毎年、1月3日の一面トップの記事は、それぞれの新聞社の「問題意識」や「重視するテーマ」が反映される。
もちろん1月1日の記事も大事だ。ただ元日の記事は大晦日の夜のうちに配達してしまうため紙面づくりは年内に行われる。また1月2日は休刊日だ。というわけで1月3日が新しい年に取材した記事が載る最初の機会となる。
そこで2014年に引き続き、2015年の初春の新聞一面記事を中心に各社で読み比べてみたいと思う。
2015年は「戦後70年」という節目だ。各紙もそれを意識した連載をスタートさせている。
そのなかで、ふだんはまっこうから主張が違うはずの朝日新聞と産経新聞の記事の共通点が目を引いた。
●朝日新聞の一面トップの見出しは「和の心秘め 米に忠誠」
(戦後70年)日系人、米国で咲かせた「多様性」
おかげさまで。英語ではビコーズ・オブ・ユー。
40年前、この言葉をモットーに知事選に臨んだ日系人がいた。現在、88歳のジョージ・アリヨシだ。米国で戦後初の非白人知事となった日系人2世である。
日本を思うとき、アリヨシの胸に浮かぶ一人の男児がいる。舞台は終戦直後、GHQ(連合国軍総司令部)に接収された日本郵船ビル。米軍人としてアリヨシは焦土の東京に駐留した。最初に言葉を交わしたのは、7歳の少年だった。
出典:朝日新聞デジタル
元日から始まった連載記事「鏡の中の日本 戦後70年 第1部」のシリーズ記事で、ハワイの日系移民から米国で初の非白人知事になった
ジョージ・アリヨシ元知事(88)の半生を追ったルポ記事だ。
記事には、アリヨシ元知事のこんな言葉が登場する。
戦後、米軍人として東京に駐留したアリヨシ氏は、7歳の少年に食料を手渡した際にも食べようとせず、自宅で待つ3歳の妹のためにしまいこむ姿を見て感銘を受けたという。
「私は彼から、日本人の本当の心を学んだ。でも今の日本は、この精神の多くを失ってしまったように思えるのです」
古き良き日本を、冷凍したように保ち続けた人々。日系人1世や2世は、ときにそう形容される。
他方で、日米開戦の後で強制収容所に入れられ、米国のために戦うことを余儀なくされた日系アメリカ人の歴史をたどる。
新聞としてのスタンスはまったく違うのに、「海外で"古き良き日本"を探す」というアプローチが朝日新聞とよく似ているのが産経新聞だ。
●産経新聞の連載は、戦前、日本の統治下にあったパラオの老女の言葉「日本人になりたかった」という見出しに掲げる
陛下、靖国、富士、桜... 「日本人になりたかった」
〈君が代は 千代に八千代に さざれ石の~...〉
明快な日本語で「君が代」を歌い上げた94歳になる老女は、続けて「海行かば」を口ずさみ始めた。
〈海行かば 水漬(みづ)く屍(かばね) 山行かば 草生(くさむ)す屍~〉
歌詞の意味は理解しているという。ロース・テロイさん。「テルコ」という日本人名も持ち、「日本人になれるものならなりたかった」と言った。
出典:産経ニュース
連載記事「戦後70年・序章 天皇の島から」の第2弾として、かつての日本の委任統治下にあったパラオを取材したルポ記事だ。第2次大戦で激戦地となったペリリュー島の老人らが『公学校で「礼節教わった」』『先生に毎朝「おはようございます」』などと、日本統治への「感謝」の心情が残っていると記している。
記者の以下の文章は興味深い。
そして、パラオには日本以上に日本の心が生きているのではないかー。そんな印象を抱いた。
朝日新聞も産経新聞も、それぞれ「日本の心」をテーマにし、しかも海外取材で、という点でも共通している。
ただし、産経新聞の、日本の統治下の歴史にも「(侵略や同化政策、現地の文化の奪取ばかりではなく)良かった面もある」という点を強調しようとする姿勢はこれまでと大きく変わったものではない。
その意味では論調は一貫しているし、だいたい連載の行きつく先を想像できる。
一方の朝日新聞の連載はどこに行こうとしているのだろう?
「和の心」などと「心」を持ち出してしまうと、一般的にはともすれば記事が感情的になり、分析的・検証的な記事になりにくい面がある。
そのあたりが不安になる出だしの連載だったが、去年の誤報問題で「再起」をはかるさなかの朝日新聞だけに一体どこに向かおうとしているのかは気なる。中途半端な連載で終わらないと良いのだが。
朝日新聞に関しては、3面の連載「人口減にっぽん」で相撲やラグビーなどのスポーツの低迷と過疎化や少子化との関係を検証した記事はユニークな視点だった。
また18面の『「過労死」繰り返させない』という記事も、夫が過労の末に死亡した妻の新聞投書が現在につながる過労死防止運動に発展した経緯をたどった切り口の良い記事だった。
こうした「事実に語らせる記事」の方がこれまでの朝日らしいと思ったのも事実だが、一面はやはり「戦後70年」なのだろうか。大仰な歴史・国際記事で「形」にこだわってしまう傾向も、新聞の再生にあたっては見直す必要があるのではないだろうか?
また、産経新聞も一面トップは「3Dプリンター駆使 皮膚・関節を量産」という医療記事。3Dプリンターが医療分野で画期的な技術革新をもたらすことを伝える正月らしい記事だった。また、社会面(23面)での連載『家族 「虐待」の連鎖乗り越えて」は読み応えのあるルポ。虐待が虐待を生んでしまう連鎖をどう克服するのか、今後の記事が楽しみだ。
●読売新聞の一面トップはこの日から始まった連載「語る 戦後70年」の第1弾「日本の役割 熟慮の時」
元米国務長官ヘンリー・キッシンジャー氏が日本の進路について語るというもの。
大物政治家や大物著名人が大好きな読売新聞らしい連載である。そのうち大勲位・中曽根康弘氏も登場するのだろう。
社会面ではこの日から連載「おせっかいですが・・・」がスタート。
東京・練馬区の光が丘団地で進む高齢者見守りの取り組みを密着取材し、「世話焼き団地」として好意的に紹介した。
少子高齢化社会での処方箋のひとつだが、読売新聞が社会保障について主張する「自立自助」の流れに沿う、住民同士による助け合いの運動を紹介した。
●毎日新聞の一面トップは「地方移住 4年で2.9倍 『首都・近畿圏から』3割」
毎日新聞が明治大学と共同で調査したもの。地方自治体の移住支援策を利用するなどして移り住んだ人が2013年度に8000人以上になり、増えたというニュース。毎日新聞が今年は「地方創成」に力を入れるというメッセージが伝わってくる。
地方自治体の移住支援策を利用するなどして移り住んだ人が2013年度に8169人に上り、4年間で2.9倍に増えたことが、毎日新聞と明治大学地域ガバナンス論研究室(小田切徳美教授)による共同調査で分かった。東京圏への一極集中や人口減少が懸念される中、若い世代の地方への移住意識の高まりや、自治体の支援策拡充が背景にあると考えられる。
出典:毎日新聞公式サイト
3面でも連載「一極社会 東京と地方」で、財政破綻した北海道・夕張市で石炭くずを使った地域再生の取り組みを紹介している。また社会面の27面では連載「わかりあえたら 不寛容時代に」で大津市でのいじめ自殺事件で加害者側として別人らをネット上に「さらしもの」にした男の家族をルポしていた。見出しは「暴走した正義感」。社会の底流に流れる問題を可視化させようという意気込みは伝わってくる。
●日本経済新聞の一面トップは「日産、電気自動車2種拡大」
日産の企業戦略を紹介しつつ、日本の自動車メーカーがエコカー市場で攻勢を進めている現状を紹介している。
日産自動車は電気自動車(EV)とハイブリッド車(HV)の拡充に乗りだす。2016年度にもEVを2車種発売するほか、主力の小型車「ノート」にHVを加える。世界で最も多くのEVを販売する実績を生かしてコストや性能を改善し、エコカー競争で優位に立つ狙い。14年12月にはトヨタ自動車が燃料電池車(FCV)を発売しており、日本の大手メーカーが世界のエコカー市場をけん引する。
出典:日本経済新聞 Web刊
目を引いたのは同じ一面の連載「働きかた Next」の2回目で「なくせ『偽装バリバリ』」という記事だった。
師走の東京・新橋。取材班はサラリーマンの本音を探るため、ほろ酔いの50人に聞いてみた。「あなたの職場に偽装バリバリはいますか」
出典:日本経済新聞 Web刊
ダラダラと長時間働く「偽装バリバリ」と、仕事が過度に集中して心身が消耗した「過労バリバリ」。世界が驚く長時間労働の背後には、2つの異様な「バリバリ社員」が潜む。
一般紙が社会問題としている過労死などにつながる長時間労働について、実はダラダラ働いている偽装されたバリバリ社員が「ムダな残業」につながっている、という視点の連載だ。時間と給与を連動させない裁量労働制を導入した企業では残業が減ったという紹介もあり、日経新聞らしく、企業側寄りではあるが、これまでなかった視点なので新鮮ではある。
その日経新聞の社会面(36面)では、「パソコンロックし『身代金』要求 日本製ウィルス初確認」という記事もあった。ネット犯罪が増えるなかで犯行予告も日本語で行う新型のウィルスが確認されたという。日本の富を狙う犯罪者も、海外にいるだけではないらしい。
●東京新聞は連載「覆う空気」の第1回で「漫才 国より客や」
東京新聞の一面トップは問題意識を前を押し出した連載だ。
「もの言えぬ空気」に再び平和が押しつぶされないように、と前置きして、今という時代を覆う空気を伝える。
原発問題について発信するようになって仕事が途切れてしまった漫才師のおしどりマコさんらを紹介した。
「戦争は嫌」。今なら言える。でもそれが口にできない時代があった。あれから70年。戦争しないで積み重ねられた日々は、人々の小さな奮闘が支えてきた。「もの言えぬ空気」に再び平和が押しつぶされないように。
◇
漫才の起源は萬歳(まんざい)。年の初めに長寿を祝う民俗芸能で、平安時代末期にさかのぼるようだ。新年の漫才師の忙しさは八百年以上の歴史の厚みがある。なのに...。夫婦漫才「おしどりケン・マコ」のスケジュール帳には空白が目立つ。
高校を卒業してパントマイムをしていたケン。大学を中退してちんどん屋をしていたマコ。三重県伊勢市の夏祭りの楽屋で出会って恋に落ちた二人は交際一週間で結婚、漫才を始める。デビューは順調だった。二〇〇三年、漫才のコンテスト「M-1グランプリ」に出ていきなり準決勝まで進む。師匠の横山ホットブラザーズが「こんなちっちゃい事務所にいるんじゃなく、吉本に行った方がいい」と背中を押してくれた。
月五十、六十件の営業に追われていた二人に、3・11が転機をもたらす。ファンの子どもたちへの放射能の影響を心配し、マコが原発の取材を始めた。インターネットなどで情報発信を続けるうち、三カ月後には仕事がゼロになった。
今は個人的につながりのある劇場の舞台や市民団体の講演会などがポツポツと入る。二人の心の支えは、漫才師喜味こいし(一一年死亡)から楽屋で聞いた一言だ。「芸人は国のためにしゃべるな、目の前のお客さまのためにしゃべれ。そこ間違えたらあかん」
出典:東京新聞 公式サイト
また、人気紙面「こちら特報部」では、沖縄県名護市で辺野古移設反対で座り込みの活動を繰り広げる金城武政さん(58)を紹介する記事を載せている。毎朝、キャンプ・シュワブのゲート前に出かける金城さんは街中で近所の高校生から「おい、金城!」などと挑発されるという。
そんな日本人を覆う「空気」について露わにしようとする東京新聞は旗幟鮮明だ。
新聞離れが加速度をつけて進みつつあるなか、新聞各社の社会の木鐸としての役割はけっして小さくない。
2015年、新年早々は目を引くようなスクープはなかったけれど、これからの紙面に期待したい。
(なお、各新聞の記事は、神奈川県内の販売店で購入したものを元にして記述しました。)