は広東省党委書記だが、広東人から「広東省経済を史上最も停滞させた男」と言われている。ちなみに「広東省経済黄金の10年」は、汪洋書記(2007年~2012年)と胡春華書記(2012年~2017年)によってもたらされた。

 

ちなみに、この7人以外の党中央政治局メンバーの17人は、以下の通りだ(順番は漢字の筆画順で、共産党の序列順ではない)。

 

馬興瑞 新疆ウイグル自治区党委書記(63歳)
王毅 国務委員兼外交部長(69歳)
尹力 福建省党委書記(60歳)
石泰峰 中国社会科学院長(66歳)
劉国中 陝西省党委書記(60歳)
李幹傑 山東省党委書記(57歳)
李書磊 党中央宣伝部分管日常工作的副部長(58歳)
李鴻忠 天津市党委書記(66歳) 再任
何衛東 中央軍事委員会副主席(65歳)
何立峰 国家発展改革委員会主任(67歳)
張又侠 中央軍事委員会副主席(72歳) 再任
張国清 遼寧省党委書記(58歳)
陳文清 国家安全部長(62歳)
陳吉寧 北京市長(58歳)
陳敏爾 重慶市党委書記(62歳) 再任
袁家軍 浙江省党委書記(60歳)
黄坤明 党中央宣伝部長(66歳) 再任
 

これまで胡春華副首相(59歳)が「独走」していた感があった「革命第六世代」(習近平総書記の次の世代)の主力候補として、馬興瑞、尹力、劉国中、李幹傑、張国清、陳吉寧、袁家軍の7幹部が追いついた、というより抜き去った格好だ。

 

これまで胡春華氏と「同等」だった陳敏爾氏も追い越した。いずれも「習近平総書記に絶対忠誠を尽くしている」点は変わらない。

 

記者団の前で「トップ7」を発表した習近平総書記は、さすがにお疲れの様子で、短いスピーチを行ったが、「中華民族の偉大なる復興という中国の夢を実現するため邁進していく」と強調した。

 

 

 

毛沢東時代への先祖返り

かくして習近平総書記の「超お友達内閣」が発足した。内政においては李克強首相、王岐山副主席、劉鶴副首相、外交においては楊潔篪党中央政治局委員といった、時に耳の痛いことも伝える側近が、全員引退。代わって入ってきたのは、「お追従軍団」だった。

 

こんな最高幹部メンバーで、果たして世界最大14億の人口大国、世界第2位の経済大国(アメリカの8割規模)、同じく世界第2位の軍事大国(軍事費はアメリカの3分の1規模)を率いていけるのだろうか。

 

また今大会を通じて、「習近平総書記がすべてを決める」体制を整えたが、習総書記は神様ではなく、来年には古稀を迎える「高齢者」である。内政から外交まで、万事適切に一人で差配していけるのだろうか? 「アジアの貧国」だった毛沢東時代とは違うのだ。

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私はこの10年、習近平総書記の公の席でのスピーチなどを、ほぼすべて注視してきたが、習総書記がこれまでやってきたこと、及びこれからやろうとしていることは、ほとんどが崇拝する毛沢東元主席の「マネゴト」である。

 

二つ例を挙げよう。第一に、10月16日に習近平総書記が行った「第19期中央委員会報告」の1時間44分のスピーチで、頻出語は以下の通りだ。

 

 

「社会主義」78回/「安全」44回/「新時代」25回/「偉大」22回/「強国」「闘争 」15回ずつ

 

毛沢東時代の個人崇拝と経済崩壊を反省した鄧小平氏は、1978年に「改革開放」に舵を切り、1992年にはそれをさらに発展させて「社会主義市場経済」に舵を切った。そころが習近平総書記が唱える強力な社会主義路線は、いわば30年ぶりの路線変更であり、毛沢東時代への先祖返りである。そのために「安全」を徹底強化していくというわけだ。

 

「新時代」というのも、本来ならすでに「2期10年」総書記を務めて後身に道を譲るべき時なのだから、「旧時代」のはずである。それをあえて「新時代」と自称するのは、昨年7月の中国共産党創建100周年を区切りとして、「最初の100年は毛沢東時代で、次の新たな100年は習近平時代」という発想に立っているためだろう。

 

「偉大」「強国」「闘争」も、毛沢東元主席が好んで使った用語だ。

 

第二に、この初日の「報告」では、昨年8月から唱えている「共同富裕」に加えて、「百花斉放、百家争鳴」まで飛び出した。毛沢東時代との比較を簡単な表にすると、以下の通りだ。

毛沢東主席は、「自由」よりも「平等」を重視する「共同富裕」を、建国4年後の1953年に唱え、その3年後に自由な発言を容認する「百花斉放、百家争鳴」を唱えた。それによって誰が「敵」かを炙り出し、翌年に「反右派闘争」を展開して100万人以上をパージした。

 

さらにその翌年、「大躍進」を唱えて大失敗し、4000万人もの餓死者を出した。それでも懲りずに「文化大革命」を起こし、丸10年にわたって中国経済を破綻に追い込んだ。

 

「21世紀の毛沢東」にならんとしている習近平総書記は、すでに第2段階まで来ている。そして今回、周囲を完全に「イエスマン」で固めた。これから少なくとも一定期間は、中国で「21世紀の毛沢東時代」が始まると見るべきではなかろうか。

 

だが、毛沢東主席が長年にわたって独裁的かつ独善的に政治を執り行えたのは、ひとえに「不動のナンバー2」周恩来首相が、八面六臂の活躍で支えたからである。それに比べて、「習近平の周恩来」は存在しない。周囲はペコペコヘラヘラする「お追従軍団」だ。

 

 

中国は分断と自壊の道を歩むのか

ちなみに、習近平総書記が中央党校(共産党の幹部学校)の校長を務めていた2007年から2012年まで、同校の教授として部下を務めた蔡霞氏(現在亡命中)は、アメリカで最も権威ある外交誌『フォーリン・アフェアーズ』(9・10月号)に、「習近平の弱点-狂妄と偏執がいかに中国の未来を脅かすか」と題した中国で1万4000字にも上る寄稿文を掲載した。

 

第20回共産党大会で3選を目指す習近平総書記を、痛烈に批判した内容で、米欧を中心に大反響を巻き起こした。その要旨は、先月号の本コラムで紹介した通りだ。

 

その蔡霞女史が下した「結論部分」を再掲する。

 

〈 そして、その後(第20回共産党大会後)はどうなるのか? 間違いなく習近平は勝利し、ある種の特権を得るだろう。すなわち、中国共産党が中国を振興させるという既定の目標を実現するため、もう何でもありになる。習近平の野心は、新たな高みにまで上がるだろう。民営企業にプレッシャーがかかり、経済を振興させる努力も失敗に帰す。

 

その後、習近平は自己の中央集権経済政策を倍加させるだろう。権力維持のため、いかなる潜在的なライバルに対しても、引き続き先制攻撃して消滅させる。社会のコントロールを強化し、中国はますます北朝鮮と化していく。

 

習近平は、3期目の任期が過ぎた後も、引き続き権力を掌握し続けようとするのではないか。誇大妄想的な習近平は、南シナ海の係争地域の軍事化を加速させ、台湾を強行的にコントロール下に置こうと企図するに違いない。そして、習近平が不断に中国の支配的地位を追求するのに伴い、中国は一段と、世界から孤立していくことになる。 

 

ただ、こうした上述の挙措は、党内の不満の雰囲気を消すことにはならない。たとえ3選できても、中国共産党内部で習近平の権限拡大や個人崇拝に対する反対の声が減ることはない。さらに習近平は、日々悪化していくように映る国民の合法的権益の問題を解決することはできない。

 

事実上、習近平が3期目の任期内に起こることは、おそらくは戦争のリスク、社会動乱と経済危機を増すことだろう。つまりさらに、国民の不満の雰囲気を増加させるということだ。

 

中国においては、たとえ武力と恐怖のみによって権力を掌握しようとしても、うまくいかない。業績は依然として重要だ。毛沢東と鄧小平は、ともに成果を挙げて権威を獲得した。毛沢東は国民党を敗走させ、中国を解放した。鄧小平は中国を開放し、経済的繁栄の道を開いた。それらに較べて、習近平には勝利と呼べるものがない。同時に過失を犯す余地もない。

 

私が見るに、中国が習近平路線を改変するただ一つの可能な方法は、最も恐ろしくて最も致命的だが、中国が戦争を起こして屈辱的な敗北を喫することだ。もしも習近平が、その第一目標である台湾を攻撃すれば、戦争はおそらく計画通りには進まないだろう。また台湾も、アメリカの援護の下で侵入に抵抗し、中国大陸に深刻な破壊をもたらすだろう。

そのような状況下で、エリートと大衆は習近平を見放す。それは、習近平個人が失脚するだけでなく、中国共産党も失脚するだろう。歴史の先例を遡れば、19世紀の乾隆帝は帝国の版図を中央アジア、ミャンマー、ベトナムまで拡大することはできなかった。そして中国は、日清戦争で惨敗し、それは大清朝が滅亡する土台となった。さらに、長期的な政治的混乱を引き起こした。皇帝は必ずしも永遠のものではないのだ 〉

 

思えば、2016年のアメリカ大統領選でドナルド・トランプ候補が勝利した時、「中南海」(北京の最高幹部の職住地)は祝杯を挙げた。これでアメリカが分断と自壊の道を歩んでくれると思ったのだ。

 

蔡霞女史の鋭い指摘を読むと、もしかしたら、今頃密かにホワイトハウスが祝杯を挙げているかもしれない。